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023『ヤガミヒメの境遇』
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勇者乙の天路歴程
023『ヤガミヒメの境遇』
※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者
「ええと……いちおう確認しておきたいんですけどぉ」
「はい、なんでしょうか?」
「勇者乙さんは、わたしのことを、どの程度ご存知なんですか?」
「あ、はい……」
ちょっと面映ゆい。
神話世界の話は古希を迎えたわたしでも学校では習っていない。『因幡の白兎』程度のことは紙芝居やアニメなどで大方の日本人は知っているだろうが、それ以上のことはほんの断片的にしか知らない。それも、いろんな映画や小説、アニメなどで知ったもので、どこまで確かなものかは自信が無い。
まして目の前で小首をかしげているのは本物の神話世界の神なんだ。例えば、プロの歌手の前で、その歌手の持ち歌を歌うようなもので、めちゃくちゃ緊張してしまう。
「あ、そうよね、緊張しちゃいますよね(^_^;)。じゃ、かいつまんで……分からないところとかがあったら、遠慮せずに聞いてくださいね。あなたたちもね」
「あ」「はい」
白兎とビクニも返事して、ヤガミヒメの問わず語りが始まった。
「ええと……オオクニヌシ君が白兎を助けて、めでたく彼とわたしが結婚したところまでは……白兎に聞いて知っているのね」
「あ、はい、そうですが。ひょっとして、わたしの頭の中覗いてます?」
「アハハ、まあ、それは置いといて。ヌシクンはねえ……あ、結婚してからはヌシクンて呼んでたの。ヌシクンはねえ、気が多いと言うか節操がないというか、わたしと結婚した後も、あちこちふらついては彼女を作っちゃって……腰の落ち着かない男だったの。古事記や日本書紀に出てるだけで10人、あちこちの伝承まで入れたら100を超えるんじゃないかしら……ハァ~(*´Д`)」
深いため息をついたかと思うと、頬杖付いたままドンヨリするヤガミヒメ。
「あ、姫さま、薬の時間でした!」
パンパン
白兎が手を叩くと、御簾のうしろからお盆に薬とコップの水を捧げ持った侍女が現れる。
「あ、またキミか……ええと……」
「はい、先週から入りましたヒコナです、課長代理」
「みんな新人に押し付けてぇ、ごめんね」
「あ、いえいえ(^_^;)」
「ごくろうさん、キミもこのあと上がっていいからね」
「はい、ではお薬を」
侍女からお盆を受け取って姫に薬を飲ませる白兎。課長代理というよりは付き人、いやマネージャーという感じだ。侍女はやっと解放されたという感じで宮殿の裏口から退出していった。
「ええと、全部話してたら一年かかっちゃうから、いちばん問題なのを一つだけね。スセリヒメというのを知ってるかしら?」
「ええと……たしか大国主命の……正妻ですよね」
「ええ、最初の妻であるわたしを差し置いてね……」
「あ、歌を唄っていますね『八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を 』って、めちゃくちゃ妻を愛して大事にするって意味で……」
「あ、それは素戔嗚尊(スサノオノミコト)、クシナダヒメをお嫁さんにした時、感激のあまり詠った歌よ」
「ああ、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)やっつけた後でしたからね、感激もひとしおだったんですよ」
白兎が付け加える。
「ああ、失礼しました(;'∀')」
「先生、汗が……」
ビクニが静岡あやねのノリでハンカチを渡してくれる。
「いえ、いいんです。教科書にも載っていませんからね……というか、その素戔嗚尊の情熱を結実させたのが、ヌシクンの正妻のスセリヒメ」
「スセリヒメは素戔嗚尊の娘なんですよ」
「え、ちょっと待って、大国主は素戔嗚尊の七代目かの子孫のはず?」
「いや、そこなんですよ」
白兎とビクニの議論になりそうなのを手で制するヤガミヒメ。
「ここは、わたしが」
「姫さま……」
「ここなのよ、素戔嗚尊の七代目子孫のヌシクンと二代目のスセリヒメが結婚ておかしいでしょ? ヌシクンにとってスセリヒメは腹違いだけどヒイヒイヒイヒイヒイお祖母ちゃんになるのよ! あり得ないでしょ!」
「え、そうだったっけ」
タカムスビノカミが設定してくれたインタフェイスを開いてググってみる。
「……ほんとうだぁ」
大国主は七代目の子孫で、スセリヒメの母親については不明だが、素戔嗚尊の娘になっている。人間で言えば令和の男が江戸時代にタイムリープしてご先祖の女性と結婚するようなものだ( ゜Д゜)!
