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109『ココちゃん』
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銀河太平記
109『ココちゃん』加藤恵
ニ百何十年前は宮内省と云ったそうだ。
昭和20年、大東亜戦争に負けてからは宮内庁と変わった。
たかが『省』と『庁』の一字違いだけども、中身はまるで違うようだ。
終戦前日の20年8月14日から15日にかけて、降伏を良しとしない第一師団の将校たちが、陛下の玉音放送のレコードを奪おうと宮内省を襲撃した時、宮内省の職員や侍従たちは体をはって玉音を守り、軍部のクーデターを阻止した。
阿南陸相は割腹自決、第一師団長は殺され、師団の指揮権は反乱将校たちに握られていたが、それに怯むことなくよく耐えた。
宮内省の任務は陛下と、その藩屏たる皇族・華族を護る事であった。
それが、宮内庁と看板が替わると、長官はじめ高級職員は他の省庁からの退職組や出向組が多数を占めることになった。
彼らの意欲は本来の任務よりも無事に任期を全うして本庁に戻るか、無事に二度目の退職を迎えることであった。
この役人的俗性は、二百数十年前、占領軍が宮内庁の仕事を輔弼ではなく監督を主任務とさせたことに起因する。天皇や皇族が、占領目的から逸脱することが無いように、いわば占領軍のスパイ機関にしてしまったことに遠因がある。いちど組織に染みついた属性が、いかに拭い難いか。敗戦というものがいかに人を腐らせることか。
以上は、天狗党の前衛に居たころに習ったことだけど、今回は改めて、それを我がこととして実感した!
心子内親王殿下は、天狗党崩れのわたしの隣に住むだけではなく、なんと、わたしのラボで働くことになった!
殿下の西之島での生活は宮内庁が、陰日向の窓口になってやっているはずだ。
いずれは皇嗣宣下をされるはずのお方が西之島に来ること自体が異常なのに、わたしの部下になるなんて、あってはならないことだ。
「アハハ、広く知見を深めなさいというのが、えと……陛下のお考えでもあるんですよ。心子は、ちょっと抜けたところがありますからね」
「あ、いや、そんな抜けているなんて……」
「いえいえ」
「あ、そこは余計です。その、メンタルモジュールのスペースは空でいいんです」
「え、メンタルモジュールがなければ、疑似感情表現ができないのでは?」
「いえ、パチパチたちは特異なんです。メンタルモジュール無しで、自律的に感情表現します」
「え、そうなんですか!?」
「はい、パチパチたちが特異なのか、島のパルス鉱石との相性でこうなってるのかは分からないんですけど、ここはこのままです。正規のロボットではありませんから」
『作業機械ですから』
「自分で言うな。ニッパチの戸籍は、ちゃんとロボットなんだからね」
「じゃ、これで閉じていいですか?」
「そうですね、午後はニッパチといっしょに市の審議会ですからね、ちょっと早いけどお昼にしましょう」
「はい、じゃあ、ニッパチさん、20分は安静にしてくださいね」
「そうだぞ、こないだは10分で動くから跡が残ってしまったからな」
『頭取の仕事は忙しくて』
「お願いしますねえ(^▽^)」
『殿下、わたしには丁寧な言葉使わなくていいですよ。島じゃ、みんなタメ口ですし』
「そう、それじゃ、お二方とも、わたしには普通に接してください。わたしは、島で一番の駆け出しですから」
「じゃあ、心子」
「心子(こころこ)って言いにくいでしょ、普通に『こころ』とか『ここちゃん』とかでいいですよ」
『名前はちゃんと呼ばなきゃ、わたし、省略されたらニッパですからね』
「あら、ニッパなんて呼ぶ人いるの?」
『アハハ、こどもたちとか……』
「ムー、そういう時は『わたしだってチが通ってるんだからね!』とか、言ってやるといいです」
『ああ、それナイスです! ココちゃん頭いいです!』
「そうか、じゃあ、ニッパチには特別にパルスガドリンクをやろう」
『わーい、今日のメグミ、気前いい!』
「あら、ニッパチさん、とても手がきれいね!」
『うん、メグミが最初に付けてくれたリアルハンド。普段から手入れしてますからね』
「へえ、そうなんだ」
これ以上、殿下……いや、ココちゃんに聞かれては敵わないので、さっさと定期点検を切り上げた。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西之島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
