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175『冥王星の裏側』

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銀河太平記

175『冥王星の裏側』周温来 





 アルルカンと言えば伝説の宇宙海賊だ。


 地球や火星のテクノロジーは太陽系の中での移動手段しかもたないが、アルルカンの船は自在に銀河宇宙を駆け巡っているという噂だ。

 銀河宇宙に乗り出すには最低でも光の速度で飛ばなければならない。実際には光の何倍、何十倍、何百倍の速度が出せなければ実用にはならない。光速や光速の数倍程度では、目的の星に行って帰って来るだけで数年、数十年、遠いところでは百年かかっても到達さえできない。宇宙船のような移動手段は、移動することで経済的な目的を果たせなければ、国家的あるいは惑星規模の道楽でしかない。

 パルスギが発見され、理屈の上では光速航行が可能にはなった。

 しかし、それは、石油が発見されたから飛行機が飛ぶというくらいに高い技術だ。

 おそらく光速以上の速度、あるいはワープ技術を人類が獲得するのは数十年先のことだろう。



「ええと、だから、今見えてるのが冥王星でぇ(^_^;)」

「信じられない、月の軌道を発進して55秒しかたってない」

「いや、だから光速の二倍で飛んだわけで……」

「これはフェイク画像だろう……」

「あ、そういう疑問持つとキリがないんだけど……」

 案内されたブリッジの展望ディスプレーには、紛れもない冥王星が映っているのだが、こんな仮想現実はAIでいくらでも作れる。

「船長、だったら冥王星の陰に隠したアレ見せればいいんじゃないっすか?」

「え、あれを見せるのかぁ?」

「はい、あれ見せれば納得してもらえるっす。たぶん」

「じゃあ、回り込んでぇ」

 ウィーーーン

 微妙に加速して、ヒンメルは冥王星の裏に周る(フェイク画像だと思うけど)。

「あの傘みたいなのは?」

「目隠しだ。地球や火星から見えそうになったら、あの傘を動かして見えないようにしている。日本の四国ほどの大きさがあるから、角度を変えることで隠せるんだ。シャケカン、回り込んでくれ」

「了解っス。船外に出るっすか?」

「ああ、ディスプレーの画面だけじゃ信じてもらえそうにないからな。付いて来てくれ周温来」

「あ、ああ」

 ボートデッキに行くアルルカンの後を付いていく。

 あれ?

 相変わらずマントを翻していくんだけど、全く周囲のものに引っかからない。

「最初に会った時はリアルマントだったからね。普段はバーチャルにしている。ほら、こうすれば……」

 マントが消えて……え……その下に着ているものが順々に消えていく。

「……あ、船長(;'∀')」

「え、あ、しまった、全部消してしまった(#^_^#)」

「…………」

「あはは、サービスを兼ねて意地悪をしてしまったな」



 ボートデッキの手前で、船外服に着替えて複座のパルスボートに乗り組む。



 シュイーーン



 ボートは弧を描いて傘のふくらみの中に潜り込んでいく。



「おお!?」

「期待通りの反応で嬉しい。どうだ、すごいだろ(^▽^)」

 傘の中には古い宇宙船がコレクションのように係留されていた。

「まあ、半分趣味だがな。中にはビンテージものの船もあってな、けっこういい値段がつくものもある。あの小さいのはボイジャーだ」

「ボイジャー……」

 250年前に、初めて太陽系を飛び出したNASAの惑星探査機だ。太陽系を出てからは追跡不能になっている。

「プロキシマケンタウリに向かう途中で発見した」

「あんなの持って帰ってきていいんですか?」

「機能もとっくに喪失して、一人ぼっちで宇宙を漂っているのは可哀そうだろ。あれは2号だが、1号も見つけてやればセット売りでけっこうな値段になる」

「いや、でも……」

「忘れてもらっちゃ困る。このアルルカンは宇宙海賊なんだぞ」

「あ、あのシルエットは!?」

「宇宙戦艦ナガトだ」

「え、実在したのか!?」

「100年前に映画化された時の原寸大模型だ。あんなものCGでやればいいんだがな、あえてリアルセットを造ったところに値打ちがある」

「しかし、こんなデカブツ、ペイするのか?」

「ハハハ、だから半分道楽だ」

「なるほど……」

「分かってもらえただろうか、これだけのコレクション、たとえ傘で隠していても地球や火星の近くでは、必ず発見されてしまう。まあ、パルスギエンジンが本格的に作られれば、この冥王星の陰でも発見されてしまうだろうがな」

 秘密のコレクションが近々見つかってしまいそうで、寂しさを隠せない子どものような目をしている。

 アルルカンがオーバーテクノロジーと云っていいスキルを持っているのは、瀕死の俺を三日で治したことでも分かってはいる。

「どうだ、その……わたしの仲間に……」

「周温来はピタゴラスで死んだ」

「あ、ああ……」

「ということにしてくれたらな」

「お、おお! そうか、嬉しいぞ、周温来!」

「おい、無重力空間で抱き付くなあ!」

 俺とアルルカンは、ヒンメルが牽引ビームで停めてくれるまで冥王星の裏側でグルグル回っていたのだった。

 

☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス

 

 
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