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044『東屋・1 近習頭 胡蝶』
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銀河太平記
044『東屋・1 近習頭 胡蝶』ヒコ
二の丸の南東、簡素な柴垣で囲われた800坪余りが将軍のプライベート庭園だ。
一応回遊式日本庭園の体裁をとっていて、グーゲルマースで見る限りは旧宗主国日本のそれと変わらない。
庭園の中央を池が占めて、その周囲に様々な植栽の緑が取り巻いている、その間を土肌のままの小道が巡っているという形式は回遊式庭園の定石通りなのだけれど、実体は実験農場なのだ。
初代将軍の一仁さま以来の実験農場で、さまざまな、主に食用になりそうな植物の実験栽培と品種改良がおこなわれている。
むろん、農林省の公的実験農場はあるんだけれど、地球で流通している優良品種のかなりのものは小規模な農場や個人農場から生まれている。一仁さまは「自分の道楽だ」と笑っておられたと云うが、有名なマースビーンズは二代正仁さまの発明で、扶桑のみならず、全火星の主要穀物になっている。扶桑国が日本からの完全独立を果たせたのは、このマースビーンズの成功があったからだと言われている。
青いうちに刈れば枝豆になるし、熟したものは輸入品の米と混ぜて豆ごはん(カロリーや栄養価は米飯の倍になる)にしたり、火星豆腐の原料にもなっている。
「来年は、池の半分を使って米を作ってみようと思うんだ」
東屋の手前で歩みを止めて、水面を撫でるように手を伸ばしておっしゃった。
「いよいよ米ですか!」
「うん、マースビーンズの豆ごはんじゃお握りにならないからね」
「チャーハンには最適なのにゃ(^▽^)/」
「テル」
ミクが無邪気なテルをたしなめる。
「アハハ、そうだね。お家で昼ご飯ならチャーハンの方がいいよね」
上様は、テルの子どものような物言いにも反対されない。
「でも、遠足のお弁当にはお握りがあっていると思うんだよ。『お結びころりん』て童話があるだろ?」
「はいはい! お結びが転げ落ちて、穴の中の小人さんが食べちゃうのにゃ!」
「そうそう、あれ、焼き飯パラリンじゃ始まらないものね」
「焼き飯パラリン、蟻さんたちが寄ってきました……変ですね(^_^;)」
アハハハ
ミクが続けて、みんなが笑う。一番声の大きいのが上様なのも空気が和む。
「でも、それはそれで別の童話が始まりそうだ。テルくん、がんばってみてくれ」
「は、はい(n*´ω`*n)」
火星も地球も、食事の多くはレプリケーターに頼っている。
分子合成して、どんな料理でも作ってくれるレプリケーターは便利だ。開拓地や宇宙船の中ではレプリケーターは必須だけれど、それでは人間が火を起こして以来身に着けてきた料理をするという文化が無くなってしまう。
「上様、例のものが間に合いました」
ついさっき、馬の手綱を渡された兵二が岡持ちのようなモノを持って蹲踞している。
さすが近習、やることが早い。しかし、例のもの?
「そうか、では、さっそく東屋のテーブルに……」
「はい、胡蝶殿が支度されております」
「あいかわらず、お前たちの仕事は早い。感謝するよ」
「恐縮です」
一言言うと、一礼して下がっていく、挙措に無駄も力みもなく、やっぱりすごい奴だと負けそうな気になる。
東屋に入ると、窓際で控えている胡蝶さんが目に入る。
四人四様の驚き、さすがにテルでさえ声に出すことは無かったが、胡蝶さんの圧に気おされる。
胡蝶さんは上様の代になって初めて登用された女性近習頭。本来なら若年寄になってもおかしくない人物でなのだけれど、本人の意思で格下の近習頭になって一年になる。
曾祖母が漢明国西方のトルコ系少数民族の御出身とかで、面立ちにエキゾチックな美しさがある。評判はその美しさだけではなく、目から鼻に抜ける聡明さと身体能力にもあって、堅物の父でも折に触れて話題にして、遠まわしに「おまえもしっかりしろ」と言われる。
「お席は、こちらに……」
窓際に柴垣を模したパーテーションがあって、その向こうに、上様との歓談の席が設けられているようだ。
おお……!
上様自らが感嘆の声をあげられた。
僕たちの緊張をほぐそうと言うお気持ちからなのだろうけど、半分は本当に驚かれている。
おお……!
