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132『氷室神社の御祭神は秋宮空子内親王』
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銀河太平記
132『氷室神社の御祭神は秋宮空子内親王』兵二
自分の任務は隠密に似ているのかもしれない。
隠密というのは、物語にあるような忍者めいたものではない。任地に赴き、ほとんど、その地に同化して報告を上げ続ける。そういう地味な任務だ。
西之島にやってきて五年、西之島は、ほとんど故郷のようになってきた。
漢明との戦争に突入しようとしている今日、ひょっとしたら、この島に骨を埋めることになるかもしれない。
五年前、上様の馬ならしのお供をしていて西之島新島に向かうように命ぜられた。
中学同窓の穴山彦が発行している扶桑通信をお持ちしたところ、西之島新島の熱水鉱床からパルスガ鉱が発見されたというニュースに目を停められた。
パルス鉱はニ十三世紀の主要な動力源で、純度によって、パルス、パルスラ、パルスダ、パルスギの四種に分類される。
パルスギ鉱は、理論結晶とも呼ばれる高純度の鉱石で、ひところは自然界には存在しないとまで言われていた超高純度の鉱石だ。
宇宙船の動力に使えば光速を超える速度が出せて、人類の行動半径は太陽系の外に広がり。発電に使えば、野球ボールほどのパルスギで扶桑将軍府の十年分の電力が賄えるという。
西之島(島内では、いちいち新を付けずに西之島と呼ぶ)では、三つあるコロニー(カンパニー、胡同、ナバホ村)のうちのカンパニーの世話になって、今日に及んでいる。
カンパニーの氷室社長は、他の二つのコロニーからの信頼も厚く、西之島が西之島市という本土並みの行政区になった現在でも市長や議会の権威を超えるほどの力……いや、尊崇の念を持たれている。
「賽銭箱は勘弁してくださいよ(^_^;)」
社長は、頭を掻きながらシゲ老人に頼んだ。
「しかしなあ、お参りに来る者からすると、賽銭箱が無いのは頼りないぞ」
「いや、だから、僕は神さまじゃないから」
「いや、ほとんど神さまじゃ」
シゲ老人のトドメに、社長は言葉に詰まった。
社長も分かっているんだ。
この西之島の危機に当って精神的な支柱が必要なことを。そして、その位置に自分が着きつつあることを。
「なら、社(やしろ)を建てよう」
「社ですか?」
「うん、社を建てて、社長自身、そこに手を合わせれば、社長以上の存在があると納得するじゃろ」
「ああ……」
「どうじゃ?」
「ま、シゲさんがいいと思うやり方でやってください(^o^;)」
このやり取りがあったのが先週のこと。
今週は、胡同沖で起こった衝突(漢明側は『西之島海戦』、日本側は『西之島沖事件』と呼称)の後始末に追われて、社長も自分も、カンパニーには帰れなかった。
一週間ぶりに賽銭箱の様子を見に行くと、社長は「あ、ああ…………」と、風船が萎むような声を漏らして腰を抜かしてしまった。
賽銭箱は新しく建った鳥居もろとも海を背にして設えられ、鳥居には『氷室神社』の扁額が掛けられていた。
ウォッホン
咳払いをして現れたのはシゲ老人。
正しくは斎服というんだろうが、いわゆる神主服をまとって、手には幣(ぬさ)を捧げているではないか!
「御祭神はパルスギにしようとも思ったんじゃが、社長のご先祖がええと思って『氷室神社』としたぞ。社長の五代前は渡米された、なんとかいう親王さまじゃろが」
「内親王、その子孫だから普通の人間ですよ。国籍も一時はアメリカだったし」
「その内親王様がご神体じゃ。社長本人を神さま扱いするんじゃないから、ええだろが」
「シゲさん、ご神体は何にしたんですか?」
火星にも日本式の神社があるので、気になって聞いてみた。
「それそれ、大仰なのは社長の好みじゃないと思ってな、海そのものとか……」
「海がご神体とか海からやってくるというのは、ちょっと普通っぽくないですか?」
「うん、安芸の宮島とか、沖縄のニライカナイとかあるのお……」
「ポセイドンとかもありますねえ」
「あるのう……」
「うん、ちょっと二番煎じですかねぇ」
「じゃ、兵二、これはどうじゃ!」
シゲ老人はポンと手を叩くと、鳥居の下まで走って、背筋を伸ばして空を指さした。
「え、空ですか!?」
「そうじゃ、空は宇宙に続いとる。大きくてええじゃろが!」
すごい事を言う。
社長は言い返す気力も無くて、そのまま決まってしまった。
ちなみに、あとで確認すると、社長の五代前は『秋宮空子内親王』ということが分かった。
アキノミヤ?
