140 / 269
128『府立戦史資料室黒書院分室』
しおりを挟む
銀河太平記
128『府立戦史資料室黒書院分室』心子内親王
「たぶん、加藤恵のソックリさんに会うことになりますから、説明しておきます」
船長(アルルカン)の説明が無かったら混乱していたと思う。
加藤恵とはメグミさんのことで、メグミさんは西之島のラボでは一番の研究員。島にいる間は、ずっとメグミさんの助手をしていたわたしは、アパートも同じフロアだった。
サーターアンダギーが大好き、それも沖縄の黒糖のやつ。
そのサーターアンダギーを那覇まで買いに行った先で、サンパチさんと、その上を行く船長(アルルカン)の計略にかかって火星まで来てしまった。
ミク(緒方未来)さんは、ほんとうにメグミさんにソックリ。いや、メグミさんがミクさんにソックリなんだ。
メグミさんは天狗党に居たころ、火星へ潜入するために修学旅行中のミクさんからパスポートを奪い。細胞レベルまでミクさんに擬態して、まんまと扶桑将軍の側近くまで近づくことができた。
そこで何があったのかメグミさんは火星を脱出、擬態を解くことができずに西之島に流れ着いた。
「まあ、ソックリさんに出会うことになるけど、ビックリはしないでね」
船長の注意に「大丈夫です!」と胸を叩いたけど、じっさい会ってみると予想の十倍ビックリしたわ。
気取られなかったのは……たぶん、わたしの血なんだと思う。
「しばらくは、ここの整理をお願いします」
あくる日、将軍に連れていかれたのは府立戦史資料室の黒書院分室。
黒書院とは将軍の日常生活の場。つまり将軍の個人的な生活の場に戦史資料の一部が運び込まれていている書庫のようなところ。
書庫といっても、800坪あまりの『お庭』と呼ばれる将軍の個人的な庭に面していて、今どき珍しいアナログブラインドを開けばテラスの向こうに静かな回遊式庭園が臨める。で、ちょっと懐かしい。
「……伯母の庭に似ています」
テラスに立って庭を眺めて、正直な感想が口をついた。
「伯母……き、今上陛下ですか?」
「はい、伯母と言えば、そうなります」
「あ、いや、いやはや、そうなんですか(^_^;)」
「あ、すみません、ちょっと不用意でした」
「いえいえ、そんなことはありません。畏れ多いことなので、ちょっとびっくりしただけです」
将軍という名称の通り、火星の扶桑国は幕府の体制をとっている。大臣は老中、次官は若年寄、省庁は○○奉行という風に、幕府ならではの名称を使っているし、将軍の官邸は、そのまま時代劇のロケに使えそうなお城の姿をしている。
これは、火星の扶桑国はあくまで幕府であることを内外に示している証拠。
初代将軍は皇族の一仁親王。
親王である限りは皇位継承権が五代先の子孫まで保証されているということで、見方によっては、いつでも日本国の帝位をうかがえることにもなる。
そういう南北朝のような事態を絶対に起こさないために、扶桑という姓を賜って臣籍降下して幕府を起こされた。
不退転の独立の気概でもあるし、地球の日本国と対立する存在ではないことを、痛々しいまでに示している。
だから、庭一つでも天皇をにおわすものは禁忌に等しいんだ。
「いえ、回遊式庭園は小堀遠州とかが始めたとか、武家の文化ですから、真似っこは伯母の方です。うん、今度会ったら言っておきます(^_^;)」
「恐れ入ります(-_-;)」
「それで、お仕事は、この中なんですね?」
「はい、どうぞ、こちらへ……」
入ってびっくり。
分室はアナログ資料が天井まで積んである。
いちおう、書架の体裁にはなっているんだけど、ほとんどが未整理の一次資料。
これの整理って……ちょっと気が遠くなる。
「出来る範囲でいいんです。全てマース戦争の時の戦時資料です。ざっくり地域別になっていますが、時間軸的な考察も必要かと思っています。一つの事件や戦いがあった時、それぞれの場所で、どんなことが起こり、どんなことを感じたか、考えたか、どんな生活をしていたか……そんな具合です」
「やり甲斐がありそうですね」
「全部やろうなんて考えなくていいんです。扶桑や火星の住人がやると、どうしても当事者ですから偏りが出てしまいます。殿下に糸口を付けていただければ、それを元に整理や考察ができます。いわば資料整理の水先案内をやっていただければと、そんな感じです」
「承知しました。微力ですが、力と時間の及ぶ限り務めさせていただきます」
「助手はサンパチが、調査などで城外に出られるときは胡蝶が付き添わせますので、お気軽に声を掛けてください」
それから、ハンベに通信アプリを入れてもらって、心子放浪記の火星編が始まったよ。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