「まあ、こういうところがこの世界の歪みの元になっているわけ……それで、その歪みを勇者乙さんに正してもらいたいの」
「あ、はあ、それはタカムスビノカミさんからも頼まれていますから」
「まあ、こちらの世界にやってきたばかりでしょうから、しばらくは休んでくださいな。この巨木の森に居る限りは安全ですから」
え、さっきまでヤガミヒメ隠れていなかったっけ?
「ま、大したことは起らないから、ましてあなたは勇者です。なにも起きません……」
ギギギギ……グニャリ! ベコン!!
なんだか凄く不快な音がして平衡感覚が狂う。
「あ、歪が森にまで!」
「裏口が開いているわよ!」
「あ、さっきの侍女が締め忘れたんですよ!」
「わたしの気弱さが漏れ出てしまって、矛盾が一気に……」
「すみません勇者乙さん、一刻の猶予もありません! すぐに旅立ってください! お願いします!」
白兎がめを真っ赤にして懇願する!
ビョオオオオオオ!
ウワアアアアアア!
宮殿の中にまで風が入って来て、あっと言う間に裏口から吸い出されてしまった。
☆彡 主な登場人物
中村 一郎 71歳の老教師 天路歴程の勇者
高御産巣日神 タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
八百比丘尼 タカムスビノカミに身を寄せている半妖
原田 光子 中村の教え子で、定年前の校長
末吉 大輔 二代目学食のオヤジ
静岡 あやね なんとか仮進級した女生徒
ヤガミヒメ 大国主の最初の妻 白兎のボス
ヒコナ ヤガミヒメの新米侍女
因幡の白兎課長代理 あやしいウサギ
023『ヤガミヒメの境遇』
※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者
「ええと……いちおう確認しておきたいんですけどぉ」
「はい、なんでしょうか?」
「勇者乙さんは、わたしのことを、どの程度ご存知なんですか?」
「あ、はい……」
ちょっと面映ゆい。
神話世界の話は古希を迎えたわたしでも学校では習っていない。『因幡の白兎』程度のことは紙芝居やアニメなどで大方の日本人は知っているだろうが、それ以上のことはほんの断片的にしか知らない。それも、いろんな映画や小説、アニメなどで知ったもので、どこまで確かなものかは自信が無い。
まして目の前で小首をかしげているのは本物の神話世界の神なんだ。例えば、プロの歌手の前で、その歌手の持ち歌を歌うようなもので、めちゃくちゃ緊張してしまう。
「あ、そうよね、緊張しちゃいますよね(^_^;)。じゃ、かいつまんで……分からないところとかがあったら、遠慮せずに聞いてくださいね。あなたたちもね」
「あ」「はい」
白兎とビクニも返事して、ヤガミヒメの問わず語りが始まった。
「ええと……オオクニヌシ君が白兎を助けて、めでたく彼とわたしが結婚したところまでは……白兎に聞いて知っているのね」
「あ、はい、そうですが。ひょっとして、わたしの頭の中覗いてます?」
「アハハ、まあ、それは置いといて。ヌシクンはねえ……あ、結婚してからはヌシクンて呼んでたの。ヌシクンはねえ、気が多いと言うか節操がないというか、わたしと結婚した後も、あちこちふらついては彼女を作っちゃって……腰の落ち着かない男だったの。古事記や日本書紀に出てるだけで10人、あちこちの伝承まで入れたら100を超えるんじゃないかしら……ハァ~(*´Д`)」
深いため息をついたかと思うと、頬杖付いたままドンヨリするヤガミヒメ。
「あ、姫さま、薬の時間でした!」
パンパン
白兎が手を叩くと、御簾のうしろからお盆に薬とコップの水を捧げ持った侍女が現れる。
「あ、またキミか……ええと……」
「はい、先週から入りましたヒコナです、課長代理」
「みんな新人に押し付けてぇ、ごめんね」
「あ、いえいえ(^_^;)」
「ごくろうさん、キミもこのあと上がっていいからね」
