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141『漢明艦隊現る!』

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銀河太平記

141『漢明艦隊現る!』お岩  




 氷室神社の前を過ぎると男どものざわめきが聞こえた。


 潮騒に紛れて言葉まではわからないが、空気は剣呑だ。

「ちょっと、通しとくれ!」

 隙間を縫って前に出る、出たつもりなんだけど、力余って押しのけちまったんだろう、文句やら悲鳴が上がる。

 うわ! グホ! てめえ! なにすんだ! ウギャ! ノワア!

 拳をあげる奴もいるけど、食堂のお岩だと気づくと、たいていの奴は口をつぐむ。新参者二人ほど無意識に蹴倒して「グホッ!」「ゲボ!」とカエルみたいな声をあげて視界から消える。

――ごめん――と心で謝って、前に出る。



 ウワアアア!



 男以上の声が出てしまった。

 南の海上には、三十隻を超える漢明の艦隊が溢れていた。

 戦艦・3 空母・2 巡洋艦・4 強襲揚陸艦・2 他に駆逐艦、輸送艦、病院船や工作艦まで出張っていやがる。

「まるでノルマンディーの撮影だよ、お岩さん」

 氷室社長が穏やかに言う。

「あはは、ノ、ノルマンディーは大げさでしょ(^_^;)」

 新参者が声を震わせる。

 社長は「撮影みたい」と言ったんだ。

 冷静な人だ、お見通しなんだ。数だけは島を攻略するに十分な規模だけど、闘気が感じられない。

 まるで、監督の「よーい! スタート!」の掛け声を待っているエキストラ艦隊だ。

「微妙に領海外だし、哨戒機を飛ばす様子もないみたいだ」

「そうだろうね、二十世紀じゃないんだから、その気になれば三十分もあれば漢明から師団規模の部隊を送れるだろうしね」

「まあ、まだまだ興奮した島民や観光客の人たちが押し寄せてくるだろうね。興奮すればお腹も減る。食堂は大賑わいになると思うよ」

「そうだね、ハナ、今日は巫女服にタスキ掛けで頑張っとくれよ!」

「ラジャー!」

 元気に返事して、早手回しにタスキを掛けるハナ。でも、その場を動こうとはせずに、腕組みして漢明艦隊を睨み据える。やっぱり、目に見える脅威は侮れない。

「ハナ、さっさとやりな!」

「イエス、マム('◇')ゞ!」

 やっと行った。

「あの艦隊はともかく、この二三日で漢明は仕掛けてくるだろう、腹積もりはあるのかい、社長?」

「ロボットのみなさんに、並列化を解いてもらうよう指示したよ」

「オフラインで戦わせるのかい?」

 ロボットたちの優れている点は、ラインで並列化されていることだ。一個体が獲得したスキルや情報は、同時に同じネットで繋がれているロボットたちと共有される。

 23世紀の今日、ロボットのPCやサーバーにはアンチウィルス機能が搭載されていて、たいていのウィルスやフェイクはろ過されるかワクチンが反射的に作られて無効化される。しかし、所詮はテクノロジー、万一ということがある。

「洛陽号の爆発直後から東西(東=ナバホ村 西=フートン)とも話を付けてあるよ。及川市長には政府との連絡と折衝を任せて、挙島体制にはしてあるしね」

 性格でもあるんだろうけど、社長は名言やら押し付けた物言いをしない。平時ならともかく、緊急時には……と思わないでは無いけど、あの落盤事故(078『落盤事故』)も原則を崩さずに乗り越えてきた。不安や不満を口にすべきじゃないさ。

 背後で人垣が開く気配。

 振り向くと村長のマヌエリトと周温雷主席がやって来るところだ。

「同志、漢明の様子は?」

「ああ、状況はね……」

 社長が丁寧に話を繰り返す、時間はかかるが、これが島の東西南の結束に繋がっている。

 気短なわたしはイラつかないこともないんだが、辛抱辛抱。

 

※ この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王


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