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081『おにぎり』
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銀河太平記
081『おにぎり』 加藤 恵
ニッパチはロボットのカテゴリーにも入らない多用途作業機械だけど、共感通信ができる。
情報の並列化と言ってもいい。
同型機や、形式の合う機械同士で情報が共有できる。ナバホ村のサンパチやフートンのイッパチも同様だ。
また、同型機でなくとも位相変換することで人間を含む他者とも交流が可能で、大人数が働く建設現場やスタジアムなどの警備に向いている。
ただ、二世代前の量子エネルギーで動作しているので、その通信範囲や速度には限りがあって、この西ノ島ぐらいの広さが限界。
しかし、パルスガスが発生してパルス動力がいっさい使えない事故現場では頼みの綱と云っていい。
ニッパチは、変態しているムカデ型ボディーの結節点からリアルハンドを伸ばして、被災者との連絡をとろうとしている。
『見つけました! 被災者の手に触れています!』
「共感通信できそうか?」
兵二が身を乗り出す。身を乗り出したところで通信の感度が上がるわけではないけど、こういう、思わず無駄な動きが出てしまうのは好ましい。
『はい、被災者の声は共感通信で送ります』
「ニッパチ、ケガの具合から聞いてあげて」
『ラジャー』
ジジジ ジジ
同期させるためのノイズが少しあって、繋がった。
―― ありがとうございます、もう、脚の感覚がありません……左手も持ち上がらなくなってきました ――
「増援が来たらすぐに助けるから、もう気楽にしてくれていいよ」
兵二が語りかけ、わたしが被災者データのモニタリングをやる。
血圧が下がって、拍動も弱くなってる。
『止血と強心剤の注射をします、ちょっと、チクっとしますよ……』
―― う、うん……あ、これって看護婦さんの手だ…… ――
看護師を看護婦と言ってる、これは、マース開拓団の出身?
「きみは、マース開拓団の出身かい?」
―― はい、父の代で引き上げて、静かの海再開発公社で働いていました ――
マース(火星)開拓から月の再開発、そして、辺境の小笠原諸島での鉱山労働……並みの苦労じゃない。
「僕も火星の出身なんだ、先月まで、扶桑にいた」
―― 扶桑ですか……わたしも行きたかった……家族全員の移住が認められなくて……父は、家族全員でなきゃダメだって……それで、月に…… ――
『義体化はレベル1ですね、右の大腿骨と筋肉がハザマの01タイプです』
ハザマ01、何世代前の義体パーツ? 開拓団だから、たぶん事故による欠失。
「僕は、ナバホ村の本多兵二、僕の横には氷室カンパニーの加藤恵さんが居る。もうじき地上とも連絡がとれて、本格的な救助作業がはじまるからね」
―― ありがとうございま……じゃ、この手は…………え、え……うそ、お母さん? ――
意識が混濁し始めてる、ニッパチのリアルハンドをお母さんと勘違いしてるんだ。
『え……そうよ、今夜は夜勤だから、お惣菜はテーブルの上、マースポークのフライだから、一人二個ずつね。大きい小さいで姉弟げんかしないよう、チルルはお姉ちゃんなんだから、頼んだわよ。ご飯は炊きあがって保温になってるから、お爺ちゃんには、かならず二回は声かけてね』
―― うん、一回だと忘れちゃうもんね ――
『そろそろケアマネさんに来てもらって、認定のしなおし……』
―― 大丈夫だよ、わたしが付いてるから ――
『そうね、こんどお父さんと休みが重なった時に相談しよっか』
―― お母さん ――
『え、なに?』
―― おにぎり作ってくれない? ――
『なに? お腹空いた?』
―― お母さんの手見てたら、小さいころに握ってくれたおにぎり思い出して、食べたくなった ――
『フフ、チルルはよく食べる子だったから、晩御飯まで待てなかったのよね……よし、出勤まで三分ほどあるから、握ってあげよう』
―― ありがと、嬉しい ――
『……はい、熱々だから、気を付けてね』
―― うん! ハム……美味しいよ……お母さんのおにぎり……ハム……ハム………… ――
『チルルったら』
―― お、おい……し………… ――
『チルル……………』
―― …………………………………………………… ――
『午前9時25分……ご臨終です』
「そんな……」
イッパチとサンパチがフートンのトラックほどの大きさのパルス清浄機を担いできたのは、その三分後。
そして、本格的に救助作業が再開されたのは30分後のことだった。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
