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071『新入りの仕事』

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銀河太平記

071『新入りの仕事』 加藤 恵  




 氷室カンパニーの新入りの仕事はトイレ掃除だ。


 ウ……

 臭い……という言葉は、辛うじて呑み込んだ。二日続きの酒盛りで、トイレの臭気は、ちょっとスゴイ(^_^;)。

『清掃中』の札は出しているけど、出物腫物ところ選ばずだから、人が入ってくるかもしれない。

 ニオイに関する言葉が最も簡単に人を傷つけるということを天狗党で学んだ。天狗党には年寄りが多いからね、そういう点は決まりになっていなくても自然に気を付ける。

 掃除は、男女トイレの両方をやる。

 ガラッパチな採掘現場なので、トイレの状況は覚悟していたんだけど、臭いはともかく、汚れはそれほどひどくない。

 男用の小便器など、天狗党のそれよりも、うんとましだ。

「それはね、社長がきちんとしているからさ」

 表情に出ていたんだ、点検に来たハナが、ちょっと自慢気に言う。

「社長がうるさく言うの?」

「ううん、自然と見習っちゃうんだ。社長には、そういうところがある」

「ああ……」

「へへ、メグミも感じてるんだ」

「あ、うん。最初は頼りないと思わないでもなかったけどね」

「いい人だよ。みなしごのハナのことも、実の妹みたいに接してくれるしね」

「そうなんだ」

「ここに拾われたころは、まだ、ほんの幼児でさ。最初は泣いてばかりだった。そんなハナにね、社長は、ずっと添い寝をしてくれたんだ」

「ほう」

「十日ほどだったけどね、それがさ、こないだ、十年ぶりくらいで添い寝しにきたんだよ」

「え、それって!?」

 思わずブラシをかける手が停まってしまった。

「あ、は、そんなんじゃないよ!」

 ハタハタと手を振りながらも、頬を染めている。分かりやすい子だ。

「東のやつらと、ちょっとこじれて、向こうにもこっちにもケガ人が出てさ、その原因がハナだったから、ちょっと落ち込んで……そういうとこも、社長はちゃんと見てくれてるんだ」

「ハハ、そうなんだ。いい社長なんだな」

「そうだよ、ハナには……」

「ハナには、お父さん的な?」

「ううん……年の離れたお兄ちゃん!」

 そうか、お兄ちゃんに例えておくところが、ハナの夢なんだな。

「あ、ハナ、なんでこんな話したんだろ!? い、いまの内緒だからな(;'∀')」

「分かってる分かってる、掃除は、こんなものかな、チェックしてくれる?」

「お、おう」

 分かってるよ、掃除のチェックは、ほんとうはお岩さんだ。お岩さんが二日酔いの面倒を看ていることをいいことに、買って出たんだ。

 わたしが社長に手を出さないようにチェックするためって感じを出しながら、社長の温もりを歳の近い新人と共有したかったんだろう。いい意味で甘えん坊なんだ。


「おい、東に鉱床の説明に行くから、メグミも付いてこい」


 トイレの外でシゲさんの声がした。

「え、なに、それ?」

 清掃道具をまとめて、ハナと外に出る。

「パルスガが見込みがないことを説明に行くんだ。仁義だからな。ついでに新入りのお披露目も兼ねている」

「ハナも行きたーい」

「おまえは仕事だ。今日はA鉱区。行け」

「チェ」

 舌を鳴らして、それでも素直にA鉱区の方に行ってしまった。

「社長は、仕事に関する限り付き合いとか情報の共有を大事にする人だ」

「うん、そんな気がしてた。ちょっと掃除道具片づけてくる。駐車場に行けばいいんでしょ?」

「いや、A鉱区の坑口だ」

「そうか、分かった」

 清掃道具をしまってA鉱区の坑口に向かう。

 ちょうどニッパチが坑内作業から終わって上がってきたところだ。

 ギッコンギッコン

 機械じみた音をさせると、ニッパチは採掘機モードからジープモードに切り替わる。

 ニッパチに乗っていくというわけか。ニッパチも働き者だ。

 シゲのおっさんと二人だが、まあ、ニッパチがいれば、そう息の詰まることもないだろう。

 そう思っていると、事務所の方から声がした。

「すまん、遅くなってしまった(^_^;)」

 え、社長も行くのか?



※ この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室                西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信

 
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