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187『上様の目は微笑ってはいなかった』
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銀河太平記
187『上様の目は微笑ってはいなかった』胡蝶
御池の中島に明々と輝く楕円のブロンズ。
台座はマメ科植物の群れの下に隠れ、あたかも、この群れの気が凝って精霊に昇華したように見える。
マースビーンズの商品化百周年を記念して火星農産が先週上様に寄贈したものだ。
マースビーンズは二代将軍正仁様がお造りになった品種で、いまでは扶桑以外の火星でも主要穀物になっている。
日本庭園のど真ん中に、豆とはいえブロンズ像が佇立しているのはどうかと思うのだが、上様は頓着されないし、意外に面白い。
幾星霜か経ってみれば、鮮やかな緑青がふいて案外な侘び寂びの点景になるのかもしれない。
ソヨリ
マースビーンズの群れが戦いだ。
歩を緩めると、池の半ば近くを占める水田の稲穂もマースビーンズに倣って戦いでいるのが分かる。
明らかに風向きが変わった。
納得すると、お召しを受けた東屋への歩みを速める。
「胡蝶も気が付いたようだね」
上様は東屋の外に出て風に御髪をなぶらせておられる。
「大老殿の狙いは、これだったのですね」
「うん、これが停戦のきっかけになればいいんだけどね」
「まことに」
「あ、ここじゃ畏まらなくていいからね。畏まられると話しにくくなるからね……」
「は」
「……………」
話があると仰せられながら、上様は後ろ手組んで、あいかわらず風を読んでおられる。
感慨にふけっておられる、あるいは、念じておられるのだ、火星の平和を。
だが、こういう時の上様は難題を申し付けられることが多い。
穴山大老は、老中若年寄たちの反対を押し切って戦略ミサイルを打ち上げさせた。
100基の戦略ミサイルは、200キロの高度に達すると、二発が空中爆発、残りは一定の方角には飛ばず、ウロウロとマス漢とは真逆の東に向きをとって飛び始めた。慌てたロケット軍は、すぐに自爆させようとしたが、自爆できたのは3基にすぎなかった。
発射前から兆候を掴んでいたマス漢は、最高レベルの迎撃態勢をとって待ち構えていたが、ミサイルの迷走ぶりに安堵し、かつ嗤った。
「なんという恥さらし!」
たちまち官民の怨嗟の声があがり、C国系の多い虎ノ門ヒルズでは爆竹を鳴らして喜ぶ者たちもいて、扶桑を応援する難民たちとの間で衝突騒ぎまで起こった。
「いやはや、まあ、こんなこともある」
当の穴山大老は、近ごろ禿の進んだ頭をつるりと撫でるだけだった。
「やはり、大老はタヌキです」
弾道ミサイルの射程は1300キロ、逆回りではマス漢には届かない。扶桑からは反対側の荒れ地に落下して虚しく爆発炎上する。100に近いミサイルの爆発は中緯度地方の大気の流れを真逆にした。赤間関に吹く風は、方向を真逆にしてマス漢の方角に流れ、腐乱した遺棄死体の悪気はマス漢を苦しめることになる。
しかし
「ミサイルの炸薬や燃料が燃えても一時間ももたないのでは?」
「あれに炸薬は入っていないよ」
「え?」
「代わりにマス炭が入っている」
「マス炭が!?」
「うん、考えたものだよ穴山大老は」
マス炭とは、マースビーンズの搾りかすを脱水して固めた固形燃料だ。パルス処理されて、穏やかに一か月は燃え続ける。
「これでマス漢も思いとどまってくれるといいんだけどね、かの国はそれほどヤワではないし、連合国(アメリカ系の火星国家)の帰趨もなかなか読めない」
「はい」
「そこで、胡蝶、君に頼みだ」
「はい!」
いよいよ本題。
上様は穏やかに笑みを浮かべておられるが……その目は少しも微笑ってはいなかった。
☆彡この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平 西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟
