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173『周温来撃たれる』

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銀河太平記

173『周温来撃たれる』周温来 





 流しの坑夫は便利屋だ。


 頼まれれば坑夫以外の仕事もこなすし、話があれば、どこにでも出かけ、たとえ半日の賃仕事だってやる。

 今日は、カルデラの外に出て通信設備の保守点検。

 月も火星も通信設備は多元化されている。

 日ごろはパルス通信だが、万一のことも考えて光通信や電気通信も残されている。電気通信にも二通りあって、無線と有線。無線は中継設備の点検だが、有線の方は長いケーブルを目視確認しなくてはならない。

 何事にもチャランポランな月社会だが、通信インフラに関してだけはキチンとしている。通信がダウンしてしまえば、悪党どもの密売や違法賭博もできなくなってしまうからね。

 
 ケーブルの点検は二人一組でやる規則になっている。組み合わせはロボットと人間という決まりになっているが、それでは人件費が倍になってしまうので、二人でやったことにして、ベテランの人間一人にやらせる。

 やらせる方も、信用が掛かっているので、そうそういい加減な奴にはやらせない。

 鉱山でも呑屋街でも、そこそこに評判と実績のある流れ者には打って付けのアルバイトだと言うわけだ。



 B区間4000mの点検を終えて作業車を停める。



 4000というのは、いい区切だ。

 古典的に言えば1里。集中を途切らせずに作業をするには1里という単位がベスト。

 顔を上げると、少し先に軍のドームプラントが見える。

 東京ドームほどのそれは、巨大な金魚鉢のようで、金魚鉢の下半分は様々な植物が枝を伸ばし葉を茂らせている。ところどころ、花や実を付けているのが遠目にも覗える。

 たとえ実験プラントであっても、こういうことを大真面目にやるところが扶桑流なんだろう。

 彩の中央にあるのは桜だろうか。

 どこに行っても桜を咲かせたがるのは、扶桑の宗主国である日本の血なんだろう。

 中国人の俺も桜は好きだ。

 ヒムロのシゲ爺が神社を造って桜を植えたとか、西之島紛争で神社は破壊されたが桜は残っているらしい。

 島に帰るつもりは無いが、桜を眺めながら、氷室とマヌエリトと三人で酒を吞みながら、エンドレスの法螺話。



「日本人は、桜を見て『きれい』とか『美しい』とか『潔よさ』とか思うらしいが」

「あ、まあ、そうだね。僕は、ただボンヤリ見ているのが好きだけどね」

「ボンヤリかぁ?」

「ボンヤリ、大事」

「どう大事なんだ酋長?」

「ボンヤリ、先祖や地の聖霊といっしょになる。こころ、たましいキレイになる」

「日本もインディアンもアニミズムだもんな」

「あはは、カタカナで括られると、ちょっと、カックンですね(^_^;)」

「桜というのは豊かさのシンボル。満開になったら大金持ちになる前兆みたいで気持ちいい。大盃でググっとやりたくなるだろうが」

「チビチビがいいです」

「酒はほどほど、飲み過ぎたら白人に土地とられる」

「白人に盗られたら、この周温来が取り返してやる!」

「中国頼む、あと、怖い」

「ああ、マヌエリト、俺はそんじょそこらの中国とは違うんだぞぉ!」

「まあまあまあ」



 てな具合になあ…………あ、星が流れた。



 !?

 
 プシュ!



 咄嗟に身を躱したたが、スーツ(宇宙服)の肩を射抜かれた。

 体には当たっていないが、エアーが漏れる。

 シューーー

 ハンベをアクトにしてジャンプ。着地してダッシュ!

 ピシピシピシ!

 アクトにしたので、銃撃音も聞こえる。

 いつか来るとは思っていたが、それは鉱山事故に見せかけてか、町の中で事故に見せかけてかと思っていた。

 出来ることなら、ゴールデン街あたりで、華々しくと思っていたんだが。

 バイザーの端にスーツ姿の二人組が見える。

 ここは逃げるにしかず。

 セイ!

 岩を蹴った勢いで作業車にジャンプ。スロットルを上げて急発進!

 ピシピシピシ! ピシピシピシ!

 二連射を躱して、ハンドルを回したところで衝撃がきた!



 ドッゴーーーン!



 瞬間、ひびの入ったバイザーに三人目の姿が映ったが、喰らってからでは遅い。

 

 ドサ!



 地球だったら完全に五体バラバラという勢いで地面に叩きつけられる。



 ピシピシピシ! ピシピシピシ! ピシピシピシ! ピシピシピシ!



 念押しに撃ってくるが、微妙に窪地になっているせいか当らない。

 当らなくても、十分に死にかけている。

 腹を撃ち抜かれて血が噴き出している。スーツに穴をあけられているので、出血が止まらない。

 バイザーの中にも薄く血がスプレーされていく。

 自分の血で窒息死……ちょっと勘弁してほしい。

 あ……その前にエアーが切れる……もういいか……。

 

☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス

 
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