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149『まなびや通りで綸旨を知る』

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銀河太平記

149『まなびや通りで綸旨を知る』越萌メイ 




 週に一度は街に出る。


 事業が拡大して世界を相手にするようになってからは東京にいることが多くなって、渋谷、新宿、原宿、池袋。

 大阪の恩智本社に居る時はミナミが多い、ミナミっていうのは心斎橋や道頓堀界隈、アメ村や阿倍野。ランダムに近鉄線の駅で降りて気ままに歩くこともある。

 息抜きでもあるし仕事でもある。

 越萌姉妹社(こすもしまいしゃ)は総合商社のように思われているけど、出発はアクセを中心としたファッション小物。今では売り上げの10%ほどでしかないけど、本業はこれだと思っている。

 まあ、越萌姉妹社そのものがカモフラージュなんだけど、カモフラージュであるからこそ手は抜かない。

 街に出る目的は、若い人たちの興味や流行りの今と将来の方向を観察するため。

 観察というのは肩ひじ張っていてはできない。観察という意識さえ眠らせておく。ゆったり歩いて、いろいろ目に飛び込んできたり聞こえてきたしたものが、時間をかけてろ過されてアイデアになる。

 そういうアイデアを足したり引いたり掛けたりして、商品や事業になっていく。

 昨春は恩智から玉串川沿いを歩いていて、ふと目に留まった市営球場が二百数十年前には近鉄バッファローズのホームグラウンドであることを知った。

 折からの春一番に傾いた案内板を真っ直ぐに立てて気が付いた。

「へえ、元々は『近鉄パールズ』って言ったんだ……」

 なにか乙女チックな名前で、わたし的には水牛よりも真珠の方が距離が近い。

 ベンチに腰掛けて、お散歩中のお年寄りや下校中の高校生たちを見ていると、閃いた。

 この近辺には今東光(こんとうこう)をして『嫁さんにするんやったらこの高校』と言わしめた女子高があった。今東光は瀬戸内寂聴の法名を付けた天台宗の高僧であり、河内を代表する作家でもあった。

 そうそう、書道家の榊莫山、小説家の武者走走九郎もこのあたりだ。

 バラバラに格納されていたアレコレがパールという単語が触媒になって一つのストーリーになった。

 そうして出来たストーリーが『パールズ』というお話を産み、去年はネット配信の連続ドラマになった。

 関連グッズの売り上げも順調で、久々に総事業の売り上げの10%を超えた。

「そういくつもネタは転がってませんよ」

 営業本部長の月城かけるには念を押されたので、今日は河内長瀬だ。

 この三百年間、各駅停車しか停まらない駅だけど、阿倍野やミナミよりも地に着いた賑わいがある。

 古くからの住宅地だし、昭和の始めには、ここから河内小坂にかけて日本有数の映画の撮影所があった。菜の花で有名な司馬遼太郎記念館も、北に一キロのところにある。

 改札を出ると、ここから東に600メートルあまり、近畿大学の正門に着くまでが『まなびや通り商店街』だ。

 その名の通り、近大の学生たちが支えてきたといってもいい商店街で、その賑わいの割にはアーケードが無い。

 二十三世紀の今日、物理的なアーケードが無くても、換気や雨避けなどは調節ができる。

 しかし、昭和の昔からの商店街は―― アーケードあってこその商店街 ――と古典的なアーケードを維持している。

 その中にあって―― うちは、元からアーケードが無かった! ――というコンセプトで三百年来の姿を維持している。この二重反転のプライドが、なんとも面白いし、成功した賑わいだ。

 原宿通りもアーケードの無い商店街だけど、道幅が狭く、アイスやクレープを食べながら歩くのは気が引ける。その点、ここは遠慮しなくてもいい。

 季節には早いんだけど、伝統の瓶入りラムネを買う。

 本来のマスターであるマーク船長が改良を重ねてくれたので、わたしは人間同様の飲み食いができる。

 原宿の倍以上ある道幅、当然空も広く、その青空を仰ぎ、ビー玉の位置を調整しながら飲むラムネは格別です。

 店先のベンチに腰掛け、たこ焼きや空揚げを食べる学生たちに交じり、そのさんざめきに―― リアル学生をやってみるのもいいなあ ――と思ったりする。

「リンジ?」

「え、リンジってなんや?」

 学生のさんざめきの中から、一つの会話が際立つ。

 お店の奥のレトロモニターからネットニュースが流れている。

『先ほどお知らせいたしました西之島カンパニー代表の氷室社長は、自らが秋宮空子内親王の五世孫の睦仁王であるとして、全世界の日本人に向け漢明軍追討の綸旨を発しました。綸旨というのは……』

 学生たちは、自分のハンベを出して直に情報を確認、ラムネを飲み終わった時には、店内のみならず、通りを行く学生や通行人も、千年ぶりに発せられた綸旨の内容に驚き、お互いの顔を見交わした。

 

 ☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王

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