僕たちも、上様につられて声をあげてしまう。
テーブルの上には、五人分の手巻きずしの用意がされていたんだ。
読者のみなさんは分かっておられるだろうけど、火星には本来の意味での海は、まだ存在しておらず、従ってすしネタになりそうな魚類は存在しないのだ。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
044『東屋・1 近習頭 胡蝶』ヒコ
二の丸の南東、簡素な柴垣で囲われた800坪余りが将軍のプライベート庭園だ。
一応回遊式日本庭園の体裁をとっていて、グーゲルマースで見る限りは旧宗主国日本のそれと変わらない。
庭園の中央を池が占めて、その周囲に様々な植栽の緑が取り巻いている、その間を土肌のままの小道が巡っているという形式は回遊式庭園の定石通りなのだけれど、実体は実験農場なのだ。
初代将軍の一仁さま以来の実験農場で、さまざまな、主に食用になりそうな植物の実験栽培と品種改良がおこなわれている。
むろん、農林省の公的実験農場はあるんだけれど、地球で流通している優良品種のかなりのものは小規模な農場や個人農場から生まれている。一仁さまは「自分の道楽だ」と笑っておられたと云うが、有名なマースビーンズは二代正仁さまの発明で、扶桑のみならず、全火星の主要穀物になっている。扶桑国が日本からの完全独立を果たせたのは、このマースビーンズの成功があったからだと言われている。
青いうちに刈れば枝豆になるし、熟したものは輸入品の米と混ぜて豆ごはん(カロリーや栄養価は米飯の倍になる)にしたり、火星豆腐の原料にもなっている。
「来年は、池の半分を使って米を作ってみようと思うんだ」
東屋の手前で歩みを止めて、水面を撫でるように手を伸ばしておっしゃった。
「いよいよ米ですか!」
「うん、マースビーンズの豆ごはんじゃお握りにならないからね」
「チャーハンには最適なのにゃ(^▽^)/」
「テル」
ミクが無邪気なテルをたしなめる。
「アハハ、そうだね。お家で昼ご飯ならチャーハンの方がいいよね」
上様は、テルの子どものような物言いにも反対されない。
「でも、遠足のお弁当にはお握りがあっていると思うんだよ。『お結びころりん』て童話があるだろ?」
「はいはい! お結びが転げ落ちて、穴の中の小人さんが食べちゃうのにゃ!」
「そうそう、あれ、焼き飯パラリンじゃ始まらないものね」
「焼き飯パラリン、蟻さんたちが寄ってきました……変ですね(^_^;)」
アハハハ
ミクが続けて、みんなが笑う。一番声の大きいのが上様なのも空気が和む。
「でも、それはそれで別の童話が始まりそうだ。テルくん、がんばってみてくれ」
「は、はい(n*´ω`*n)」
火星も地球も、食事の多くはレプリケーターに頼っている。
分子合成して、どんな料理でも作ってくれるレプリケーターは便利だ。開拓地や宇宙船の中ではレプリケーターは必須だけれど、それでは人間が火を起こして以来身に着けてきた料理をするという文化が無くなってしまう。
「上様、例のものが間に合いました」
ついさっき、馬の手綱を渡された兵二が岡持ちのようなモノを持って蹲踞している。
さすが近習、やることが早い。しかし、例のもの?
「そうか、では、さっそく東屋のテーブルに……」
「はい、胡蝶殿が支度されております」
「あいかわらず、お前たちの仕事は早い。感謝するよ」
「恐縮です」
一言言うと、一礼して下がっていく、挙措に無駄も力みもなく、やっぱりすごい奴だと負けそうな気になる。
東屋に入ると、窓際で控えている胡蝶さんが目に入る。
四人四様の驚き、さすがにテルでさえ声に出すことは無かったが、胡蝶さんの圧に気おされる。
胡蝶さんは上様の代になって初めて登用された女性近習頭。本来なら若年寄になってもおかしくない人物でなのだけれど、本人の意思で格下の近習頭になって一年になる。
曾祖母が漢明国西方のトルコ系少数民族の御出身とかで、面立ちにエキゾチックな美しさがある。評判はその美しさだけではなく、目から鼻に抜ける聡明さと身体能力にもあって、堅物の父でも折に触れて話題にして、遠まわしに「おまえもしっかりしろ」と言われる。
「お席は、こちらに……」
窓際に柴垣を模したパーテーションがあって、その向こうに、上様との歓談の席が設けられているようだ。
おお……!
上様自らが感嘆の声をあげられた。
僕たちの緊張をほぐそうと言うお気持ちからなのだろうけど、半分は本当に驚かれている。
おお……!
僕たちも、上様につられて声をあげてしまう。
テーブルの上には、五人分の手巻きずしの用意がされていたんだ。
読者のみなさんは分かっておられるだろうけど、火星には本来の意味での海は、まだ存在しておらず、従ってすしネタになりそうな魚類は存在しないのだ。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
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