187『上様の目は微笑ってはいなかった』胡蝶
御池の中島に明々と輝く楕円のブロンズ。
台座はマメ科植物の群れの下に隠れ、あたかも、この群れの気が凝って精霊に昇華したように見える。
マースビーンズの商品化百周年を記念して火星農産が先週上様に寄贈したものだ。
マースビーンズは二代将軍正仁様がお造りになった品種で、いまでは扶桑以外の火星でも主要穀物になっている。
日本庭園のど真ん中に、豆とはいえブロンズ像が佇立しているのはどうかと思うのだが、上様は頓着されないし、意外に面白い。
幾星霜か経ってみれば、鮮やかな緑青がふいて案外な侘び寂びの点景になるのかもしれない。
ソヨリ
マースビーンズの群れが戦いだ。
歩を緩めると、池の半ば近くを占める水田の稲穂もマースビーンズに倣って戦いでいるのが分かる。
明らかに風向きが変わった。
納得すると、お召しを受けた東屋への歩みを速める。
「胡蝶も気が付いたようだね」
上様は東屋の外に出て風に御髪をなぶらせておられる。
「大老殿の狙いは、これだったのですね」
「うん、これが停戦のきっかけになればいいんだけどね」
「まことに」
「あ、ここじゃ畏まらなくていいからね。畏まられると話しにくくなるからね……」
「は」
「……………」
話があると仰せられながら、上様は後ろ手組んで、あいかわらず風を読んでおられる。
感慨にふけっておられる、あるいは、念じておられるのだ、火星の平和を。
だが、こういう時の上様は難題を申し付けられることが多い。
穴山大老は、老中若年寄たちの反対を押し切って戦略ミサイルを打ち上げさせた。
100基の戦略ミサイルは、200キロの高度に達すると、二発が空中爆発、残りは一定の方角には飛ばず、ウロウロとマス漢とは真逆の東に向きをとって飛び始めた。慌てたロケット軍は、すぐに自爆させようとしたが、自爆できたのは3基にすぎなかった。
発射前から兆候を掴んでいたマス漢は、最高レベルの迎撃態勢をとって待ち構えていたが、ミサイルの迷走ぶりに安堵し、かつ嗤った。
「なんという恥さらし!」
たちまち官民の怨嗟の声があがり、C国系の多い虎ノ門ヒルズでは爆竹を鳴らして喜ぶ者たちもいて、扶桑を応援する難民たちとの間で衝突騒ぎまで起こった。
「いやはや、まあ、こんなこともある」
当の穴山大老は、近ごろ禿の進んだ頭をつるりと撫でるだけだった。
「やはり、大老はタヌキです」
弾道ミサイルの射程は1300キロ、逆回りではマス漢には届かない。扶桑からは反対側の荒れ地に落下して虚しく爆発炎上する。100に近いミサイルの爆発は中緯度地方の大気の流れを真逆にした。赤間関に吹く風は、方向を真逆にしてマス漢の方角に流れ、腐乱した遺棄死体の悪気はマス漢を苦しめることになる。
しかし
「ミサイルの炸薬や燃料が燃えても一時間ももたないのでは?」
「あれに炸薬は入っていないよ」
「え?」
「代わりにマス炭が入っている」
「マス炭が!?」
「うん、考えたものだよ穴山大老は」
マス炭とは、マースビーンズの搾りかすを脱水して固めた固形燃料だ。パルス処理されて、穏やかに一か月は燃え続ける。
「これでマス漢も思いとどまってくれるといいんだけどね、かの国はそれほどヤワではないし、連合国(アメリカ系の火星国家)の帰趨もなかなか読めない」
「はい」
「そこで、胡蝶、君に頼みだ」
「はい!」
いよいよ本題。
上様は穏やかに笑みを浮かべておられるが……その目は少しも微笑ってはいなかった。
☆彡この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平 西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟
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