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125『飛鳥山の花見』

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銀河太平記

125『飛鳥山の花見』ミク  




 府立大学と国立大学、どっちがえらい?


 地球の日本人に聞くと、たいてい国立大学と答える。

 ところが、この火星の扶桑では府立大学の方が断然えらい!

 国立というのは、退役軍人の勇士が国立市(くにたてし)に作った私立の大学。

 府立扶桑大学の府立というのは幕府立という意味で、日本風に言うと、こちらの方が国立なんだよ。



 その府大生三人と、国立大生一人が、五分咲きの桜の下でお弁当を広げている。



「ほんとうにヒコが作ったにょか!?」

「ああ、なぜか国際政治学科の必履修がクッキングなんでね、みんなに実習試験の前の実験台になってもらってるのさ」

「これも、初代公方さまからの伝統を重んじる府立ならではのことなんでしょうけど、学生のレベル超えてるわよ!」

「美味けりゃなんでもいいぞ、ハグハグ……」

「ダッシュ、もっと味わって食べにゃしゃい、ご馳走に失礼にゃ!」

「ここんとこ国立の食堂飯しか食ってないからな、ムシャムシャ……」

「ほら、また零してるにゃ!」

 一見小学生にしか見えないテルが、軍服にしか見えない制服のダッシュを叱っているのは、微笑ましい。通りすがりのお花見客がクスクス笑っていく。

 まあ、仲間四人の中ではいつもの、でも、一年ぶりの再会なので、ちょっと照れくさいよ。

「今年は無事に満開になりそうなのよさ」

「ああ、これまでの桜は、五分咲きのまま散っていってしまったからな」

「火星の桜は、引力が弱い分、縦には伸びるけど、花を突ける力は弱かったからね」

 桜に罪があるわけじゃないんだけど、地球人たちからは『もやし桜』なんて呼ばれ方をしていた。

 それをお城の植物園で改良を重ねたものが、この飛鳥山公園に植えられ、二年目の三月に実を結ぶ……じゃなくて花をつけたわけ。

 それを口実……と言っては上様に申し訳ないんだけど、高校卒業以来、初めて四人で集まったわけ。


 ヒコ(穴山 彦)は府大の国際政治学科。順当にいけば外務奉行や財務奉行のエリートコース。でも、去年若年寄から老中に昇進したお父さん(穴山新右衛門さん)は、そういうイージーな人生を認める人じゃないんで、在月扶桑事務所の使いっぱしりあたりからになるだろうし、本人も、それでいいと思っているみたい。

 テル(平賀 照)は府大の工学部。パルス動力専攻、一年の秋に出したレポートが学術論文のレベルだったとかで、学生の身分ながら研究員の待遇を獲得。卒業を待たずして教授になてしまうんじゃないかって、もっぱらの噂。でも、見かけは、高校の頃の『どう見ても小学生』のままなんだけど、本人は一向に気にしていない様子。

 ダッシュ(大石 一)は、仲間で一人だけ国立大学。退役軍人の人たちが作った私学の軍事大学。公には士官学校があって、毎年優秀な士官候補生を輩出しているんだけど、下士官の教育機関の充実が遅れていて、軍人のOBたちが阿吽の呼吸で三十年前に創立した質実剛健の学校。三年次からは実際に部隊に配属されて実地教育なので、ダッシュにとっては最後の学生らしい春休み。

 ミク(緒方 未来)。つまりあたしは、府大医学部。まあ、医者の娘だから家業を継ぐためには常識的な選択。ただね、貧乏医者の娘なんで、卒業後三年はお国に御奉公。

 とんでもない修学旅行から三年、こうやって、幼なじみ四人で集まれるのは、これが久々で、しばらくはできないかもしれない。

 まあ、そんなこんなで、お城の北側に古くからある市民の憩いの飛鳥山公園でお花見。

「実習のついでに、こんなものも作ってみた」

「え、お醤油?」

「空きビンが、これしかなかったんでね……」

 ポン

 いい音をさせて栓を抜くと、ぜったいお醤油ではない液体の香りがあふれ出す。

「って、お酒じゃない!」

「おお、ヒコにしては上出来!」

「大学の施設で、こんなの作っていいの!?」

「味醂や麹だって作ってるんだ、料理酒ぐらい作ってもバチは当たらんだろう」

「おお、そうだそうだ、これは料理酒なんだ! みんなでヒコの労作を試してやろうじゃないか!」

「テルは、アルコール飲めないのよさ」

「テル用には、ちゃんと甘酒作っておいたから。さ、みんな紙コップ……」

「では、一年ぶりの再会を祝して……」

「「「「かんぱーーい!」」」」

 グビグビグビ……プッハー!

 口当たりはいいんだけど……けっこうきつい!

「う~~~ん」

 ドタっとランチシートに倒れ込み、もやし桜が逆さに見えて……桜の陰から人が現れた。

 花咲じじい……と言うには、まだお若いその人は。



 う、上さま!?



 まわったばかりの酔いが、いっぺんに醒めた!



※ この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮親王
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首 パイレーツクィーン:メアリ・アン・アルルカン(手下=ツナカン、サケカン、アルミカン)
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)



 
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