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162『漢明大ドンケツ試合』

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銀河太平記

162『漢明大ドンケツ試合』越萌マイ(児玉元帥) 





 横須賀の士官学校では、海軍と合同で年に一回謝恩祭というのをやっていた。


 謝恩祭とは、なんとも女子大の謝恩会のように慎ましく優し気な名称だが、学校側も地元の人たちも楽しみにしているワイルドな一大イベントだ。

 盛り上がったのは『日米対抗奇襲試合』だ。

 日米の海軍基地は横須賀湾を挟んで向かい合っている。

 号砲とともに、日米双方から50ミリ山砲を載せたカッターを漕ぎだす。総勢8名を載せたカッターは、湾の中央ですれ違い、敵の仮設埠頭まで漕ぎつけると、8名で山砲を揚陸、弾を込めて三発発射する。発射する弾はセレモニー用の染色弾で、赤青黄の煙を曳いて、300メートル先の的に当たる。的には三色の弾痕が着いて、命中成績が一目瞭然。三発発射し終わると、砲を分解してカッターに積むこみ、行きと同様に全力でカッターを漕いで味方陣地に戻って待機姿勢をとって完了。

 スピードと命中精度、パフォーマンスの総合成績で勝ち負けが決まり、謝恩祭一番人気のイベントだった。

 しかし、なんとも男臭く、配点方法が複雑で、けが人も絶えないことから、わたしが二年生の時に新しい競技が始まった。

 その名も『横須賀大ドンケツ試合』。

 プールに六個の円形フロートを浮かべ、その上に背中合わせで二人組が向かい合い、ホイッスルとともに尻で押し合いをやる。

 参加条件は12歳以上で性別も官民の別も問わない。

 ドンケツというのは駆け引きが重要で、体力、体格は、さほどには影響されない。

 古参の兵曹長が、飛び入りで参加した小6の女の子にあっさり負けた時などは、現場でも、市内各所に置かれた3Dモニターの前でも、爆笑と大喝采だった。

 グランマが、まだ惟任美音(これとうみおん)の本名でドブ板通りのマドンナだったころに参加してくれた。

 グランマの見事な尻さばきで、自分は兵曹長に続いて負けを喫してしまった。

 後にも先にもグランマと肌を接したのは、あれ一回キリ。

 二回戦でグランマは施設科の女子生徒に負けてしまったので、彼女とのスキンシップは自分一人だけになり、同期の仲間からは――このラッキースケベ野郎!――と、キツイ眼差しで羨ましがられた。

 この恥も外聞も捨てた謝恩祭は好評で、謝恩祭の前後ニ三か月は、基地や兵学校、軍への風当たりも弱くなり、世間からは『遮音祭』と揶揄されつつも喜ばれた。



 それと同じことを漢明海軍大学で、今まさに行われようとしている。



 漢明らしく、盛大に花火が打ち上げられ爆竹が鳴り響き、上空には景気づけのドローンが編隊でアクロバット飛行をして雰囲気を盛り上げている。

「なんだか、日本のパクリっぽいなあ」

「なに、こういうイベントのルーツは米英の士官学校にある、どっちも同じだ」

「盛り上げ方は、漢明の方が面白い」

「問題は中身だ」

「あ、おい、酒瓶の中身がないぞ」

「え、もう飲んじまったのか?」

「じゃあ、ジャンケン!」

「待て、メインイベント始まるぞ!」

 士官食堂の大型プロジェクターで、噂の漢明軍体育祭を見ている。

「急きょ開催した割には、けっこう集まってるなあ……」

「反乱軍部隊にも声を掛けたって言うじゃないか」

「ああ、とにかく『いっかい漢明全軍で弾けよう』という大統領のアイデアだそうだ」

「優勝を当てた者には、国籍を問わず賞金を出すって言うんだから、劉宏大統領もなかなかだぜ」

 そうなんだ。種目ごとに賭けることができて、賭け方も連勝単式とか、賭け事に縁のないわたしには分からん魅力的な方法をやっているとかで、世界中のどこからでも賭けることができる。

 大統領の肝いりで、今朝までに三千万人が賭けたというのだから、恐れ入る。

 これが好評ならば、以後は世界中の軍隊に呼びかけて、ワールドアーミーの大運動会にしようと劉宏大統領は提案しているらしい。



 そして、いよいよプログラムは話題のドンケツ試合になってきた。



 海軍大学の50メートルプールには100のフロートが浮かべられ、一つのフロートに4人の介添えに支えられて2人づつの選手が乗る。

「なんか言ってるぞ」

 いよいよ試合開始になって、アナウンスが入った。

―― プールサイドで転倒して故障者が出ました。よって、第一試合は99組198人の選手で……お待ちください……なんと、故障者の代わりに劉宏大統領ご自身が試合に参加されます! ――

 ウワアアアアアアアア!!

 歓声が上がったのは会場ばかりではない。わが士官食堂の面々も拳を振り上げて盛り上がる。

 準備していたわけでは無いのだろうが、なかなかの戦略眼だ。

 どこをどう抑えれば『盛り上げられるのか?』『友好的な空気を作れるのか?』という戦術変更ができるかということを本能的に知っている。

 厨房のおばちゃんたちまで、手を停めてプロジェクターに目を向けた。

「劉宏さん、大丈夫なの?」

「多少は元気になったみたいだけど……」

「現役の学生や軍人相手じゃ……」

「でもまあ、ドンケツなんだから」

「ちょ、あんたのオケツじゃま」

「あ、これはケツレイ(^_^;)」

 ――相手役の選手は……なんと、統合参謀本部議長のお孫さん、呉麗花ちゃんが出ることになりました! 麗花ちゃんは福建小学校の6年生で……――

「あ、伝説の謝恩祭と同じになってきたねえ!」

 お岩さんまで、厨房から出てきて、わたしの横に腰を下ろした。

 北京の北大街大酒店での劉宏大統領の様子が思い出される。

 新薬と入れ替えになった医療団のスキルが功を奏し、奇跡的な回復を見せたという。

 つくづく化け物みたいなやつだ。ひょっとしたら、北大街大酒店で見せた姿はフェイクだったのか?

「アハハ、こりゃ、ひ孫とひい爺さんだわ( ´艸`)」

「いや、あの骨柄はなかなか……」

 及川市長まで、やってきた。

「「「おお!」」」

 女性陣から声が上がる。

 ジャージを脱いで水泳パンツになった劉宏……さすがに萎びてはいるが、体幹の逞しさは現役時代のままだ。

 漢明の会場からも好意的な歓声が上がる。

 その歓声に応えるように手を上げ、フロートに飛び乗った姿は、あっぱれ往年の劉宏将軍だ。

――会場のみなさんにお伝えします。劉宏将軍の勇気に敬意を表し、その御健康ぶりを祝し、まずお二人の試合を先行して行うことにいたします――

 

「……なんか間を開けますね」

 及川市長が品行方正な疑問を持つ。

「お客が賭ける時間を空けてるんだよ、ほら、ごらんな……」

 なるほど、我が士官食堂でも、あちこちで賭けなおしが始まった。

「あれ、お岩さんは賭けないの?」

「ちょっとね……」

 不敵に腕と足を組むお岩さん。シゲ老人のカップもメグミのサーターアンダギーを持つ手も停まっている。

―― 各就各位,预备,跑! ――

 漢明語で号令がかかり、身長差50、年齢差60のドンケツ試合が始まった!

 

 ☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王

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