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024『噂の13号艇』

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銀河太平記

024『噂の13号艇』 ダッシュ   

 

 名は体を表すって言うよな。

 
 俺は、友だちにはダッシュって呼ばれてるけど、本当は漢字の一(いち)だ、大石一。ときどきハジメと読まれてしまうけど、親は一と書いてイチとルビを振って出生届を出したから紛れもなく一(いち)なんだ。

 なんで一かっていうと、親父とお袋にとって最初の子どもだからだ。めちゃくちゃ分かりやすいだろ。

 でも、子どものころからダッシュって呼ばれる。

 一はダッシュって読めるだろ。

 それと、子どものころから足が速かったから、ミクなんかに言わせると「足だけじゃないでしょ」ともいう。まあ、ニックネームだけど、やっぱ名は体を表してる。

 
 未来は、未来に向かって欲しいって、これもご両親の気持ちが現れてる。

 火星は独立したとはいえ、まだまだ開拓途上の星だ。だから、明るく元気に未来を見つめて欲しい、未来に明るい将来がある子に育って欲しい、そんな願いが込められている。じっさい、明るくサバサバした性格で、ともすればダッシュしすぎてしまう俺の手綱を締めてくれる姉さん気質の幼なじみ。

  彦は、父親が幕府(扶桑の政府は幕府のシステムをとってる)の若年寄という地球的に言うとセレブなやつなんだけど、火星と言うのは大統領だろうが将軍だろうが、子どもは普通に育てる。

 だから、町医者の娘(未来)とか、ラーメン屋の息子(俺)とかもふつうに付き合ってる。

 彦ってのは古い言葉で『男』を意味する。生まれた時に分かってるのは性別だけだから、とりあえず『彦』ってことらしい。ま、とりあえず普通に育って欲しいくらいの親の気持ち的な。

 そういう普通名詞的な名前なもんだから、素直な、特徴のない(内面は違うと思ってるんだけどな)男で、目立たないことをモットーにしているようなところがある。


 テルは本名・平賀照(ひらがてる)。実年齢は十歳。飛びぬけて能力が高いものだから、飛び級で俺たちの同級生になってる。舌ったらずなのは脳みその発達に体が付いてこないからだと、本人はいたって平気。

 こまっしゃくれて、クソ生意気な子供に見えるが、なかなかのムードメーカーで、俺たちのグループだけじゃなく、周囲の人間を明るく照らしているようなところがある。やっぱり、生まれた時に、親が持って生まれた性格を見抜いていたんじゃないかと思う。

 
 でも、世の中には例外ってやつがいるもんで、その代表みたいなのが俺たちの前に居る。

 
 姉崎すみれ

 名は体を表しているなら、お姉さんのように優しい、ちょっと古風な感じのベッピンさん。

 ところが、この姉崎すみれは、どこからどう見てもマッチョなオッサン。

 髪は硬い五分刈りで、前の学校では『剣山』というあだ名があったそうだ。頭突きを食らわされると突き刺さるって噂だ。

 その五分刈りの下は猫がエッヘンしそうなくらいに狭い額で、その下にはぶっとい黒毛虫が二匹いるような眉毛に金壺眼(まなこ)で、かぎ型の鼻っ柱は生まれつきと言うよりはケンカの後遺症みたいだ。口はマンガみたいに大きくて、特技は、握ったままの拳が口の中に入ることで、このマッチョの唯一の宴会芸であるらしい。

 その姉崎すみれが、それだけでテルの胴体ぐらいありそうな腕を組んで俺たちを睨み据えている。

「貴様らのお蔭で余計な仕事が増えた! さっさとシャトルに乗れ!」

 長い説教が始まるのかと思ったら、ショートメールのような一喝だけで、薮の中のシャトル(連絡艇)を顎でしゃくった。

「ゲ!?」

 テルが蛙のような声をあげる。

 連絡艇は、この修学旅行が終わったら学園艦のゴミを積載させたうえで丸ごと廃棄されるって噂の13号艇だ。

 旧式の貨物艇で、ろくなシートも無くって、大昔の電車みたいなつり革がぶら下がっているだけという噂だ。

 間近で見るのは初めてで、かねがねポンコツ艇らしく汚い塗装がしてああると思っていたのが違った。

「ちょ、チュギハギだやけ!?」

 色や材質の違うので修理されているので、汚らしいまだらの塗装に見えていただけなんだ。

「ひょっとして、ゴミを積載して、そのまま廃棄されるって、わたしたちのことじゃないわよね?」

「まあ、学園艦に戻るまでの辛抱だ」

 ヒコが締めくくると、ハッチを閉めた姉崎すみれが宣告した。

「学園艦は修学旅行が終わるまでは周回軌道を離れられない、おまえたちは別の船で帰ってもらう」

「「「「ええ……」」」」

「で、先生、つり革は?」

「壁と床にフックがあるだろ、固定しておけ」

 いよいよ貨物扱いだ……。

 

※ この章の主な登場人物
•大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
•穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
•緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
•平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
•姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任

 ※ 事項
•扶桑政府   火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる

 
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