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137『氷室神社賑わいて四海波静か』

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銀河太平記

137『氷室神社賑わいて四海波静か』お岩  




 シゲ爺の狙いは当たった。


 岬から戻ってきた者たちは、沖の漢明艦が居なくなったことに人智を超えた力を感じた。

 冷静に考えれば、何者かの国際政治学的な力が働き、その働きによって漢明政府が艦隊に退去を命じた。その命令によって、漢明艦隊各艦の艦長は機関を始動させ、航海長が舵輪を握って、物理的に粛々と退去しただけのこと。

 しかし、折よく太陽は南中して南の空に輝いて日輪という呼称が相応しく。あたかも、神の意思が働いて邪悪な漢明艦隊を蒸発させたように見える。

 ほら、大雨の後に虹が出たりすると『虹の彼方に』とかを口ずさんで、生きててよかったとか思うあれだよ。

 二百年前、令和天皇が御即位された時、前夜からの雨は止む気配もなく、御即位には欠かせない舞楽が中止になったが、その直後、御即位の儀に移ったとたん。俄かに雨が上がり、皇居の上に盛大な虹がかかった。

 あの故事を思い出させるように、日輪は西之島の未来を寿いだ!



 その喜びを噛み締めて、一杯やろうかと道を戻ると、氷室神社の大鳥居の下に、白木の香りも清々しく大振りの賽銭箱。

 冷静に考えれば、漢明艦隊退散に当て込んだシゲ爺の企みと知れるのだが。そのシゲ爺も神主服に身を固め、幣などを捧げ持って拝殿の前に畏まり、「銀行も出張してこい!」の電話を受けてやってきたイッパチ、ニッパチに巫女服を着せて侍らせる。

 チャリン チャリン チャリチャリン チャチャチャチャチャチャチャ ヂャヂャヂャチャヂャヂャヂャチャ!

 賽銭を投げ込む音は、二世紀前のパチンコ屋のようだ。

「福をお授けしまーーす!」

 社務所とも言えないシゲ爺の掘っ立て小屋で聞き知った声があがる。

「ハナ、お前もか!?」

「ニシシ(*^^)v」

 ハナもにわか巫女になって福笹を売り出している。



「大した賑わいだ」

「あら、市長!」

「定点観測の画像を見ていたら、大変な賑わいになっているので見に来たんです」

 及川市長の後ろには、ナバホ村のマヌエリト村長、フートン主席の周温雷がニヤニヤして立っている。

 岩陰に隠れて、顔を赤くしているのは、うちの社長。

「グッズを作れば当たりますねえ……」

 シマイルカンパニーの越萌メイもやってきている。

「メディアミックスだね」

 水を向けてやると、目をキラキラさせて即答。

「ええ、まずはアニメとフィギュアですね!」

「さっそく、氷室神社物語(仮称)製作委員会を立ち上げよう!」

「そうだ、お岩さんもキャラにしましょう!」

「え、あたし!?」

「シゲ爺を裏から支える世話女房!」

「ちょ、その設定はないよ!」

「じゃ、陰の女フィクサー!」

「それならいいかも」

「うん、カウンターキャラも……そうだ、ラボのメグミさんがいいですね! ああ、そうなればココちゃんも……」

 シゲ爺の神さまは、様々に島の人間の電圧を上げていく。



 なにごとのおはしますか知らねども かたじけなさに涙こぼるる



 西行法師の歌が思い出される。



 融通無碍な神道は西之島に似つかわしい。

 しかし、この賑わいは、西之島のみんなが、漢明の出現に恐怖していたことの裏返しだ。

 企んだわけではないが、無為無策の日本国への当てこすりにもなっている。

「ムム……宗教法人にしていなければ、税金が取れたのですが……」

 及川市長の歯ぎしりは、ちょっと気の毒なんだが面白い。



 何を隠そう、氷室神社をいち早く宗教法人にしたのは、このお岩なんだけどな。



 これで四海波静かになればいいんだが……取りあえず、お御籤とお守りを追加しよう。




※ この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王

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