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012『修学旅行・12・児玉元帥・1』
しおりを挟む銀河太平記
012『修学旅行・12・児玉元帥・1』ダッシュ
ウ……! ア……! オ……! グ……!
四人とも息をのんでしまった。
大鳥居を目前に陛下の御料車が速度を落とすと、火星の田舎者は思わず叫びたくなる。
火星では、国のリーダーが国民の前に姿を現すと雄たけびのような歓声をあげるものなのだ。
扶桑国は日本の分家だけあって、何事につけてもつつましやかなのだが、こういう君民一体の行事ではワイルドなんだ。
それは、苦しい開拓時代を国民も将軍も共に経験しているからなんだ。
声をあげることで、互いの心を奮い立たせて、過酷な開拓事業を前に進めていく。開拓を進めることでしか、火星には未来が無いから。君民の近さは地球では考えられないくらい熱い。
だから、初代将軍の扶桑宮よりも数段偉い陛下のお姿が見られると思うと、つい、叫びたくなる。
日ごろ冷静な彦も目頭を押さえて「グ グ グ」と唸っている。
御料車は二百年前のトヨタ・センチュリーロイヤルだ。
日ごろの移動にはパルス車をお使いになられるが、靖国神社や明治神宮、武蔵野陵ご参拝の時は昭和・平成の伝統にのっとってアナログ車が使われる。
ズシ
高級アナログ車特有のタイヤが路面を噛む音をさせて停車する。
お出迎えの侍従武官が御料車のドアに寄り添って、白い手袋でドアハンドルに手を掛ける。
ウグッ
ヒコがテルの口を押えた。放っておくと、この最年少の同級生は間違いなく叫ぶからだ。
未来は自分で口を押えている。見ると目尻に泪が浮かんでこぼれる寸前だ。俺は日の丸の小旗を小刻みに振ることで耐えている。居並んだ火星人や月人も似たようなもので、それが面白いんだろう、地球のマスコミが古典的なシャッター音をさせて写真や動画を撮っている。
中には、そんな田舎者丸出しの俺たちが面白いんだろう、ニヤニヤしている記者もいる。
一人静かな女性記者がいると思ったら、大使館の桔梗さんだ。人手の少ない大使館なので広報としてかり出されているんだろ。
「お出ましだぞ」
周囲に気をとられている俺にヒコが注意してくれる。
俺たちは、陛下の美しさに息をのんだ。
後桜町天皇以来五百年ぶりの女性天皇である陛下は陸軍の礼装に碧の黒髪をそよがせてお車の前にお立ちになった。
女性天皇ってどうなんだろうって思っていた俺だが、一瞬で『ぜったいいい!』と思ってしまった。
「あれは児玉元帥だ」
「え?」
ヒコの言う通りだ。
今の今まで陛下と思っていた人は、ドアの横に位置して、次に出てくる貴人をエスコートする。
児玉元帥同様の陸軍の礼装で陛下はお出ましになる。
陛下も。軍帽はお手に持たれたまま、いたずらな風が御髪を嬲るのを押えておられる。
同じ軍服で、同じようなロングの御髪、並んでお立ちになると、まるで姉妹のようだ。
出迎えの宮司が一礼して先頭に立つと、陛下は侍従武官と児玉元帥を具して大鳥居に向かわれた。
ポーーーーーン
その時、お列の真上で花火のような破裂音が響いた。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
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