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117『メグミさん サーターアンダギーを握りつぶす』
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銀河太平記
117『メグミさん サーターアンダギーを握りつぶす』 心子内親王
漢明国軍巡洋艦(旧式宇宙船)五隻の領海侵犯に対する日本政府の対応は生ぬるさのレベルを超えてきた。
調査は故障艦復旧のためであるので、人道的観点からこれを認める。
という国交大臣の談話まで出され、管轄の海上保安庁も監視以上の手が打てなくなってきた。
「こんなものが認められるか!」
漢明国国防長官の、一見へりくだった要請に怒気を発してしまった。
『まことに、市長閣下のお怒りはごもっともなのですが、洛陽号以下五隻の巡洋艦は漢明国にとっては満州戦争以前からの功績艦でして、五隻とも無事に帰国させたいのです。調査の結果、洋上での修理には限界があることが判明、ドックに入れて本格的な修理を施さなければなりません。そこで恥を忍んで市長閣下にお願いするのです。五隻の巡洋艦を西之島のドックに収容して、本格的な修理をさせてください。この通りです!』
国防長官は、デスクに打ち付けんばかりに頭を下げた。
領海侵犯をした上に、その修理の為に島のドックを貸せという。
島のドックは、最大のカンパニーのドックを含め二つしかなく、五隻まとめてということになると、三隻は埠頭に横付けして、ドックの空きを待って移動させるしかない。修理の終わった艦は、さらに空港に移送して最終点検をやって飛行テストをやらなければならない。
その間、二つのドックと三つの埠頭、空港の一部は本来の持ち主である西之島市と持ち主(カンパニー・ナバホ村・胡同)の手を離れてしまう。
「汚いやりくちねえ!」
メグミさんは、怒りのあまり、手にしたサーターアンダギーを握りつぶしてしまった。
「メグミさん、手がベトベトですぅ」
「あ、もったいないことをしてしまった……」
崩れたサーターアンダギーを拾い集める手は、まだ震えている。
「あ、わたしがやります」
「いいわよ、まだ食べるんだから」
メグミさんが、サーターアンダギーのかけらを集めて、再びモグモグし始めたころ、モニターに映る公開協議は次のステップに進んでいた。
『いやはや、市長閣下のお怒りはごもっともです。小官といたしましても、一国の国防と国防財産を管轄する身ですので、ここで諦めるわけにも参りません。それでは、どうでしょう、わが国から工作艦を送りますので、洋上での修理を認めてはいただけませんでしょうか? もとより、我が国は修理工作にかんしては貴国ほどの充実した装備を持ちませんので、いささか大げさな装備になりますが……あ、むろん軍籍にある艦艇ではありますが、個艦防衛用も含めて武装は全て撤去した状態で派遣いたします』
「前例がありません、むろん即答も致しかねますので、これ以上の協議は議会にも掛ける必要があると思いますので、本日は、これにて終了とさせていただきます」
『あ、市長閣下……』
中継は及川市長が一方的に打ち切る形で終わってしまった。
市長の気持ちは分かる。相手は漢明国、言質をとられるような物言いは禁物。白は白、黒は黒とハッキリ言っておかなければ、どう捻じ曲げて捉えられるか分かったものではない。
そのために、わざわざ公開協議にしたんだ。
日本政府は、あくまでも人道的な解決を目指すべきで、そこを踏み外さない限り西之島の判断を尊重するという無責任なものだ。
『ちょっと、この映像を見てくれ』
モニターにシゲ老人の顔が飛び込んできた。
『うちの波止場の監視カメラの映像だ』
切り替わった画面には百人ほどの群衆が、波止場に集まっているのが見える。
「なんだ、漢明人なの?」
『ああ、今朝から集まり始めた、みんなで沖の漢明艦隊を心配げに見ている。カメラを回すと分かるが、チルル空港に着く漢明機の乗客の半分は、ここを目指している』
「すごい……」
お茶を淹れかえようとした手が停まってしまう。
「シゲさん、これは漢明政府の指示だね」
『ああ、西之島はパルス資源と観光の島だ、北東区の開発も半ばに差し掛かって、漢明人だからって止めるわけにもいかねえ』
「あ、なんか掲げてますよ!」
思わず声が大きくなってしまった。画面に映る漢明の人たちが、ノボリや横断幕を出し始めたよ。
「見なくても分かってる『洛陽艦隊がんばれ!』とか書いてあるんだろ」
「はい『洛陽号加油!』って、加油ってがんばれですよね」
「すぐに鳴り物入りになるよ」
ピー ププー ドンドンドン!
