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161『作戦会議』

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銀河太平記

161『作戦会議』越萌マイ(児玉元帥) 




 まさか!? そんな!? ゲゲ!? ええ!? なんと!?


 あげた声はさまざまだが、その驚きぶりと恐怖は一様だった。

「敵の指揮官は、実質的に劉宏大統領だということなんですねぇ……では、その事実を基にこれからの作戦計画を練りましょうか。議長、どうぞ」

 及川市長が官僚出身らしく、現状を確認し、議論を対策の方向に向けて、わたしに回してくれる。

「これが、わたしが戦ったときの劉宏大統領です」

 戦闘時に記録した王春華の3D映像をテーブルの上に展開した。

「無駄のない動き。だが、スピードは並のレンジャー並、インディアンの戦士なら互角に戦える」

 マヌエリトが目を細め、抑揚のない声で感想を述べる。

 目を細めるのも声に抑揚が無くなるのもナバホインディアンが本気になった証拠だ。

 それを知っている島の古参達は、さらに息を潜め声を失ってしまう。及川市長などは、国交省の役人として島にやってきて、こういう表情のマヌエリトに追いかけまわされたので顔色が青い(099『追う』)。

「これは再生スピードを1/2倍にしてあります。実際の速度では、こうです……」

 今度はマヌエリトも声が無い。

「通常の動体視力では視認することも難しいでしょう」

「しかし、それは戦闘員としてのスキル、戦闘術に優れているということに過ぎないのでは?」

 元海兵隊の猛者だというボランティアが冷静に言う。

「これを見てください」

 南部橋頭保での戦いを図式化した俯瞰図で示す。

 おお……

 静かなどよめきが起こる。中隊以上の指揮経験のある者なら、その動線が秀逸であることが一目瞭然。

「みなさん、戦術規模の指揮には卓越しておられることが偲ばれます、心強い限りです」

 寄せ集めの組織だ、程よく持ち上げておくことも必要だ。

「そして、これが四半世紀前、満州戦争における劉宏将軍の部隊指揮の記録です」

 満州の野で二日に渡って繰り広げられた日漢双方の師団規模のアニメ化した戦闘概況を映す。

 ムム……

 唸ったのは米英と独の師団長経験者。遅れて、十数人のベテランが顔を赤くしたり腕を組みなおしたりしている。

 すごいと思わせただけでなく、彼らの軍人としてのハートに火をつけたようだ。

「この王春華が劉宏大統領をpiしたというんですね」

 氷室、いや睦仁王が冷静に話を次のステップに持って行ってくれる。

「しかし、小文字のpiなら、限界があるでしょう、本人のスキルとアビリティを情報として、つまりはコピーしているだけなんだから」

 イギリスの軍事AIの専門家がジョンブルらしい楽観論を述べる。

「一つ付け加えさせてください、あ、発言いいでしょうか?」

 いいタイミングでメグミが手を上げてくれる。

「劉宏将軍は、その指揮能力を十分に発揮する前に軍を追われ、戦後まもなく政治家に転身して、現在の大統領職にあります」

 何を今さらという目でメグミを見る者が多く、メグミも瞬間、話が中断する。

「続けてください」

 睦仁王が水を向ける。

「つまり、彼の軍人としての才能は、かなりの部分埋もれたままと言えるでしょう……劉宏将軍が、まだ発揮していなかった才能やアビリティーが王春華の中には移植されている。それが、どんなカタチで軍事行動として発揮されるかは、予測が難しいと思われます。小文字のpiと言って油断はできません」

 さすがに、即座に反論する者はいない。

「いいかのう、越萌マリさん」

「どうぞ、シゲさん」

「よいしょ」

「でも、マリじゃありません、マイですから」

「あ、そうじゃったかい?」

『マリは愛想つかして出てった嫁さんじゃろがあ!』

「うるさいわ!」

『あ、ムキになったぁ!』

「静かに。続けてください、シゲさん」

「うむ、人の思考パターンは職業を変えても形を変えて現れるもんじゃ、やつの政治活動を洗ってみれば、ある程度のことは予測がつくんではないかなあ。それと、劉宏が自ら乗り出すと言いだして、隠密行動とはいえ、すぐに王春華の義体で島に現れおった。これの意味は大きくはないか?」

「シゲ正しい」

 マヌエリトが顔を上げた。

「劉宏、おそらく体悪い。長時間、戦争指揮耐えられない。自分で出てくるもできない。勝負を急いでる」

「あ、なるほど」

『シゲも、むだに愛想つかされてねえか』

 ワハハハハ

「お、おもて出ろい!」

「まあまあ、みなさん。話が佳境に入りかけていますが、ひとつ念を押しておきます。劉宏将軍と王春華のことが話題に上ったことは秘密にしておいてください。こちらの注目点が分かってしまっては敵に対策の機会を与えてしまいます。とりあえずは、敵の奇襲に備えての警備計画、前線の整頓、反攻計画の規模と問題点について……」

 作戦室の空気は、まだ劉宏と王春華にあるが、これぐらいが潮時だ。

 この程度に秘密と言っておけば、二日もすれば敵に伝わる。

 無理を言って、わたしが作戦会議の議長をかって出たことも含めてな……。

 

☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王

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