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142『及川市長のチックショー!!』

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銀河太平記

142『及川市長のチックショー!!』及川軍平  




 チックショー!! バン!!!

 ヒ(;゚Д゚)!


 何年かぶりの怨嗟の言葉を吐いて、及川市長はデスクを叩いた。総務省から研修にやってきていた新人たちが飛び上がる。

「君たちも心がけておきたまえ、こうやって地方は切り捨てられる!」

 そう言うと、モニターのスイッチを切った手で防災服の上着を掴み、災害対策室のドアを荒々しく開けて出て行った。


 災害対策室に詰めていた各部局長には、それぞれの部局に戻ってやれることをまとめてこいと指示を出してある。

 遅かれ早かれ、島は戦闘に巻き込まれる。

 島の沖合には数十隻の漢明艦隊が集結している。日本政府は領海外であることと漢明が敵対姿勢(砲やミサイルを指向させたり、射撃管制レーダーを指向させたり、哨戒機を飛ばしたり)をとっていないことを理由に遺憾の意を表明するだけで、何一つ対策をたてない。

 艦隊を派遣し、空軍の即応編隊と防空部隊を派遣してほしいと要請し続けているが、漢明をいたずらに刺激してはいけないという昭和・平成以来の常套句を繰り返すだけでらちが明かない。

 仮にも選挙で選ばれた市長だ、法規に則らない行動は慎まなければならないが、非常の時は非常の手段をとらざるを得ない。官僚としての栄達や天下り、政治家としての名誉も眼中には無い。

 ただただ、島の安寧と発展を保証したいと思うだけだ。

 思い返せば、五年前。国交省資源開発局長として島に赴任し、悶着の上に悶着を重ね、島の住人たちと対立し、危うく東の村長マヌエリトに頭の皮を剥がれるところまでいって分かった。

 この島のありよう、人やロボットが、民族や人種や出自を超えて共存していく生き方。

 島は、公的には日本国東京都西之島市という枠組みの中にある。

 恒久的に島の安寧と発展を図るためには、より上位の権威に頼らざるを得ない。

 だから、西之島に市制を布き、日本政府並びに東京都の庇護を受けられるようにした。

 しかし、島民の多様性や利益を保証するために自治領という冠を残した。

 お蔭で、本土の自治体なら、いちいち国に認可や許諾を得なければならない事業でも、自分たちで費用を持つ限り、たいてい自由になった。

 それが、今回は裏目に出た。

 あけすけに言えば、島の防衛は自分でやれということだ。明白な侵略行為が無い限り、たとえノルマンディー上陸作戦のような大艦隊に取り巻かれようと、日本政府としては動かない。

 東京都に至っては、島は元来は外交権と防衛権を持っている国の管轄で、東京とは行政区分上の名義を貸しているだけだ。と、ニベもない。

「市長、休会になりました」

 階段を駆け下りると、ちょうどエレベーターから出てきた議長と鉢合わせになった。

「ぶっ通しで八時間審議しましたが、情報収集に努め、住民の避難と安全確保に努める……以外の事が決まりません」

「そうですか、審議を尽くされているご様子、市長として感謝の限りです」

「恐縮です、市長はどちらに?」

「地区の見回りです。五時には戻ります」

「いってらっしゃいませ」

 具体的には聞こうともしない。当事者意識の欠如。議員のほとんどは北部、新開発地区の人間だ。いずれも本土からの転入者、期待はできない。

 チク……

 後の言葉は呑み込んで、自ら公用車のハンドルを握った。



 海岸通りに出て、やがて海と鉱山がいいバランスで見えてくる。

 最近できた氷室神社の大鳥居がいいアクセントになって現れる。島が落ち着いたら、学生時代に戻って油絵でも描いてみようかなどと夢想する。

 それにしても、沖の漢明艦隊は邪魔だ。

 右手を鉄砲の形にして漢明の輸送艦を狙う。ずんぐりとした船体はサンダーバード二号に似ていて、いかにも射的の的めいている。

 パン!

 口で銃声を発してみる。

 ピカ……ドーーン!

「……ウソだろ?」

 輸送艦の外板が吹き飛んで、炎と黒煙が上がった。



 ☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
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