上 下
31 / 161

31『黒電話の怪異・4』

しおりを挟む

やくもあやかし物語

31『黒電話の怪異・4』    

 

 
 南に走ったつもりだったよ。

 
 真岡の街は西に向けて傾斜しているので、東西に方向を間違えれば平衡感覚で分かる。

 しかし、南北には高低差が無いので、銃撃や艦砲射撃が続く中、何度も転んでしまって分からなくなる。平穏な時であれば右手に海、左手に山を捉えていれば間違えようは無いけど、身を低くして頭を抱えて足もとしか見えていないうちに混乱してしまった。

 何度目かに転んだ目の前に真岡電信局が見えた。

 ここだ!

 近くには国民服の人とお巡りさんがねじくれて転がっている。

 ピュピュピューーーン! ピュピュピューーーン!

 二人を地面に縫い付けるようにして機銃弾が走る。子どもが寝転がったまま駄々をこねるように跳ねる。

 ピュピュピューーーン! ピュピュピューーーン!

 まだ生きていると思ったのか、執拗に機銃弾が走る。

 国民服とお巡りさんは、人であったことが分からないくらいにボロボロになってしまった。

 
 ボト

 
 どちらのか分からない手首が落ちてきて、弾かれるように後ずさって電信局のドアにぶつかって転がり込んでしまった。

 疲労と建物の中だという安堵感で目が開けられない。

 荒い息をするうちにアーモンドの匂いがしてきた。

 目を開けると、目の前に横たわった女の人の顔……くしゃみをする寸前のように弛緩した口元から、いっそう強いアーモンド臭。

 青酸カリを飲んだんだ……小説や探偵アニメで覚えた症状だ。嗅いでいては、こちらまでやられる。

 身を起こすと、床に転がったり交換台に俯せるように息絶えた女の人たちが目に入った。ネットで調べた通りの九人……いや、もう一人いる。

 交換台の下、膝を抱えて目を見開きっぱなしのセーラーモンペ。

「……芳子ちゃんね?」

「…………」

「小泉芳子ちゃんでしょ?」

「……だれ?」

「やくも、小泉やくもだよ」

 声を掛けながらも、ダメだろうという気持ちだった。芳子ちゃんは洋子お姉ちゃんを迎えに来て、九人の自決に出くわしてしまったんだ。たぶん、芳子ちゃんがうずくまっている交換台に突っ伏している女の人。だらりと下がった左腕で息絶えていることは間違いない。最後までお姉ちゃんの手を握って命を呼び戻そうとしてるうちに砲撃や銃撃がひどくなって動けなくなったんだ。その目には絶望の色が滲んでいる。

 こんな子を励まして逃げる自信は無い。

「小泉やくも……やくもちゃん?」

 面食らった、急に思い至ったかのように芳子ちゃんの目に光が戻ってきた。

「やくもちゃん! やくもちゃんなんだ!」

 交換台の下から這い出てきて、芳子ちゃんはわたしの手をしっかりと握った。

 これなら言える! 逃げようって言える!

「もう少し、もう少し早かったら、洋子お姉ちゃんも……」

 姉の事を残念がってはいるが、生きて行こうという気持ちは次第に強くなってきている。

 しかし、問題は逃げ場所が無いということだ。

 電信局は占領したあとに使うつもりか、銃砲撃が控えられているようだ。

 しかし、このまま留まっていてはソ連軍にどんな目にあわされるか分かったもんじゃない。外は激しい攻撃にさらされている。

 プルルル プルルル

 空いている交換台のベルが鳴る。交換台には百以上のランプがあって、そのうちの一つが点滅してベルが鳴っているのだ。

 交換台のレシーバーをとって、ジャックを点滅しているところに差し込んだ。公衆電話だってまともにかけられないわたしだけど、これは自然にできた。

「もしもし」

――交換室の後ろのドアから出て――

 あの声が、それだけ言って切れた。

「芳子ちゃん、後ろのドアだ!」

 芳子ちゃんの手を取ると、目についた後ろのドアに向かった。ドアは左右に二つあり、一瞬どちらだろうと思う。右側のドアが開いたので、二人して飛び込んだ!

 入ると同時にグニャリと空間が歪んで、前方のねじくれたブラックホールのようなところに引っ張られていく!

 ヤバイ気持ちと助かるという気持ちが半々、吸い込まれながら芳子ちゃんの手の感触が希薄になっていく……。

 芳子ちゃーーーーーん……!