まるで、メグミさんが合図したように鳴り物が響き始めた。
「すごいことになってきましたね……」
「見て、ネットには、こんなのも出てる」
「え?」
漢明の子どもが巡洋艦に乗り組んでいるお父さんやお兄さんを心配する映像が沢山出ている。
『お父さん、大事な洛陽号です』
『たいへんなお仕事ですが、洛陽を連れて帰ってください』
『日本のみなさん、洛陽号の救助に手を貸してください』
『洛陽号加油!』
『漢明加油!』
「こんなのもあるよ」
画面が変わると、及川市長の映像がオムニバス的に映されていた。
及川市長が、まだ国交省の役人で、役目とはいえ島の人たちに意地悪をしている映像。マヌエリト村長に追いかけまわされて無様に逃げ回っている映像。
ひどい、今の及川市長は、ちゃんと島民の支持を得て、選挙で選ばれた市長さんだよ。
こんなネガティブキャンペーン、ダメだよ。
「ココちゃん、やっぱり火星にいきなさい」
「い、いやです」
「これから、西之島はどうなるか分からない、内親王であるココちゃんを置いておくわけにはいかないよ」
「そんなこと言わないでください、わたしも西之島の住人です! カンパニーの一員です!」
「なるほど、ココちゃんのそういうとこを見抜いて、陛下は西之島に寄こされたんだね」
え?
どういう意味に理解していいか戸惑って、いっしゅん口ごもってしまう。
「分かった、じゃあ、サーターアンダギー買ってきて」
「それなら、まだ一箱残ってます」
メグさんの好物だから、助手として絶やさないようにしている。
「黒糖のは、さっき握りつぶしたのが最後だったから」
「あ、ああ……」
わたしは、お財布を掴んでカーポートに向かった。
「拙者がお供つかまつる」
パーソナルカーの横には、お侍言葉と可愛い姿が特徴のサンパチさんが、キーをクルクル回しながら待っていた。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
117『メグミさん サーターアンダギーを握りつぶす』 心子内親王
漢明国軍巡洋艦(旧式宇宙船)五隻の領海侵犯に対する日本政府の対応は生ぬるさのレベルを超えてきた。
調査は故障艦復旧のためであるので、人道的観点からこれを認める。
という国交大臣の談話まで出され、管轄の海上保安庁も監視以上の手が打てなくなってきた。
「こんなものが認められるか!」
漢明国国防長官の、一見へりくだった要請に怒気を発してしまった。
『まことに、市長閣下のお怒りはごもっともなのですが、洛陽号以下五隻の巡洋艦は漢明国にとっては満州戦争以前からの功績艦でして、五隻とも無事に帰国させたいのです。調査の結果、洋上での修理には限界があることが判明、ドックに入れて本格的な修理を施さなければなりません。そこで恥を忍んで市長閣下にお願いするのです。五隻の巡洋艦を西之島のドックに収容して、本格的な修理をさせてください。この通りです!』
国防長官は、デスクに打ち付けんばかりに頭を下げた。
領海侵犯をした上に、その修理の為に島のドックを貸せという。
島のドックは、最大のカンパニーのドックを含め二つしかなく、五隻まとめてということになると、三隻は埠頭に横付けして、ドックの空きを待って移動させるしかない。修理の終わった艦は、さらに空港に移送して最終点検をやって飛行テストをやらなければならない。
その間、二つのドックと三つの埠頭、空港の一部は本来の持ち主である西之島市と持ち主(カンパニー・ナバホ村・胡同)の手を離れてしまう。
「汚いやりくちねえ!」
メグミさんは、怒りのあまり、手にしたサーターアンダギーを握りつぶしてしまった。
「メグミさん、手がベトベトですぅ」
「あ、もったいないことをしてしまった……」
崩れたサーターアンダギーを拾い集める手は、まだ震えている。
「あ、わたしがやります」
「いいわよ、まだ食べるんだから」
メグミさんが、サーターアンダギーのかけらを集めて、再びモグモグし始めたころ、モニターに映る公開協議は次のステップに進んでいた。
