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106『二人でタイ焼き』
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銀河太平記
106『二人でタイ焼き』越萌マイ(児玉隆三)
大したもんだ……
何度目か分からない呟きを漏らす孫大人。
話の接ぎ穂のようでもあり、本当に感動しているようにも感じられる。
市役所を馬(オートホース)で出たわたしと孫大人は、西之島北東部の新開発地区を歩いている。
「辺野古の沖出し造成の技術も、ここまで進歩したんだねえ……日本人というのは、つくづくスゴイよ」
「災い転じては得意技だが、ここまで昇華するのには幾百幾千の報われない努力と犠牲がある」
「そうさなあ……」
普天間基地の辺野古への移設は、23世紀の今日では噴飯ものの平和主義のために、予想・予定の十倍の無駄と努力が傾注されたが、副産物として埋め立て技術、浮体工法などの技術が飛躍的に進化。その技術や工法は、その後の二世紀で磨きがかかり、日本の専門分野のようになった。
オランダやベニスの地盤改良や造成はもちろんのこと、漢明中国沿岸部の発展にも寄与している。諸外国は、素直に日本の技術と努力を賞賛してくれているが、大陸と半島では相変わらず――自前の技術――とうそぶいている。しかし、二百年前とは違って、まともに信じている者は大陸や半島でも少数派だ。
この北東開発地区は、その技術の最先端をいっている。
「最終的には、東京ドームの一万倍だそうだよ。ちょっとした人口国家になるよ西之島は……それ!」
工事用のトレンチを思わず飛び越えてしまう。
「姉妹社の女社長なんだから、もう少しおしとやかにしたらどうかね……」
「すまん、つい、満州の現役時代の感覚になってしまう(^_^;)」
「いや、そのナリで、しなやかに跳躍する姿もいいがね、わたしの義体はそこまでスペックは高くないのでな……」
トレンチを迂回して横に並び直す大人は、それでも嬉しそうだ。
分かっている、わたしも、満州時代はおろか、まるで士官学校時代の学生気分になっている。
「ひとつ、どうかね?」
タバコでも出すのかと思ったらタイ焼きだ。
「原宿の少年少女みたいだな」
「原宿ならクレープじゃろうが」
「いや、近ごろじゃ、タイ焼きやらあんみつがトレンドらしいぞ」
「元帥になっても、原宿に足を向けるのかい?」
「失礼だな、今は越萌姉妹社のCEOだぞ。本業は若者向けの雑貨だ。いつでもアンテナは張っている」
「なるほど、この広さだ、壮大な小間物が広げられそうだな」
「……それも、所詮は余技なのだがなあ」
「大御心はどうなんだ?」
「海のようなお方だ、陛下は……ここに来る前に、朝霞の自分のモスボールを見に行った」
「あれは、敷島教授の……」
「ああ、ダミーだ。しかし、ケジメのためにな……陛下がお忍びで来られていた」
「陛下にはお伝えしていないのか、姉妹社のマイとして生きることを!?」
「そんな不忠者を見るような目で見るな……陛下はご存知だったぞ」
「なにかお言葉が?」
「いいや、やんわりと通せんぼをされてニッコリと微笑まれた……全てをお見通し」
「アハハハ、それは冷や汗をかいただろう!」
「ああ、パンツの中までグショグショだ」
「……その姿で言われると、なんだか猥褻だ」
「何を言う、この歩く猥褻物、いや汚物陳列罪めが!」
「東宮宣下は、まだなさらぬのか?」
「陛下は『和を以て貴しとなす』であられる……ご自分からは仰せにはならない」
「なら、皇室典範の規定通りに、心子(こころこ)内親王殿下に」
「そういうことになるのだろうが……」
そこまで話して、二人とも言葉が途切れた。
心子内親王殿下……ご自身のお子がない陛下にとっての跡継ぎは、先年薨去された妹宮殿下の姫君である心子内親王殿下になる。
しかし、心子内親王殿下を正式に皇嗣とすれば、女系皇嗣が本格的に確定してしまい。2800年続いた皇統が……
いや、これ以上のことは考えるのも畏れ多い。
孫大人も、それが分かっているので言葉を継がない。
広大な海と空と入道雲、その下に広がる東京ドーム一万個分の新開地を見ながらタイ焼きを、ゆっくりと咀嚼する狐と狸。
そのタイ焼きも食べ終わり、二人そろって紙袋を丸めてポケットに。
「市長たち、遅いなあ……」
「そうだな……あ、来たぞ」
二台のバンが、パルス車独特の滑らかさで、そこだけ整備されている駐車場に現れた。
「申し訳ありません、急に御一人同行していただくことになりまして」
真っ先に下りてきた及川市長が、後部ドアの前に立ち、誰かをエスコートしている。
「「え!?」」
二人そろって驚いた。
市長のエスコートをやんわりと制しながら現れたのは、たったいま話したばかりの心子内親王殿下、その人であった。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
心子内親王 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
106『二人でタイ焼き』越萌マイ(児玉隆三)
大したもんだ……
何度目か分からない呟きを漏らす孫大人。
話の接ぎ穂のようでもあり、本当に感動しているようにも感じられる。
市役所を馬(オートホース)で出たわたしと孫大人は、西之島北東部の新開発地区を歩いている。
「辺野古の沖出し造成の技術も、ここまで進歩したんだねえ……日本人というのは、つくづくスゴイよ」
「災い転じては得意技だが、ここまで昇華するのには幾百幾千の報われない努力と犠牲がある」
「そうさなあ……」
普天間基地の辺野古への移設は、23世紀の今日では噴飯ものの平和主義のために、予想・予定の十倍の無駄と努力が傾注されたが、副産物として埋め立て技術、浮体工法などの技術が飛躍的に進化。その技術や工法は、その後の二世紀で磨きがかかり、日本の専門分野のようになった。
オランダやベニスの地盤改良や造成はもちろんのこと、漢明中国沿岸部の発展にも寄与している。諸外国は、素直に日本の技術と努力を賞賛してくれているが、大陸と半島では相変わらず――自前の技術――とうそぶいている。しかし、二百年前とは違って、まともに信じている者は大陸や半島でも少数派だ。
この北東開発地区は、その技術の最先端をいっている。
「最終的には、東京ドームの一万倍だそうだよ。ちょっとした人口国家になるよ西之島は……それ!」
工事用のトレンチを思わず飛び越えてしまう。
「姉妹社の女社長なんだから、もう少しおしとやかにしたらどうかね……」
「すまん、つい、満州の現役時代の感覚になってしまう(^_^;)」
「いや、そのナリで、しなやかに跳躍する姿もいいがね、わたしの義体はそこまでスペックは高くないのでな……」
トレンチを迂回して横に並び直す大人は、それでも嬉しそうだ。
分かっている、わたしも、満州時代はおろか、まるで士官学校時代の学生気分になっている。
「ひとつ、どうかね?」
タバコでも出すのかと思ったらタイ焼きだ。
「原宿の少年少女みたいだな」
「原宿ならクレープじゃろうが」
「いや、近ごろじゃ、タイ焼きやらあんみつがトレンドらしいぞ」
「元帥になっても、原宿に足を向けるのかい?」
「失礼だな、今は越萌姉妹社のCEOだぞ。本業は若者向けの雑貨だ。いつでもアンテナは張っている」
「なるほど、この広さだ、壮大な小間物が広げられそうだな」
「……それも、所詮は余技なのだがなあ」
「大御心はどうなんだ?」
「海のようなお方だ、陛下は……ここに来る前に、朝霞の自分のモスボールを見に行った」
「あれは、敷島教授の……」
「ああ、ダミーだ。しかし、ケジメのためにな……陛下がお忍びで来られていた」
「陛下にはお伝えしていないのか、姉妹社のマイとして生きることを!?」
「そんな不忠者を見るような目で見るな……陛下はご存知だったぞ」
「なにかお言葉が?」
「いいや、やんわりと通せんぼをされてニッコリと微笑まれた……全てをお見通し」
「アハハハ、それは冷や汗をかいただろう!」
「ああ、パンツの中までグショグショだ」
「……その姿で言われると、なんだか猥褻だ」
「何を言う、この歩く猥褻物、いや汚物陳列罪めが!」
「東宮宣下は、まだなさらぬのか?」
「陛下は『和を以て貴しとなす』であられる……ご自分からは仰せにはならない」
「なら、皇室典範の規定通りに、心子(こころこ)内親王殿下に」
「そういうことになるのだろうが……」
そこまで話して、二人とも言葉が途切れた。
心子内親王殿下……ご自身のお子がない陛下にとっての跡継ぎは、先年薨去された妹宮殿下の姫君である心子内親王殿下になる。
しかし、心子内親王殿下を正式に皇嗣とすれば、女系皇嗣が本格的に確定してしまい。2800年続いた皇統が……
いや、これ以上のことは考えるのも畏れ多い。
孫大人も、それが分かっているので言葉を継がない。
広大な海と空と入道雲、その下に広がる東京ドーム一万個分の新開地を見ながらタイ焼きを、ゆっくりと咀嚼する狐と狸。
そのタイ焼きも食べ終わり、二人そろって紙袋を丸めてポケットに。
「市長たち、遅いなあ……」
「そうだな……あ、来たぞ」
二台のバンが、パルス車独特の滑らかさで、そこだけ整備されている駐車場に現れた。
「申し訳ありません、急に御一人同行していただくことになりまして」
真っ先に下りてきた及川市長が、後部ドアの前に立ち、誰かをエスコートしている。
「「え!?」」
二人そろって驚いた。
市長のエスコートをやんわりと制しながら現れたのは、たったいま話したばかりの心子内親王殿下、その人であった。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
心子内親王 今上陛下の妹宮の娘
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
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