 声を振り絞ったところで、ドサリと体が落ちる。

 落ちたところが自分のベッドだと分かるのにしばらくかかった……。

 

☆ 主な登場人物

やくも       一丁目に越してきた三丁目の学校に通う中学二年生
お母さん      やくもとは血の繋がりは無い
お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
杉野君       図書委員仲間 やくものことが好き
小桜さん      図書委員仲間 杉野君の気持ちを知っている
霊田先生      図書部長の先生

 

 

 

  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

作業厨から始まる異世界転生 レベル上げ? それなら三百年程やりました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
第十五回ファンタジー小説大賞で奨励賞に選ばれました! 4月19日、一巻が刊行されました!  俺の名前は中山佑輔(なかやまゆうすけ)。作業ゲーが大好きなアラフォーのおっさんだ。みんなからは世界一の作業厨なんて呼ばれてたりもする。  そんな俺はある日、ゲーム中に心不全を起こして、そのまま死んでしまったんだ。  だけど、女神さまのお陰で、剣と魔法のファンタジーな世界に転生することが出来た。しかも!若くててかっこいい身体と寿命で死なないおまけつき!  俺はそこで、ひたすらレベル上げを頑張った。やっぱり、異世界に来たのなら、俺TUEEEEEとかやってみたいからな。  まあ、三百年程で、世界最強と言えるだけの強さを手に入れたんだ。だが、俺はその強さには満足出来なかった。  そう、俺はレベル上げやスキル取得だけをやっていた結果、戦闘技術を上げることをしなくなっていたんだ。  レベル差の暴力で勝っても、嬉しくない。そう思った俺は、戦闘技術も磨いたんだ。他にも、モノづくりなどの戦闘以外のものにも手を出し始めた。  そしたらもう……とんでもない年月が経過していた。だが、ここまでくると、俺の知識だけでは、出来ないことも増えてきた。   「久しぶりに、人間に会ってみようかな?」  そう思い始めた頃、我が家に客がやってきた。

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

【箱庭(ラインクラフト)】~お荷物として幼馴染みに殺されかけた俺は転生の創造主の力で世界を創り変える、勿論復讐(ざまぁ)も忘れずに~

司真 緋水銀
ファンタジー
ギルド内で『お荷物』『荷物持ち』と言われているソウル・サンドは剣聖と呼ばれている幼馴染みのサクラの推薦により、魔獣が生み出されているとされているネザーという島の洞窟へとギルドメンバーに同行する。 しかし、そこでソウルはサクラ達に殺されかけ奈落の底へ棄てられてしまう。 人生を、世界を嘆き恨むソウルが次に目を覚ましたのは『箱』のようなものが積み重なってできたネザーの島……そこで謎の人物との邂逅を果たしたソウルは【箱庭(ラインクラフト)】という不思議な力を譲り受ける。 そして、そのおかしな力を手にいれた瞬間からソウルの世界創成……復讐が始まった。 ------------------------------------------ とある大人気ゲームをベースとした作品です。 あの世界観や設定ベースの作品はあまり見た事がなかったので書いてみました。 用語やアイテム名などはそのままですが、徐々にオリジナルな要素も混ざってきます。 前半はチュートリアル、出会い、町造りなどを……中盤から復讐劇を書こうと思っています。 なのでほのぼのから徐々にシリアスに移行していきます。 小説家になろうさんで先行配信していますのでそちらも宜しくお願いします。 https://ncode.syosetu.com/n7646ge/ ※#025あたりから頻繁に地球単位(㍉㌔㌢㍍㍑㌫㌻)が出てきますが、複雑にしないための措置で登場人物達はこの世界の単位で喋っています。また、言語も同様でこの世界の言語で話しています(後に〈日本語〉が出るためややこしくしないために記述しています) また、アルファベットはこの世界では〈記号〉と呼ばれています。 ※【チュートリアル章】【第ニ章】は主人公視点ですが、【第一章】は全て『三人称一元視点(主人公を俯瞰する神視点)』になります。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

前世で家族に恵まれなかった俺、今世では優しい家族に囲まれる 俺だけが使える氷魔法で異世界無双

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
家族や恋人もいなく、孤独に過ごしていた俺は、ある日自宅で倒れ、気がつくと異世界転生をしていた。 神からの定番の啓示などもなく、戸惑いながらも優しい家族の元で過ごせたのは良かったが……。 どうやら、食料事情がよくないらしい。 俺自身が美味しいものを食べたいし、大事な家族のために何とかしないと! そう思ったアレスは、あの手この手を使って行動を開始するのだった。 これは孤独だった者が家族のために奮闘したり、時に冒険に出たり、飯テロしたり、もふもふしたりと……ある意味で好き勝手に生きる物語。 しかし、それが意味するところは……。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ポーション必要ですか?作るので10時間待てますか?

chocopoppo
ファンタジー
松本(35)は会社でうたた寝をした瞬間に異世界転移してしまった。 特別な才能を持っているわけでも、与えられたわけでもない彼は当然戦うことなど出来ないが、彼には持ち前の『単調作業適性』と『社会人適性』のスキル(?)があった。 第二の『社会人』人生を送るため、超資格重視社会で手に職付けようと奮闘する、自称『どこにでもいる』社会人のお話。(Image generation AI : DALL-E3 / Operator & Finisher : chocopoppo)

処理中です...