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145『強襲』

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銀河太平記

145『強襲』  




 チルル空港制圧隊長の胡盛徳大佐は戸惑った。


 戸惑いは二つだ。

 A4ガンシップ隊による対地攻撃のあと、二個大隊で強行着陸と空挺部隊による降下。待ち構えていた空港守備隊との戦闘に突入した。

 連隊の全兵員による奇襲は海と空から行われた。空海共に二個大隊。北部攻撃部隊と合わせると一個旅団の兵力だ。

 23世紀の今日でも、二個大隊1000人の空挺部隊の展開には10分はかかる。もたついていては、存外な被害を被る。

 ガンシップ隊による対地攻撃では、まともに反撃されることは無かった。反撃すれば居所が知れてしまい、強烈な航空攻撃が加えられ被害を大きくするからだ。事実、自動で反撃してきた対空ミサイル、レーザー砲の大半を第二撃を放つ前に沈黙せしめ、当方の被害は二機の被撃墜、四機の中破に留まっている。

 警戒しながらの強行着陸も空挺降下も反撃らしい反撃を受けずに、演習のような穏やかさで実施することができた。

 二百数十年前の硫黄島の戦いに似ている。

 胡大佐の電脳部分が三秒で硫黄島の戦史、戦闘詳報を吟味し、人工衛星を通じて軍のコンピューターにも紹介。五秒後には、本日いっぱいの戦闘・戦術計画が立てられ、瞬時に全兵員に共有された。

 硫黄島の戦いでは、米軍は上陸直後には反撃らしい反撃を受けなかったが、島の内部に入るにしたがって、強烈でしたたかなゲリラ攻撃を受け、多大の損害を被ることになった。

 この戦いでも、敵は島のあちこちに坑道をめぐらし、ゲリラ的な攻撃を仕掛けてくるに違いない。島は、元来はパルス鉱の島で。採掘の為に無数の坑道が走っている。同様なことは、沖縄戦でも行われ、米軍は大戦を通じてただ一人の将官の戦死者を出している。

 これは封じ込めるに限る。

 坑道の七割は日ごろの調査で分かっている。若干名のスパイもリクルートしてある。

 空や宇宙からの偵察資料もある。付き合わせれば、おおよその敵の集結地、攻撃ルートは把握できる。

 全滅させる必要はない。押さえさえしておけば、後のことは沖の司令部が判断する。

 島北部の国際空港にも二個大隊が同様の攻撃を加えている。この南部の攻撃と合わせ、有利な方に増援を加え、一気に西之島全体を制圧占領する。残った一方は占領地の確保と牽制に務め、積極的な攻勢には出ない。

 つまり、大規模な強行偵察、あるいは陽動と言っていい作戦なのだ。

 攻撃している側が、自分は主力なのか陽動なのかの自覚が無い。防御する側が分かるはずも無く、敵は、いつまでも戦力を二分したままにせざるを得ず。やがて、弱った方から撃滅される。

 自分のような中級指揮官の立場からでも、この戦いは三日。長くても五日あれば片が付く。伝説の指揮官劉宏将軍(133回 134回『日漢秘密会談』参照)なら、一日で片付くかもしれない。

 惜しい、あの劉宏将軍が大統領などという世俗にまみれず、作戦指揮をとっていただけたらと夢想するほど、基本的に楽勝の特別軍事行動だった。

 それが、作戦開始から二時間になろうというのに、司令部からの判断が下らない。

 まず、このことに戸惑った。



 次に戸惑った、いや、驚愕したのは敵の攻撃だ。



 敵の大半は滑走路の真下に居た。

 そう、真下も真下、強行着陸した兵員輸送機の真下から湧き出てきた。

 ドン!

 輸送機がグッと持ち上がったかと思うと、滑走路が爆ぜて穴になって輸送機を呑み込んでしまう。

 そして、爆ぜたひび割れの端に、次々に小爆発がおこり、小爆発の穴やひび割れから古典ホラー映画のようにズタボロのゾンビ、いや、ロボットたちが現れた。

 ロボットたちは、爆発によって生体組織が棄損されて見るも無残な姿なのだが、我が方の兵が集まっていると見るや、全力疾走で駆けてきて、爆発していく!

 ロボットというものは、特有のアルゴリズムを持っていて、並列化した情報を元に行動する。人間もハンベによって得られた情報や指示、命令で動くものだが、ロボットのように瞬時の並列化はできない。

 並のロボットなら、こちらもロボット。その並列化したネットワークにアクセスし、比較的に容易く攻撃目標や攻撃ルートを暴露し、短時間のうちに撃破できる。

―― 大隊長! 敵のアルゴリズムが読めません! ――

―― スタンドアローン!? ――

―― 敵は並列化していません! ――

 兵たちは悲鳴のような報告をあげながら、次々に敵ロボット部隊の自爆に巻き込まれていく。

 並列化を解いたロボットは再生できない。

 ロボットというものは、たとえ全損しても電脳のメモリーが健全なら、新たなボディーに移し替えてやれば元に戻る。

 電脳もクラッシュしてしまうような損害でも、リアルタイムでサーバーにリンクしていれば復元は出来る。

―― 大隊長、敵は言語と手話で意思疎通しています ――

―― 言語はなんだ? ――

―― 分かりません! 我が方の言語ライブラリーには無い言語……ウワア! ――

 並列化を解けば連携した戦闘は出来ない。連携なしの戦闘なんて、短時間なら混乱を呼べるが、人もロボットも思考や行動には必ず型ができる。多少の犠牲は出るが、こちらは完全に並列化して情報を共有している。

 じっさい、混乱が収まり、反撃に出ている兵もいる。

 所詮は、追い詰められた者の悪あがき、殲滅は時間の問題だ。

―― 8分 ――

 敵殲滅までの時間が浮かび上がる。ここまでの戦闘を解析して予想される必要時間。

―― 7分 ――

 こちらが全滅するまでの時間。

 サーバーを探ると、北部国際空港を襲撃した部隊も似たような状況。

 インタフェイスに黄色のシグナルが点滅。

 司令部は、次の攻撃の有用性を試算し始めた。

 予備のボディーにインストールしてくれ、次は勝てる!

 ボン!

 衝撃と爆発音がして、意識が無くなった。

 

 ☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
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