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18『赤い長靴・4』
しおりを挟むやくも・18『赤い長靴・4』
二問目を解き終って三問目にかかろうとしたら……真横に先生が立っているのに気が付いた。
こういう時は気が付かないフリをしておくのに限る。
下手に顔を上げて先生が話しかけでもして来たら目立ってしかたがない。黙々と問題やってたら――取り付く島もない――ということで、向こうに行ってくれるだろう。
「似合ってるよ、赤い長靴」
ゲ!? 寄りにもよって長靴。それも若やいだ声で似合ってるよってゆった!
ゲロが出そうで、先生とは反対側の床に目を向ける……え、床は?
床はアスファルトになっていて、雨がビチャビチャと降っている……で、赤い長靴が見えて、長靴の上には形のいい脚が伸びていて制服のスカートに繋がって、濡れた通学カバンの上には三年生であることを示す紺のリボンが揺れていて、リボンが揺れるのは、その上の首が可愛く振られたからであって、その可愛い首は……中学生のお母さんだ。
な、なにこれ?
VRの画像が立ち上がっていくように周囲の景色が明らかになっていく。
いつもの崖下の道で、お屋敷の庭からワッサカ伸びた桜の枝の下で雨宿りしてるんだ。
小出先生も中坊で、大きめの傘をお母さんに差しかけている。桜の枝があるとはいえ雨は落ちてくるわけで、小出先生の左半身はけっこうビチャビチャ。
状況から見て、お母さんが下校するのを見計らって、ここで待っていたか追いかけてきたか。
どっちにしても女子の感性では『キモイ行為』なんだけど、お母さんは、こういう状況でのあしらい方が上手い。
七三に体ごと向けて程良い好意を示している。お母さんは人の真摯な気持ちには、こういう感じで寄り添うんだ。それが、中学生のころからやってるんだから恐れ入る。こういう感じって誤解を与えると思う。中学生のお母さんは娘のわたしが見てもコケティッシュだ。
えと……あんまし、こういうの見ていたくないんですけど……。
小出先生がなにかゆった。お母さんがコロコロと笑う。笑って、ちょっと真面目な顔で小出くんにゆった。
お母さんの形のいい眉毛がヘタレる。このヘタレ眉はクセモノなんだ。寅さんにシミジミ言って聞かすときの妹さくらの眉だよ。お母さんはクセモノなんだよ。
小出クンが泣きそうな顔……お母さんたら、ヨイショっと可愛く掛け声をかけてカバンを持ち換え、右手を空けると小出クンの手を取って握手した。
「嬉しかった、いい友だちでいようね」
残酷な一言を残して、お母さんは崖道の方へ駆けていく。赤い長靴がピョンピョン跳ねて、それだけでも可愛い小動物のようだ。
小出クンかわいそう……思ったところで風景が戻ってきた。
小出クンは小出先生に戻って、あいかわらず横に立っている。
「小泉、せっかくやってるとこ申し訳ないけど、おまえがやってるのは一つ前の単元だぞ」
「え? あ? えーー!?」
無駄に三問を解いたところで、本来のページに戻って問題をやり直したのだった(^_^;)。
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