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169『ピタゴラスゴールデン街・3』

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銀河太平記

169『ピタゴラスゴールデン街・3』緒方未来 




「まぁた、おまえらかぁ」


 警務の班長は、そう言うと二人の部下に酔っ払いを連行させ「先生も大変だねえ、でもまあ、一応……」と簡単な事情聴取をして行ってしまった。

「さっきは、ありがとうね」

 路地から出てきたそいつに一応の礼は言っておく。

「分かってるんだな。あのキックが入ったら事情聴取で済まなかったぜ」

「うん、下手したら半身まひ、古い型式だから義体の修繕費高そうだし」

「診療所の給料なら三か月分くらいはとんでしまうだろうね」

「ああ、知ってんだぁ」

「先週見かけた時は救急の制服だったけど」

『ねえ、中に入んなよ、今日は二人とも驕りにしとくからー』

「ラッキー!」「それはありがたい!」

 女将さんの声に同時に反応して店の奥に収まる。むろんスリッパに履き替えて。



「いやあ、ご活躍!」「たいしたもんだよ!」「二人とも!」「いっぱい奢らせてくれ!」「スッとしたぜ!」



 席に着くまで酔っ払いたちが喝采してくれるのを「やあやあ」「どもども」「またねえ」「ありがと」といなしながら……「プライベートの奥使っていいよ」と女将さんの言葉に「こっちでいいよ」と、そいつが言うので奥にあるというだけの四人掛けに収まる。



「プライベートの奥も時々使わせてもらってるのよ」

「ああ、でも、俺は新参者だし」

「見かけによらず硬いのね。でも、嫌いじゃないわよ、そういうの」

「ただの不器用者だよ、先生」

「じゃあ、不器用者の器用な助太刀に感謝して、ほらほら、グラス持って!」

「あ、ああ(^_^;)」

 かんぱーーーい!!

 店中の酔っ払いが唱和してくれて、気分のいい乾杯。

「みんないい人みたいだね」

「うん、みんな穴掘りだから、見てくれはいかついけど、ちゃんとスリッパに履き替えてるしね。酒の勢いでウザがらみしてくるのも居ないし」

「うん、いいね、こういうのは」

「ん……そのニュアンスは、以前同じようなところに居た?」

「ああ、地球の鉱山に居た」

「漢明? 骨柄は大陸系とお見受けしたんだけど」

「中国だよ」

 中国……という人間は少ない。けど、初対面で深入りしていい話題ではない。

「周温来」

「周恩来?」

「そんな歴史的人物じゃないさ、字はこう書く」

 ハンベをモニターにしてきれいな漢字で書いてくれる。

「……どこかで聞いたような……見たような」

「俺も、先生のことは見たような気がする……」

「おや、二人ともお安くないねえ。はい、どうぞ」

「え、こんないいお酒!」

「ヤマザキの百年物じゃないか、女将さん!」

「ここ一番てとき用にね、まだ何本か残ってるから遠慮なく」

「すみません!」「いただきます!」



 あらためて乾杯して、思い出した。



「あなた、西之島の周温来!?」

「あ、声大きいよ(^_^;)」

「あ、ごめん。だよね、西之島の周温来って言えば氷室、マヌエリトと並ぶエライさん!」

「今は、ただの流れの坑夫さ」

「いや、でもさ……」

「先生こそ、姉妹とか居ないの?」

「ううん、一人っ子だけど」

「ああ……他人の空似かなあ」

「エヘヘ、周さんのいい人だったの?」

「先生のいい人になら、なってもいいけど」

「プ……もう、噴いちゃうじゃないの!」

「いやあ、申しわけない。島では、いつもこんな感じだったんで」

「お手柔らかにお願いしますよ、まだ、大学出て間が無いんだからあ」

「え、この道十年選手ってオーラがするんだけど」

「そこまで歳じゃありません。まあ、火星の出身なんで、地球の女の人よりはワイルドかもしれませんけど」

 昨日もパスカルの荒くれどもの治療をやって死体検案書まで書いたんだけど、それは言わない。

「よし、じゃあ、俺も挨拶代わりに中華のワイルドやっちゃおうかなあ!」

「え、なに!?」

 立ち上がっただけで120%って感じの周さんに、声がひっくり返ってしまう。

「女将さん、ちょっと舞わせてもらうよ!」

「え、なにが始まんの?」

 ドワアア~~~~~~~ン!!

 すごい銅鑼の音がしたかと思うと、京劇のようなサウンドが店内に満ちた。周さんが自分のハンベを店のコンピューターに同期させて、ワンマンショーのステージを作ってしまう。

「アチョーー!」

 大げさな身振りでハンベをタッチすると、周さんは鐘馗様のような姿になった!



☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地
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