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190『ヒンメル左舷プロムナードデッキ』

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銀河太平記

190『ヒンメル左舷プロムナードデッキ』胡蝶 





 全長1200メートル 基準排水量600万トン


 これが亜光速で飛ぶというのだから信じられない。

 サイズ的には。地球でも大型の客船や貨物船で近いものはあるが、とても亜光速で飛ぶことなどできない。

 おまけに、戦闘能力は伝説の宇宙戦艦の4倍もあるというから恐れ入る。

「まだまだです、容積比で言えば、かの宇宙戦艦の90倍の戦闘力が無いと釣り合いません」

「90倍ですか( ゚Д゚)!?」

 素直に内親王殿下は感動しておられる。

 今日はアルルカン船長自らの案内で、プロムナードデッキを艦尾方向に散歩に出ている。

 広い艦内なので、それまで動いたのは艦首側からの100メートル余りの区画でしかない。

「まるで客船のプロムナードデッキですね!」

 殿下が疑問に思われるのは無理もない。

 左舷の舷側を前後に貫くデッキは、幅が4メートル余りもあって、左舷側の壁と天井の半分が透明なっている。

 要所要所には観葉植物や絵が掛けてあり、まさに客船のプロムナードといった風情なのだ。

「同じものが右舷にもあって、艦尾と艦首で連結されていて、一周すると2キロになります」

「まあ、ちょっとしたジョギングコースですね!」

「はい、年に一回運動会を開くんですが、最上甲板の周回コースを入れて10周走って42.195キロのマラソンコースになるんです」

「まあ、運動会、楽しそうですねえ(^0^)」

「長い航海になります、一度や二度は開くことになるかもしれません」

「ふふ、楽しみができました」

「しかし、戦闘艦で、こんなに長い通路を設けていては防御的に問題があるのではないですか?」

 ウフフフフ

 横を歩いているサムライ少女が笑う。

「人の質問を笑うのは無作法ですよ、サンパチさん」

「これは失礼。拙者も同じことを思ったでござるよ。桔梗殿、ここは、戦闘時には隔壁とシールドがかかる仕掛けになっておるのでござる」

「可動式?」

「シールドは外側に。隔壁は、ほら、ジョギング用に距離が刻んでござろうが、あそこから隔壁が立ち上がる仕掛けのようでござるぞ」

「ムム……」

 聞きしに勝る戦闘艦のようだ。

 しかし、そろそろ艦の半ばまでは来ていると思うのだが、乗組員を一人も見かけない。

「日常の艦内移動には、両舷の中央寄りにある通路を使うのです。特に規則にしているわけではないのですが、乗員たちもオンとオフを使い分けているようで、交代の時間には、ジョギングで走っている者も見かけます」

「この艦には、何人ぐらいが乗り組んでいるんですか?」

「はい、ざっと300名です。300名が三交代で任務に付いているので、常時配置についているのは100名といったところです」

 大したものだ、600万トンの艦を100人で動かすとは。

「お、艦尾の方から誰か走ってくるようでござるぞ」

 艦尾の方は湾曲した艦腹の向こう側、まだ視認はできないのだが、サンパチ殿は探査能力が高く分かってしまうようだ。

「あ、まだ走っちゃダメだろ!」

 アルルカン殿が顔色を変えて艦尾方向に走りだし、我々もその後を走る。

「あ、シュセキさん!?」「シュセキ殿!」

 殿下とサンパチ殿も驚いて、ジャージ姿で走って来る男に駆け寄っていく。

 シュセキ? 

「まだまだ安静だとドクターに言われてるだろ周温来!」

 周温来……西之島三傑の一人、胡同の主席と呼ばれた周温来か!?

 たしか、西之島紛争の最中に忽然と姿を消したと外事方隠密から聞いている。

「いやあ見つかってしまった(^_^;)。起きられるようになると、じっとしていられなくて……というか、ココちゃんとサンパチじゃないか! え? どうして二人が?」

「もおぉ! 今から温雷の部屋に行ってビックリさせるつもりだったんだぞ! 台無しじゃないか!」

 アルルカンが本気で怒ってる。

「いや、申しわけない。乗組員の会話から、この時間帯のプロムナードは人気(ひとけ)が無いと踏んだんだ、いや、しっぱいしっぱい(^_^;)」

「トリャー!」

 アルルカンが投げ飛ばした!

「ニャンパラリン!」

 投げられた勢いを空中回転でいなして、見事に着地を決める周温来……微妙に顔が引きつっている。

「まあ、普通には動いて差し支えないようだな」

「アハハ、平気平気……(^△^;)」

「なら手間が省ける。ちょうど800mのラインだ」

 ハンベを操作するアルルカン。

 壁の一部が変形して三人掛けのベンチが二つ現れた。

「士官食堂か、船長のアルルカンだ。左舷プロムナードの800mに居る。ケーキセット五つ頼む。え……人手がない? 誰か食事してる者は……よし、そいつに出前させろ。いやあ、楽しみは半減だが、こうやって顔を合わせられたのはめでたい」

「あのう、船長、どうして主席さんがヒンメルに……」

「いやあ、それがあ……まあ、聞いていただきましょうか(^▽^)」

 得々と、実に楽しそうに周温来捕獲のエピソードを語るアルルカン。

 この人の三枚目ぶりやおかしみは自己演出と見定めていたのだが、存外、ただのオモシロガリなのかもしれない。

 

☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
奥の院      扶桑城啓林の奥にある祖廟
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