109『ココちゃん』加藤恵
ニ百何十年前は宮内省と云ったそうだ。
昭和20年、大東亜戦争に負けてからは宮内庁と変わった。
たかが『省』と『庁』の一字違いだけども、中身はまるで違うようだ。
終戦前日の20年8月14日から15日にかけて、降伏を良しとしない第一師団の将校たちが、陛下の玉音放送のレコードを奪おうと宮内省を襲撃した時、宮内省の職員や侍従たちは体をはって玉音を守り、軍部のクーデターを阻止した。
阿南陸相は割腹自決、第一師団長は殺され、師団の指揮権は反乱将校たちに握られていたが、それに怯むことなくよく耐えた。
宮内省の任務は陛下と、その藩屏たる皇族・華族を護る事であった。
それが、宮内庁と看板が替わると、長官はじめ高級職員は他の省庁からの退職組や出向組が多数を占めることになった。
彼らの意欲は本来の任務よりも無事に任期を全うして本庁に戻るか、無事に二度目の退職を迎えることであった。
この役人的俗性は、二百数十年前、占領軍が宮内庁の仕事を輔弼ではなく監督を主任務とさせたことに起因する。天皇や皇族が、占領目的から逸脱することが無いように、いわば占領軍のスパイ機関にしてしまったことに遠因がある。いちど組織に染みついた属性が、いかに拭い難いか。敗戦というものがいかに人を腐らせることか。
以上は、天狗党の前衛に居たころに習ったことだけど、今回は改めて、それを我がこととして実感した!
心子内親王殿下は、天狗党崩れのわたしの隣に住むだけではなく、なんと、わたしのラボで働くことになった!
殿下の西之島での生活は宮内庁が、陰日向の窓口になってやっているはずだ。
いずれは皇嗣宣下をされるはずのお方が西之島に来ること自体が異常なのに、わたしの部下になるなんて、あってはならないことだ。
「アハハ、広く知見を深めなさいというのが、えと……陛下のお考えでもあるんですよ。心子は、ちょっと抜けたところがありますからね」
「あ、いや、そんな抜けているなんて……」
「いえいえ」
「あ、そこは余計です。その、メンタルモジュールのスペースは空でいいんです」
「え、メンタルモジュールがなければ、疑似感情表現ができないのでは?」
「いえ、パチパチたちは特異なんです。メンタルモジュール無しで、自律的に感情表現します」
「え、そうなんですか!?」
「はい、パチパチたちが特異なのか、島のパルス鉱石との相性でこうなってるのかは分からないんですけど、ここはこのままです。正規のロボットではありませんから」
『作業機械ですから』
「自分で言うな。ニッパチの戸籍は、ちゃんとロボットなんだからね」
「じゃ、これで閉じていいですか?」
「そうですね、午後はニッパチといっしょに市の審議会ですからね、ちょっと早いけどお昼にしましょう」
「はい、じゃあ、ニッパチさん、20分は安静にしてくださいね」
「そうだぞ、こないだは10分で動くから跡が残ってしまったからな」
『頭取の仕事は忙しくて』
「お願いしますねえ(^▽^)」
『殿下、わたしには丁寧な言葉使わなくていいですよ。島じゃ、みんなタメ口ですし』
「そう、それじゃ、お二方とも、わたしには普通に接してください。わたしは、島で一番の駆け出しですから」
「じゃあ、心子」
「心子(こころこ)って言いにくいでしょ、普通に『こころ』とか『ここちゃん』とかでいいですよ」
『名前はちゃんと呼ばなきゃ、わたし、省略されたらニッパですからね』
「あら、ニッパなんて呼ぶ人いるの?」
『アハハ、こどもたちとか……』
「ムー、そういう時は『わたしだってチが通ってるんだからね!』とか、言ってやるといいです」
『ああ、それナイスです! ココちゃん頭いいです!』
「そうか、じゃあ、ニッパチには特別にパルスガドリンクをやろう」
『わーい、今日のメグミ、気前いい!』
「あら、ニッパチさん、とても手がきれいね!」
『うん、メグミが最初に付けてくれたリアルハンド。普段から手入れしてますからね』
「へえ、そうなんだ」
これ以上、殿下……いや、ココちゃんに聞かれては敵わないので、さっさと定期点検を切り上げた。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西之島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
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