128『府立戦史資料室黒書院分室』心子内親王
「たぶん、加藤恵のソックリさんに会うことになりますから、説明しておきます」
船長(アルルカン)の説明が無かったら混乱していたと思う。
加藤恵とはメグミさんのことで、メグミさんは西之島のラボでは一番の研究員。島にいる間は、ずっとメグミさんの助手をしていたわたしは、アパートも同じフロアだった。
サーターアンダギーが大好き、それも沖縄の黒糖のやつ。
そのサーターアンダギーを那覇まで買いに行った先で、サンパチさんと、その上を行く船長(アルルカン)の計略にかかって火星まで来てしまった。
ミク(緒方未来)さんは、ほんとうにメグミさんにソックリ。いや、メグミさんがミクさんにソックリなんだ。
メグミさんは天狗党に居たころ、火星へ潜入するために修学旅行中のミクさんからパスポートを奪い。細胞レベルまでミクさんに擬態して、まんまと扶桑将軍の側近くまで近づくことができた。
そこで何があったのかメグミさんは火星を脱出、擬態を解くことができずに西之島に流れ着いた。
「まあ、ソックリさんに出会うことになるけど、ビックリはしないでね」
船長の注意に「大丈夫です!」と胸を叩いたけど、じっさい会ってみると予想の十倍ビックリしたわ。
気取られなかったのは……たぶん、わたしの血なんだと思う。
「しばらくは、ここの整理をお願いします」
あくる日、将軍に連れていかれたのは府立戦史資料室の黒書院分室。
黒書院とは将軍の日常生活の場。つまり将軍の個人的な生活の場に戦史資料の一部が運び込まれていている書庫のようなところ。
書庫といっても、800坪あまりの『お庭』と呼ばれる将軍の個人的な庭に面していて、今どき珍しいアナログブラインドを開けばテラスの向こうに静かな回遊式庭園が臨める。で、ちょっと懐かしい。
「……伯母の庭に似ています」
テラスに立って庭を眺めて、正直な感想が口をついた。
「伯母……き、今上陛下ですか?」
「はい、伯母と言えば、そうなります」
「あ、いや、いやはや、そうなんですか(^_^;)」
「あ、すみません、ちょっと不用意でした」
「いえいえ、そんなことはありません。畏れ多いことなので、ちょっとびっくりしただけです」
将軍という名称の通り、火星の扶桑国は幕府の体制をとっている。大臣は老中、次官は若年寄、省庁は○○奉行という風に、幕府ならではの名称を使っているし、将軍の官邸は、そのまま時代劇のロケに使えそうなお城の姿をしている。
これは、火星の扶桑国はあくまで幕府であることを内外に示している証拠。
初代将軍は皇族の一仁親王。
親王である限りは皇位継承権が五代先の子孫まで保証されているということで、見方によっては、いつでも日本国の帝位をうかがえることにもなる。
そういう南北朝のような事態を絶対に起こさないために、扶桑という姓を賜って臣籍降下して幕府を起こされた。
不退転の独立の気概でもあるし、地球の日本国と対立する存在ではないことを、痛々しいまでに示している。
だから、庭一つでも天皇をにおわすものは禁忌に等しいんだ。
「いえ、回遊式庭園は小堀遠州とかが始めたとか、武家の文化ですから、真似っこは伯母の方です。うん、今度会ったら言っておきます(^_^;)」
「恐れ入ります(-_-;)」
「それで、お仕事は、この中なんですね?」
「はい、どうぞ、こちらへ……」
入ってびっくり。
分室はアナログ資料が天井まで積んである。
いちおう、書架の体裁にはなっているんだけど、ほとんどが未整理の一次資料。
これの整理って……ちょっと気が遠くなる。
「出来る範囲でいいんです。全てマース戦争の時の戦時資料です。ざっくり地域別になっていますが、時間軸的な考察も必要かと思っています。一つの事件や戦いがあった時、それぞれの場所で、どんなことが起こり、どんなことを感じたか、考えたか、どんな生活をしていたか……そんな具合です」
「やり甲斐がありそうですね」
「全部やろうなんて考えなくていいんです。扶桑や火星の住人がやると、どうしても当事者ですから偏りが出てしまいます。殿下に糸口を付けていただければ、それを元に整理や考察ができます。いわば資料整理の水先案内をやっていただければと、そんな感じです」
「承知しました。微力ですが、力と時間の及ぶ限り務めさせていただきます」
「助手はサンパチが、調査などで城外に出られるときは胡蝶が付き添わせますので、お気軽に声を掛けてください」
それから、ハンベに通信アプリを入れてもらって、心子放浪記の火星編が始まったよ。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる