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100『及川軍平の遭難』

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銀河太平記

100『及川軍平の遭難』 及川軍平  




 まずい、脚が折れてる!


 気を失うことは無かったが、ショックで、しばらく身を起こせなかった。

 ナバホインディアンに追いかけられ、国道から外れた火山灰と火山岩の地帯に踏み込んでしまった。公用車はランドクル-ザー仕様で、少々の荒れ地ならば平気で走破できる。

 だが、ナバホインディアンに追いかけられ、100キロに近いスピードで踏み込んでは、地面の起伏に付いていけず、地面に突き出た溶岩柱を引っかけてスピンし。そのままクレバスの底に落ちてしまった。

 自分は投げ出されて、クレバスの棚になったところに引っかかった。

 一応助かったと言うべきか……車は、はるか下に転落したのか、目の前に千切れたドアがあるきりで、本体の姿は見えない。

 間に合っていれば、自動で救難信号が出ているはずだが、あのクラッシュでは、その間もなかっただろう。

 管理事務所に連絡……腕を上げると、ハンベはベルトを残しているだけだ。

―― そうか、インディアンの矢が掠めて行ったんだったな(;'∀') ――

 これが内地なら、他の車や道路管制機などが、僅かな状況変化を感知して、情報を数十秒から数分で解析して管理ドローンを飛ばして発見してくれる。

 だが、つい昨日、本土並みの法の適用をしたばかり、インフラが整っていない。

―― インフラ整備が先決、法の適用は、その後。開発の順序を逆にしたことが悔やまられる。しかし、無法地帯の西ノ島を日本政府に服ろわせるためにはスピードが必要だった。わたしの思考に間違いはない ――

 上級公務員としてのアイデンテティーを反芻してみるが、これは、単なる習性。この非常事態を解決する手立てにはならない。

 しかし、間違っていないことを再確認するのは、無駄ではない。

 下手をすれば、このまま発見されずに朽ち果ててしまいかねない状況、自分を鼓舞する思考活動は、決して無駄ではない。

 祖父の及川軍太郎は月面都市のインフラ更新調査の途上で遭難したが、国交省の職務規範を復唱することで命の灯を消さずに済んだ。それどころか、経産省の業務の一部を国交省に移管することで、へき地開発の実を上げられることに気付き、救助された後、国交省の権限拡大に努め、今や財務省に並ぶ力を持ってきた。

 そうだ、わたしは、祖父の努力と幸運を受け継いで、親父がなし得なかった国交省事務次官の地位に上り詰めるのだ!

 よし、力が湧いてきた!

 が……力が湧いても、救助は来ない。要請する術もない……いかん、足の痛みが消えてきた……単なる骨折ではなく、神経がやられた? ひょっとして壊死し始めた?

 カサリ コロコロ

 上の方で気配がしたかと思うと、軽石の欠片が二三個落ちてきた。

 イ、インディアン!?

『ナニカイル』

『害虫・害獣ナラバ排除でゴザル』

『駆逐アル、駆除アル』

 この特徴ある機械音声、抑揚こそは失っているが、スキルダウンさせたパチパチども!?

「おーい、お前らああ!」

『ナニカ叫ンデル』

「わたしだ! 国交省西ノ島開発局長の及川軍平だあ!」

『オイカワグンペイ?』

『ナニアルカ?』

『島ノ住民登録ニハナイデゴザル』

「ごちゃごちゃ言ってないで、助けろ! 助けなさい!」

『ワレワレ、作業機械』

『作業機械、自発的作業デキナイデゴザル』

『「助ケロ」ハ作業手順ニ無イ』

『無イ行動デキナイアル』

「そんなこと言わずにい!」

『主要道路ガ国道指定ウケタタメ、新通路啓開調査中』

「調査中でも、ここに遭難者がいるんだ、助けろ!」

『救助プログラムサレテナイ』

『救助、理解デキナイ』

「助けろ! ここに救いを求めている人間が居るんだぞ!」

『島民ノ手助ケナラアルデゴザル』

『ソウナノカ……アッタアッタ、困ッテル島民助ケルアル』

「だったら救助、いや、手助けしなさい!」

『助ケルノ島民ダケダヨ』

『動物ノ死骸ナラバ、公衆衛生的ニ排除アル』

『死骸ナラ、取リ出シテ基地ニ運ブ』

『死ネバイイデゴザル』

『死ネ』

『死スベシ』

『死ヌアル』

「そ、そんな……」

『ン……誰カ来タ』

『ナバホ村ノ村長デゴザル』

「や、止めてくれ!」

『「おまえら、こんなところ、何してる!?」聞イテキタアル』

「ヒ、言うな! 絶対言うな! 言ったら殺す!」

『殺ス? パチパチ機械、機械ハ殺セナイ』

「ちょっと、どけ!」

 ヒイイ、インディアン!!!

「フフフ……こんなところ、いたか……」

 キリキリキリ……

 インディアンが弓を引き絞るうううう!

「こ、降参! 降参します!」


 島に住民登録することを条件に助け出される。

 島の住民になったことで、自動的に国交省は首になり、一瞬のうちに、西ノ島で唯一のホームレスになってしまった。


※ この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室                西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
村長                西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地


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