「ちがうよ、秋と書いてトキと読むんだ」
教えてくれたのは食堂のお岩さん、以前は大手銀行の支店長もやっていたとか、日ごろはおくびにも出さないが、かなりの才媛だ。
「秋でトキですか?」
「ああ、秋というのは収穫の時だからね、実りを刈るという神聖な意味がある」
「ときのみやそらこ……時……空……時空か!?」
シゲ老人は、どこまで意図したか分からないけど、大きな名前だ。
この氷室神社ができたことが唯一の明るいニュースになって、西之島は第二次西之島海戦を迎えることになっていった……。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
132『氷室神社の御祭神は秋宮空子内親王』兵二
自分の任務は隠密に似ているのかもしれない。
隠密というのは、物語にあるような忍者めいたものではない。任地に赴き、ほとんど、その地に同化して報告を上げ続ける。そういう地味な任務だ。
西之島にやってきて五年、西之島は、ほとんど故郷のようになってきた。
漢明との戦争に突入しようとしている今日、ひょっとしたら、この島に骨を埋めることになるかもしれない。
五年前、上様の馬ならしのお供をしていて西之島新島に向かうように命ぜられた。
中学同窓の穴山彦が発行している扶桑通信をお持ちしたところ、西之島新島の熱水鉱床からパルスガ鉱が発見されたというニュースに目を停められた。
パルス鉱はニ十三世紀の主要な動力源で、純度によって、パルス、パルスラ、パルスダ、パルスギの四種に分類される。
パルスギ鉱は、理論結晶とも呼ばれる高純度の鉱石で、ひところは自然界には存在しないとまで言われていた超高純度の鉱石だ。
宇宙船の動力に使えば光速を超える速度が出せて、人類の行動半径は太陽系の外に広がり。発電に使えば、野球ボールほどのパルスギで扶桑将軍府の十年分の電力が賄えるという。
西之島(島内では、いちいち新を付けずに西之島と呼ぶ)では、三つあるコロニー(カンパニー、胡同、ナバホ村)のうちのカンパニーの世話になって、今日に及んでいる。
カンパニーの氷室社長は、他の二つのコロニーからの信頼も厚く、西之島が西之島市という本土並みの行政区になった現在でも市長や議会の権威を超えるほどの力……いや、尊崇の念を持たれている。
「賽銭箱は勘弁してくださいよ(^_^;)」
社長は、頭を掻きながらシゲ老人に頼んだ。
「しかしなあ、お参りに来る者からすると、賽銭箱が無いのは頼りないぞ」
「いや、だから、僕は神さまじゃないから」
「いや、ほとんど神さまじゃ」
シゲ老人のトドメに、社長は言葉に詰まった。
社長も分かっているんだ。
この西之島の危機に当って精神的な支柱が必要なことを。そして、その位置に自分が着きつつあることを。
「なら、社(やしろ)を建てよう」
「社ですか?」
「うん、社を建てて、社長自身、そこに手を合わせれば、社長以上の存在があると納得するじゃろ」
「ああ……」
「どうじゃ?」
「ま、シゲさんがいいと思うやり方でやってください(^o^;)」
このやり取りがあったのが先週のこと。
今週は、胡同沖で起こった衝突(漢明側は『西之島海戦』、日本側は『西之島沖事件』と呼称)の後始末に追われて、社長も自分も、カンパニーには帰れなかった。
一週間ぶりに賽銭箱の様子を見に行くと、社長は「あ、ああ…………」と、風船が萎むような声を漏らして腰を抜かしてしまった。
賽銭箱は新しく建った鳥居もろとも海を背にして設えられ、鳥居には『氷室神社』の扁額が掛けられていた。
ウォッホン
咳払いをして現れたのはシゲ老人。
正しくは斎服というんだろうが、いわゆる神主服をまとって、手には幣(ぬさ)を捧げているではないか!
「御祭神はパルスギにしようとも思ったんじゃが、社長のご先祖がええと思って『氷室神社』としたぞ。社長の五代前は渡米された、なんとかいう親王さまじゃろが」
「内親王、その子孫だから普通の人間ですよ。国籍も一時はアメリカだったし」
「その内親王様がご神体じゃ。社長本人を神さま扱いするんじゃないから、ええだろが」
「シゲさん、ご神体は何にしたんですか?」
火星にも日本式の神社があるので、気になって聞いてみた。
「それそれ、大仰なのは社長の好みじゃないと思ってな、海そのものとか……」
「海がご神体とか海からやってくるというのは、ちょっと普通っぽくないですか?」
「うん、安芸の宮島とか、沖縄のニライカナイとかあるのお……」
「ポセイドンとかもありますねえ」
「あるのう……」
「うん、ちょっと二番煎じですかねぇ」
「じゃ、兵二、これはどうじゃ!」
シゲ老人はポンと手を叩くと、鳥居の下まで走って、背筋を伸ばして空を指さした。
「え、空ですか!?」
「そうじゃ、空は宇宙に続いとる。大きくてええじゃろが!」
すごい事を言う。
社長は言い返す気力も無くて、そのまま決まってしまった。
ちなみに、あとで確認すると、社長の五代前は『秋宮空子内親王』ということが分かった。
アキノミヤ?
「ちがうよ、秋と書いてトキと読むんだ」
教えてくれたのは食堂のお岩さん、以前は大手銀行の支店長もやっていたとか、日ごろはおくびにも出さないが、かなりの才媛だ。
「秋でトキですか?」
「ああ、秋というのは収穫の時だからね、実りを刈るという神聖な意味がある」
「ときのみやそらこ……時……空……時空か!?」
シゲ老人は、どこまで意図したか分からないけど、大きな名前だ。
この氷室神社ができたことが唯一の明るいニュースになって、西之島は第二次西之島海戦を迎えることになっていった……。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
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