上 下
88 / 237

076『フートン飲み会』

しおりを挟む
銀河太平記

076『フートン飲み会』 加藤 恵    




 大ざっぱに、人間、ロボット、ロボット的人間、人間的ロボット、そんなのがウロチョロしてる。

 それが『西』であるフートン。

 構成は『南』のヒムロカンパニーや『東』のナバホ村と変わらないけど、ウロチョロというところが独特。

 昼間から麻雀杯の音がするし、小鳥をかごに入れて、その鳴き声を聞き比べながらお茶をしている。

 ゆっくり太極拳をやってるグループ、中には和式の花札に興じている者や、チェスをやっている者も少数いて、その間を子どもたちが黄色い声をあげながら走り回っている。

 所どころには、屋台やくたびれたキッチンカーが、パッと見には分からないジャンクフードや飲み物を売っていたりして、子どものころにラボで見た『九龍城』の無秩序を思わせるものがあるけど、けして不潔とか不健康な感じがしない。

「クスリを厳しく禁止しているせいかもしれないなあ」

 主席の周温雷がにこやかに無精ひげを撫でる。

 社長が、ざっとメンバーを紹介すると、もう十年来の知古のように接してくれる。

「母体が漢明だからね、中華風になってしまう。別に強制はしないんだけど、みんな、これがいいらしくて、まあ、緩いのは、西ノ島共通の空気だね」

「今日、村長といっしょに伺ったというのは……」

「ああ、B鉱区のパルスガ鉱床のことでしょ、いや、残念でしたね」

 もう事情を知ってる、油断がならない。

「ハハハ、目が怖いよメグミさん。別にスパイを送り込んでるわけじゃないんだけどね、西ノ島は、みんなフランクでね、たいていの噂は半日もあれば島中に伝わるんですよ」

「しかし、筋は筋、ヒムロ社長、仁義切る。そういうところ、俺、主席、島のみんな、好きだ」

 村長が老酒をあおりながら、目をへの字にしている。

「いやあ、僕は、本当はコミュ障なんですよ。だからね、こうやって、直接顔を合わせることで、なんとか分かってもらえるように、心がけて……おかげで、こうやって、みんなと美味しい酒がいただけますし(n*´ω`*n)」

 まだ十分ほどしかたっていないのに、社長の前には、老酒の徳利が空になって転がっている。

「あ、メグミは呆れたでしょ、西ノ島の男は飲兵衛だって」

「あ、いえ、見た目とお酒の飲み方にギャップがあったもので」

「アハハ、メグミも遠慮なくやってください」

「はい」

 わたしは義体率七割を超えているのでアルコールなどいくら飲んでも平気なんだけど、飲んでも社長のような自然なフランクさは出せない。こういう海千山千の中に居ては、自分でも一番自然と思われる風にしているのがいい。

「シゲ老人からは、社長とはトイレが縁の付き合いと聞いてますが?」

 主席は、みんなにちゃんと話題を振っていく。単に人好きなのか、気配りなのか、はたまた手練手管であるのか……おっと、こういうのは表情に出てしまう。老酒を半分だけ飲む。

「社長とは、金剛基地からのクサイ付き合いってやつでね」

 金剛基地?

「ああ、金剛山にあった、大阪ローカルの研究施設だった?」

「はい、主体は東大阪のオッサンの地味な研究所だったんですけどね」

「知ってる、OS基地、正式名称。Operating System開発ベース」

 村長が膝を向ける。

「アハハ、オッサンのOとSです」

「なんだ、アハハ」

「尾籠な話だが、社長はションベンの仕方がきれいでねえ」

「あ、そういう恥ずかしい話は……アワワ」

「かまわん、シゲ、話す!」

 嫌がる社長にヘッドロックをかませ、シゲさんを急かせる村長。いやあ、袖からはみ出る二の腕は赤松の根っこみたいだ。

「アサガオに打ち込む放物線が実に綺麗で『そんなに几帳面にやってちゃ、肩がこるだろ』って言ったら『あ、これが普通なんで』って頭を掻きやがる。変わった奴だと思ったけど、付き合ってると、この人の地だって分かって、分かった時には子分になってた」

「あ、シゲさんを子分だなんて、思ってないですから(;'∀')」

「いやあ、アハハ、みんな自発的に子分になっちまう」

「いやあ、そうだそうだ、そういうのが西ノ島全体にいい雰囲気を醸し出してると、主席としても感服してますよ」

「よしてください、照れます」

 顔を赤くして、壁を塗るように手を振る社長。

「村長、ひとつ聞く」

「はい、なんですか、村長?」

「ヒムロ社長、おまえの体、日本インペリアルの血が流れてる、ほんとうか?」

 村長が切り出すと、主席も口のところまで持ってきていた杯を卓の上に戻した。

 兵二もサブも、この話題は初めてなのか、ちょっと真顔になって社長に注目した。



※ この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室                西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
村長                西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
しおりを挟む

処理中です...