『いやはや、市長閣下のお怒りはごもっともです。小官といたしましても、一国の国防と国防財産を管轄する身ですので、ここで諦めるわけにも参りません。それでは、どうでしょう、わが国から工作艦を送りますので、洋上での修理を認めてはいただけませんでしょうか? もとより、我が国は修理工作にかんしては貴国ほどの充実した装備を持ちませんので、いささか大げさな装備になりますが……あ、むろん軍籍にある艦艇ではありますが、個艦防衛用も含めて武装は全て撤去した状態で派遣いたします』
「前例がありません、むろん即答も致しかねますので、これ以上の協議は議会にも掛ける必要があると思いますので、本日は、これにて終了とさせていただきます」
『あ、市長閣下……』
中継は及川市長が一方的に打ち切る形で終わってしまった。
市長の気持ちは分かる。相手は漢明国、言質をとられるような物言いは禁物。白は白、黒は黒とハッキリ言っておかなければ、どう捻じ曲げて捉えられるか分かったものではない。
そのために、わざわざ公開協議にしたんだ。
日本政府は、あくまでも人道的な解決を目指すべきで、そこを踏み外さない限り西之島の判断を尊重するという無責任なものだ。
『ちょっと、この映像を見てくれ』
モニターにシゲ老人の顔が飛び込んできた。
『うちの波止場の監視カメラの映像だ』
切り替わった画面には百人ほどの群衆が、波止場に集まっているのが見える。
「なんだ、漢明人なの?」
『ああ、今朝から集まり始めた、みんなで沖の漢明艦隊を心配げに見ている。カメラを回すと分かるが、チルル空港に着く漢明機の乗客の半分は、ここを目指している』
「すごい……」
お茶を淹れかえようとした手が停まってしまう。
「シゲさん、これは漢明政府の指示だね」
『ああ、西之島はパルス資源と観光の島だ、北東区の開発も半ばに差し掛かって、漢明人だからって止めるわけにもいかねえ』
「あ、なんか掲げてますよ!」
思わず声が大きくなってしまった。画面に映る漢明の人たちが、ノボリや横断幕を出し始めたよ。
「見なくても分かってる『洛陽艦隊がんばれ!』とか書いてあるんだろ」
「はい『洛陽号加油!』って、加油ってがんばれですよね」
「すぐに鳴り物入りになるよ」
ピー ププー ドンドンドン!
まるで、メグミさんが合図したように鳴り物が響き始めた。
「すごいことになってきましたね……」
「見て、ネットには、こんなのも出てる」
「え?」
漢明の子どもが巡洋艦に乗り組んでいるお父さんやお兄さんを心配する映像が沢山出ている。
『お父さん、大事な洛陽号です』
『たいへんなお仕事ですが、洛陽を連れて帰ってください』
『日本のみなさん、洛陽号の救助に手を貸してください』
『洛陽号加油!』
『漢明加油!』
「こんなのもあるよ」
画面が変わると、及川市長の映像がオムニバス的に映されていた。
及川市長が、まだ国交省の役人で、役目とはいえ島の人たちに意地悪をしている映像。マヌエリト村長に追いかけまわされて無様に逃げ回っている映像。
ひどい、今の及川市長は、ちゃんと島民の支持を得て、選挙で選ばれた市長さんだよ。
こんなネガティブキャンペーン、ダメだよ。
「ココちゃん、やっぱり火星にいきなさい」
「い、いやです」
「これから、西之島はどうなるか分からない、内親王であるココちゃんを置いておくわけにはいかないよ」
「そんなこと言わないでください、わたしも西之島の住人です! カンパニーの一員です!」
「なるほど、ココちゃんのそういうとこを見抜いて、陛下は西之島に寄こされたんだね」
え?
どういう意味に理解していいか戸惑って、いっしゅん口ごもってしまう。
「分かった、じゃあ、サーターアンダギー買ってきて」
「それなら、まだ一箱残ってます」
メグさんの好物だから、助手として絶やさないようにしている。
「黒糖のは、さっき握りつぶしたのが最後だったから」
「あ、ああ……」
わたしは、お財布を掴んでカーポートに向かった。
「拙者がお供つかまつる」
パーソナルカーの横には、お侍言葉と可愛い姿が特徴のサンパチさんが、キーをクルクル回しながら待っていた。
※ この章の主な登場人物
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穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
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