「はい、ではお薬を」
侍女からお盆を受け取って姫に薬を飲ませる白兎。課長代理というよりは付き人、いやマネージャーという感じだ。侍女はやっと解放されたという感じで宮殿の裏口から退出していった。
「ええと、全部話してたら一年かかっちゃうから、いちばん問題なのを一つだけね。スセリヒメというのを知ってるかしら?」
「ええと……たしか大国主命の……正妻ですよね」
「ええ、最初の妻であるわたしを差し置いてね……」
「あ、歌を唄っていますね『八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を 』って、めちゃくちゃ妻を愛して大事にするって意味で……」
「あ、それは素戔嗚尊(スサノオノミコト)、クシナダヒメをお嫁さんにした時、感激のあまり詠った歌よ」
「ああ、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)やっつけた後でしたからね、感激もひとしおだったんですよ」
白兎が付け加える。
「ああ、失礼しました(;'∀')」
「先生、汗が……」
ビクニが静岡あやねのノリでハンカチを渡してくれる。
「いえ、いいんです。教科書にも載っていませんからね……というか、その素戔嗚尊の情熱を結実させたのが、ヌシクンの正妻のスセリヒメ」
「スセリヒメは素戔嗚尊の娘なんですよ」
「え、ちょっと待って、大国主は素戔嗚尊の七代目かの子孫のはず?」
「いや、そこなんですよ」
白兎とビクニの議論になりそうなのを手で制するヤガミヒメ。
「ここは、わたしが」
「姫さま……」
「ここなのよ、素戔嗚尊の七代目子孫のヌシクンと二代目のスセリヒメが結婚ておかしいでしょ? ヌシクンにとってスセリヒメは腹違いだけどヒイヒイヒイヒイヒイお祖母ちゃんになるのよ! あり得ないでしょ!」
「え、そうだったっけ」
タカムスビノカミが設定してくれたインタフェイスを開いてググってみる。
「……ほんとうだぁ」
大国主は七代目の子孫で、スセリヒメの母親については不明だが、素戔嗚尊の娘になっている。人間で言えば令和の男が江戸時代にタイムリープしてご先祖の女性と結婚するようなものだ( ゜Д゜)!
「まあ、こういうところがこの世界の歪みの元になっているわけ……それで、その歪みを勇者乙さんに正してもらいたいの」
「あ、はあ、それはタカムスビノカミさんからも頼まれていますから」
「まあ、こちらの世界にやってきたばかりでしょうから、しばらくは休んでくださいな。この巨木の森に居る限りは安全ですから」
え、さっきまでヤガミヒメ隠れていなかったっけ?
「ま、大したことは起らないから、ましてあなたは勇者です。なにも起きません……」
ギギギギ……グニャリ! ベコン!!
なんだか凄く不快な音がして平衡感覚が狂う。
「あ、歪が森にまで!」
「裏口が開いているわよ!」
「あ、さっきの侍女が締め忘れたんですよ!」
「わたしの気弱さが漏れ出てしまって、矛盾が一気に……」
「すみません勇者乙さん、一刻の猶予もありません! すぐに旅立ってください! お願いします!」
白兎がめを真っ赤にして懇願する!
ビョオオオオオオ!
ウワアアアアアア!
宮殿の中にまで風が入って来て、あっと言う間に裏口から吸い出されてしまった。
☆彡 主な登場人物
中村 一郎 71歳の老教師 天路歴程の勇者
高御産巣日神 タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
八百比丘尼 タカムスビノカミに身を寄せている半妖
原田 光子 中村の教え子で、定年前の校長
末吉 大輔 二代目学食のオヤジ
静岡 あやね なんとか仮進級した女生徒
ヤガミヒメ 大国主の最初の妻 白兎のボス
ヒコナ ヤガミヒメの新米侍女
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