上 下
5 / 274

序・5『襲撃』

しおりを挟む

銀河太平記

序・5『襲撃』    

 

  馬をクーペに設定する。

 
 ウィーン

 小さな動作音をさせて馬の胴が四十センチ伸びる。

 フフ……JQが小さく笑う。

 こういうところも出会った頃のグランマに似ている。

 普段の手入れが悪いので伸びた分だけ馬の胴に縞が入ってしまっているのだ。軍用馬なのでクーペに設定することはほとんどない……というのは言い訳だ。軍人たるもの、兵器や日常品の手入れに怠りがあってはならない。士官学校ではシーツの折り目や官服のアイロンまで厳しく言われたが、最前線と言っていいマンチュリーに派遣されてからは、そういうボーイスカウトのようなことには気を配らなくなった。

「洗ってあげますか?」
「きれいな馬で走ったら目につく」
「迷彩だったのね、笑ってごめんなさい」

 優しく鼻先を撫でる、軍服めいた服に着替えているので、伝説の川島芳子(三百年前、東洋のマタハリと異名をとった男装の麗人)めいて見える。

「さあ、行くぞ」
「はい」
「じゃ、グランマ」

 階段の途中から上半身だけをのぞかせたグランマに会釈して、北大街を南北に貫く北大路に乗り出す。

 どこかで見てはいるのだろうが孫大人の姿は見えない。

 さっきの骨壺は無視して、ロボット女を連れている。
 
 他の知り合いなら、薄情者とか変節漢だとか変態だとか思われるかもしれない。
 しかし、孫大人なら、グランマの事情もJQのスペックが並みではないこともお見通しだ。

 このことをサカナに大人と飲んだら面白いだろう。

 よし、少しは生きることに執着してみようか。

 いやはや、そう思ってしまうことがグランマか大人の術中にハマったのかもしれない。

 西に傾いた太陽は大路の西側を薄闇に包んでしまって、ちょっと油断がならない。北大路は幅員が二十メートルもあるが、片側からは十メートル、狙撃や襲撃に大きな支障はない。

 君がみ胸にぃ 抱かれて聞くは 夢の舟歌 恋の歌……♪

「蘇州夜曲だな」
「愛馬行進曲の方がよかったですか?」
「いや、続けてくれ」

 JQの鼻歌はダテではなく、歌に載せて微弱なアクティブパルスを発して警戒しているのだろうが、ハンベを使って調べるような野暮はしない。

 北大路から南大路、史跡南大門を抜けると満州の原野だ。

 視界は大きく開けているので警戒を緩めてもいいのだが、奉天の街中よりも危険だと軍人の勘が言っている。数時間前に通ったときよりも空気が密度を増しているのだ。

 いつの間にかJQは鼻歌を止めている。

「なにか感じるのか?」
「なにも…………」

 原野とは云え、奉天の南だ、人も通れば動物もいる、何も感じないのは不自然だ。

 !?

 感じたのはJQと同時だった。

 馬の背を蹴って跳躍するのは、コンマ一秒遅れてしまったが、敵への対応は俺の方がコンマ一秒早かった。

 十三人の敵が巧みに隠れていた。

 あるものは地面に潜り、あるものは灌木の陰に体温を灌木と同じにして潜んでいた。

 知り合って一時間もたっていないJQだが、古参兵同士のバディーのように連携が取れた。

 JQは10式をベースに作られたのだろう、跳躍姿勢や反撃姿勢が訓練や実戦で見覚えのある部下たちと同じだ。

 敵の動きは、漢明の特殊部隊だ。

 むろん、国籍不明の戦闘服を着ているので見た目からは分からない。

 二人倒して分かった、ロボットは七人、人間が六人だ。

 四人目は人間だったが、八割がた義体化されていて、腕を切り落としてやった時には血のほとばしりではなく、切り口がスパークしていた。

 五体目の頭を粉砕した直後『CPはへその下』とJQの思念が飛び込んできた。

 地を蹴ってそいつのボディーに、ほぼ正中線に沿って斬撃を加える。

 アーマーと戦闘服と表皮が左右に弾けて、敵兵の肌と中身が露出する。女性型のロボットだ。

 こいう戦闘兵器を女性型に作るなと、ジェンダーにうるさい奴に叱られそうなことを思う。時には子どもタイプの戦闘員を送ってくることもあって、嫌になる。

 シュボボ……

 戦闘が終わると、パルスレーザーがかすめたのだろう、軍服の二か所から煙が立っている。

「お見事でした司令」

 お世辞を言ってくれるJQからは、一筋も煙は上がっていなかった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。

kaizi
SF
主人公の設定は、30年後の日本に住む一般人です。 異世界描写はひたすらリアル(現実の中世ヨーロッパ)に寄せたので、リアル描写がメインになります。 魔法、魔物、テンプレ異世界描写に飽きている方、SFが好きな方はお読みいただければ幸いです。 なお、完結している作品を毎日投稿していきますので、未完結で終わることはありません。

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

処理中です...