銀河太平記

武者走走九郎or大橋むつお

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166『パスカルからピタゴラスへ』

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銀河太平記

166『パスカルからピタゴラスへ』緒方未来 





 月は地球に近いこともあって南極と同様に国際管理ということになっている。


 南極と同様の国際管理……と言っても、モデルになった南極大陸は21世紀の末に南極条約がなし崩しになって『国際社会のための有効活用』の美名のもとで乱開発されてしまったので押して知るべしなんだけど。

 地球と火星の大国が、あちこちにベースを作って、そこから地下資源を掘り出してはそれぞれの母国に送っている。

 月には大気が無いので火星のように地球化することができないので、地表に面の広がりを持つ都市や国家が作れない。

 大きさも見てくれもドーム球場に似た街や施設はあるけど、月面全部合わせても100に満たない。

 ベースのほとんどは地下に作られている。資源の採掘、秘匿、防衛のためには地下に潜った方が有効なんだ。



 その中で数少ない露天掘りの採掘場が、このパスカル鉱山。



 扶桑第一の月面都市(月面と言っても大方は地下にある、さっきも言ったけど)はピタゴラスにある。

 それ以外に、プラトンとアルキメデスが扶桑のベース。いずれもクレーターの中にある。



「助かる、乗せてってよ!」



 採掘場のドクターに引き継いでシャトルバスに乗るつもりでいたら、ダッシュがピタゴラスの基地まで戻ると言うので乗せてもらう。

 お互い、鉱山施設しかないパスカルよりも、扶桑第二の月面都市の方がいいに決まってる。

「オレは休暇じゃねえんだぞ。連隊で勤務が待ってる」

「残念、わたしは一カ月ぶりの休暇」

「一度、診療所に戻らなくていいのか?」

「昨日から交代のドクターが来てる。ちゃんと引き継ぎ規則は守ってるんだよ」

「そうか、まあ、オレも連隊に戻れば原則的に週一回の休みはある。マス桜が五分咲きだっていうから観に行かないか?」

「ああ……うん、疲れの取れ具合でね」

「だな……ピタゴラスに近くなったら起こしてやるから、少し寝とけ」

「うん、ごめん」

 ウィーーン

 シートがパズルのように移動して後部シートに周る。

 ダッシュが気をきかせてくれたんだ。幼なじみでも寝顔を見られるのは恥ずかしい。

「照明落そうか?」

「このままでいい……無駄話でいいから、喋ってて、返事しなくなったら寝たと思って」

「ああ、それでいいなら」

「ほんと、パスカル勤務ってのは疲れるよねえ……」

「穴掘りの荒くればっかりだからな」

「信じられないよ、たかがゲームの得点で死人まで出るんだもんねえ。夕べので四回目だよ死体検案書書いたのぉ」

「西之島紛争からこっち、月でも地球でも荒れてるっぽいからな」

「ああ……うん……」

 西之島紛争は漢明の劉宏大統領がPI(パーフェクトインストール)したことで様相が変わってしまった。

 それまでは関羽と劉備を足して孔明で割って曹操を掛けたようなお爺ちゃんだったけど、王春華にPIさせてからは漢明は武断的政策を引っ込め融和的な方向に向きを変えた。

 西之島に侵攻していた部隊を引き上げさせただけではなく、引き上げ命令に従わない部隊には攻撃さえ加えた。元々中央の意思に従わない軍閥の暴発という体裁をとっていたけど、味方にも厳しい劉宏のやり方は、おおむね賞賛された。

 でも、関羽と劉備を足して孔明で割って曹操を掛け、見てくれは虞美人か楊貴妃か。

 世界の半分は騙された。ううん、進んで信じようと騙されたフリをした。表面的にせよ、世界は平和を指向するんだ。

 実際には劉宏の息のかかった財閥、あるいは外国資本を迂回させた財閥、当面の利害を共にする外国資本を通じて、軍事力を伴わないという意味において『平和的』に権益を拡大させつつあるんだけどね。

 そういう空気の中で、パージされた武断派や役人、表面上の穏やかさに業を煮やした荒くれや没落知識人、技術者たちが地下に潜った。

 その何割かが、地球を離れ月や火星に当面の息継ぎの場所を求めたんだ。そのしわ寄せが、そこに最初の任地を与えられたわたしやダッシュに来ている。

 まあ、苦労は若いうちにと割り切ってはいるんだけど、取りあえずは疲れたぁ(;゚Д゚)。



 あれ?



 やっと眠気がさして、ピタゴラスまで5キロというところで背中に伝わる感触が変わってきた。

「気が付いたか?」

「なんか、修学旅行で乗り回したアナログ車の感じなんですけど!」

「パルスギ波で人口重力を作った実験線だ」

「おお、まるで地球の道路を走ってるみたい!」

「だろ、これになぁ……」

 ダッシュがコンソールにタッチすると景色が一変した。

「ウワア、湾岸線だ!」

「ああ、重力を変えると、ホログラムでも完ぺきにリアルになる」

「すごい発明だね!」

「だろ、これを作ったの、テルだ」

「え、ええ(# ゚Д゚#)!?」



 ビックリして懐かしくなって、とても感動して、涙が溢れてきた。

 

☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地

 
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