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56『さざれ石』
しおりを挟むやくもあやかし物語
56『さざれ石』
部屋の中でカサコソと音がする。
最初はゴキブリかと思った。
前の家でゴキブリが出た時、お酒に酔ったお母さんがティッシュで捕まえ、捻りつぶすようにしてゴミ箱に捨てたことがある。
でも、ゴキブリはティッシュの包みの中で生きていて、そいつがカサコソと動いていた。
酔いのさめたお母さんと悲鳴を上げた記憶も生々しいのだ。だから今度もかと思った。
ところが、ゴキブリではなかった!
カサコソは、どうやら、通学カバンの中から聞こえてくるので、放っておくこともできない。
思い切ってチャックを開けて、無言でのけ反る。
!?
開けた途端に、虫だかゴキブリだかが飛び出してきてはかなわないもんね!
及び腰で中を覗くと、お婆ちゃんにもらった匂い袋がカサコソいっている。
匂い袋の中にはお守り石が入っているのだ。
ほら、学校帰りにメイドお化けに追いかけられて、お地蔵さんの祠(ほこら)の陰に隠れたことがあったでしょ。お賽銭箱の横にお守り石の箱があったんで、すがるような気持ちで一個握りしめて、おかげでメイドお化けからは逃げられて、それ以来、わたしのお守りになってるの。ま、メイドお化けは、そんなに悪い奴じゃなかったけどね。
匂い袋の紐を緩めると、真っ白いお守り石が、コロコロと机の上に転がって、黒電話に当った。
お守り石は、ノックをするようにコンコンコンと三回当たった。
すると、黒電話の受話器が五ミリほど持ち上がって交換手さんが出てきた。交換手さんが話しかけると、お守り石はビビっと震えて、なんだかコミニケーションしてるみたい。やがて、頷くと、交換手さんはわたしに向き合った。
「お守り石さんがお話があるようなんですが、このままでは言葉が喋れないので、一時わたしに憑り移ります」
交換手さんはいったんくずおれて、起き上がったときには、ちょっと人相が変わっていた。
「お守り石です。やくもはさざれ石に興味があるのよね?」
思い出した、高校野球開会式の『君が代』に感動して、さざれ石が見たくなったのだ。
でも、中学二年生の興味なんてコロコロ変わるので忘れてしまっていた。でも、忘れるのは失礼なので「うん、そうそう!」と答える。
「さざれ石は、我々お守り石の頂点に君臨するお方です、それに興味を持ってもらったのは、とても目出度いことなので、これからお引き合わせいたします」
「これから?」
もう夕方なので、出かけるのは億劫だ。
「瞬間移動です。それに移動するのは意識だけだから、ちょっと、ベッドで横になって」
お守り石には、有無を言わせぬ威厳みたいなのがあって、素直に横になる。
「では、参ります」
お守り石が両手をあげてフルフリ振ると、数秒で意識が飛んだ……。
「この鳥居の向こうです」
お守り石は、交換手さんの体で等身大になって、わたしを誘った。
鳥居をくぐって、二十メートルほどいくと「く」の字に曲がったところに軽トラックほどの大きさのさざれ石が鎮座していた。
「これが、さざれ石さん?」
「そうです、まずはご挨拶を」
お守り石さんを真似て、二礼二拍手一礼。
「ああ、だめね。やくも、とっても失礼なこと思ったでしょ?」
「え、そんなことは……」
ほんとは、思ってしまった。
さざれ石は、想像では、石がムクムクと成長して古墳とかお城の石垣に使われるとびきり大きな石のようになっているものだと思った。ひょっとしたら、表面の凹凸が顔のようになってて、喋ったりするかもと。
でも、印象は違った。
まるで建築現場のコンクリートの瓦礫だ。大小さまざまの石にセメントが混じってくっ付いたような。いわば石のお団子のようで、正直美しいとか神々しいとかは感じなかった。
「もう少し、知識とか体験が必要なようですね」
お守り石に、そう言われると、再びクラっときて意識が飛んだ。
ぴくっとして目が覚めると自分のベッド。
お守り石は、匂い袋の中で、もとの白い小石に戻っていた……。
☆ 主な登場人物
◦やくも 一丁目に越してきた三丁目の学校に通う中学二年生
◦お母さん やくもとは血の繋がりは無い
◦お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
◦お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
◦小出先生 図書部の先生
◦杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
◦小桜さん 図書委員仲間
◦あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石
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