村長 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
081『おにぎり』 加藤 恵
ニッパチはロボットのカテゴリーにも入らない多用途作業機械だけど、共感通信ができる。
情報の並列化と言ってもいい。
同型機や、形式の合う機械同士で情報が共有できる。ナバホ村のサンパチやフートンのイッパチも同様だ。
また、同型機でなくとも位相変換することで人間を含む他者とも交流が可能で、大人数が働く建設現場やスタジアムなどの警備に向いている。
ただ、二世代前の量子エネルギーで動作しているので、その通信範囲や速度には限りがあって、この西ノ島ぐらいの広さが限界。
しかし、パルスガスが発生してパルス動力がいっさい使えない事故現場では頼みの綱と云っていい。
ニッパチは、変態しているムカデ型ボディーの結節点からリアルハンドを伸ばして、被災者との連絡をとろうとしている。
『見つけました! 被災者の手に触れています!』
「共感通信できそうか?」
兵二が身を乗り出す。身を乗り出したところで通信の感度が上がるわけではないけど、こういう、思わず無駄な動きが出てしまうのは好ましい。
『はい、被災者の声は共感通信で送ります』
「ニッパチ、ケガの具合から聞いてあげて」
『ラジャー』
ジジジ ジジ
同期させるためのノイズが少しあって、繋がった。
―― ありがとうございます、もう、脚の感覚がありません……左手も持ち上がらなくなってきました ――
「増援が来たらすぐに助けるから、もう気楽にしてくれていいよ」
兵二が語りかけ、わたしが被災者データのモニタリングをやる。
血圧が下がって、拍動も弱くなってる。
『止血と強心剤の注射をします、ちょっと、チクっとしますよ……』
―― う、うん……あ、これって看護婦さんの手だ…… ――
看護師を看護婦と言ってる、これは、マース開拓団の出身?
「きみは、マース開拓団の出身かい?」
―― はい、父の代で引き上げて、静かの海再開発公社で働いていました ――
マース(火星)開拓から月の再開発、そして、辺境の小笠原諸島での鉱山労働……並みの苦労じゃない。
「僕も火星の出身なんだ、先月まで、扶桑にいた」
―― 扶桑ですか……わたしも行きたかった……家族全員の移住が認められなくて……父は、家族全員でなきゃダメだって……それで、月に…… ――
『義体化はレベル1ですね、右の大腿骨と筋肉がハザマの01タイプです』
ハザマ01、何世代前の義体パーツ? 開拓団だから、たぶん事故による欠失。
「僕は、ナバホ村の本多兵二、僕の横には氷室カンパニーの加藤恵さんが居る。もうじき地上とも連絡がとれて、本格的な救助作業がはじまるからね」
―― ありがとうございま……じゃ、この手は…………え、え……うそ、お母さん? ――
意識が混濁し始めてる、ニッパチのリアルハンドをお母さんと勘違いしてるんだ。
『え……そうよ、今夜は夜勤だから、お惣菜はテーブルの上、マースポークのフライだから、一人二個ずつね。大きい小さいで姉弟げんかしないよう、チルルはお姉ちゃんなんだから、頼んだわよ。ご飯は炊きあがって保温になってるから、お爺ちゃんには、かならず二回は声かけてね』
―― うん、一回だと忘れちゃうもんね ――
『そろそろケアマネさんに来てもらって、認定のしなおし……』
―― 大丈夫だよ、わたしが付いてるから ――
『そうね、こんどお父さんと休みが重なった時に相談しよっか』
―― お母さん ――
『え、なに?』
―― おにぎり作ってくれない? ――
『なに? お腹空いた?』
―― お母さんの手見てたら、小さいころに握ってくれたおにぎり思い出して、食べたくなった ――
『フフ、チルルはよく食べる子だったから、晩御飯まで待てなかったのよね……よし、出勤まで三分ほどあるから、握ってあげよう』
―― ありがと、嬉しい ――
『……はい、熱々だから、気を付けてね』
―― うん! ハム……美味しいよ……お母さんのおにぎり……ハム……ハム………… ――
『チルルったら』
―― お、おい……し………… ――
『チルル……………』
―― …………………………………………………… ――
『午前9時25分……ご臨終です』
「そんな……」
イッパチとサンパチがフートンのトラックほどの大きさのパルス清浄機を担いできたのは、その三分後。
そして、本格的に救助作業が再開されたのは30分後のことだった。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
村長 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
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