3 / 30
003『頭上で楠の葉が戦ぐ』
しおりを挟む
勇者乙の天路歴程
003『頭上で楠の葉が戦ぐ』
サワサワサワ……サワサワサ……サワサワサ……
頭上で楠の葉が戦ぐ。
戦ぐと書いて「そよぐ」と読む。
演劇部の顧問をしていたころ『これでソヨグと読むんですか!?』と台本の字の読みを教えてやって驚かれたことがある。その生徒は『たたかぐ』と読んでいた。『戦い』と書いて『タタカイ』なのだから、『タタカグ』と発音してしまったんだ。
そうなんだ、戦ぐとは、一枚一枚の木の葉が、隣り合う木の葉に当って音を立てる様子を現す言葉なんだ。
それが、何千、何万、何十万、何百万と重なるとサワサワサワになり、林や森ぐるみ山ぐるみになると、ザワザワ、時にゴウゴウと猛々しい音に成ったりする。
校舎の屋上で日の丸がはためいている。
学校で国旗を掲揚するようになったのは今世紀に入ってからだったかなぁ。
本来は、正門を入った玄関の前あたりにポールを立てて掲揚するものだ。人の目に付かなくては掲揚の意味がない。
しかし、長年、組合が反対したことで屋上という妥協策になった。
屋上ならば、校内に居る限り目につくことは無い。外からは、こうして見えるし、災害時には広域避難場所のいい目印になる。
そうそう、学園紛争の嵐が吹きまくった70年ごろ、屋上とポンプ室のあたりは反戦生徒のたまり場だった。
割れたヘルメットや立て看板やらペンキの缶やら、壁には「造反有理!」とか「安保反対!」とか「米帝粉砕!」書きたくってあった。
お茶を一口あおると、人の気配。
離れたベンチに自分より一回り半は年上、ひょっとしたら百に近いのかもしれないお爺さん。歩くのもやっとなんだろう、老婆が使うような手押し車のアームに顎を載せて眠ったように目を閉じている。
全然気配がしなかった……まあ、こっちもポンコツだし、お互いの静謐を尊重しよう。
上半分が覗いている体育館は二代目で、その前は平屋の体育館。記憶と重ねて見ると、ここからなら屋根が見える程度か。
入学式、卒業式、文化祭や新入生歓迎会、生徒会選挙の立会演説会……校長をつるし上げた大衆団交も、あそこでやったんだ。芸術鑑賞で劇団を呼んだ時、体育館の舞台は張り出しが付けられて倍ほどに広くなり、持ち込まれた照明や音響の機材で劇場のようになった。
体育館の前には銀杏木が佇立していて、銀杏の実を拾い集め、みんなで食ったこともあった。臭いがすごくて、困っていると、家庭科のF先生が助けてくれた。日ごろは国防婦人会と揶揄されていたF先生だったけど、頼りになるオバサンだと見直したっけ。
グラウンドの端の当たりに覗いているのは、創立以来の楡の木だ。
あの木の下で告白すると、将来結ばれるという伝説があった。
告白した相手には三日後のは袖にされたがなあ……まあ、おかげで、亡くなったカミさんと出会うことができたんだが。
苦笑して、お茶の残りを飲み干す。
すると、また、お爺さんが視界に入って……いや、お婆さんだった(^_^;)
歳をとると性別なんかほとんど意味がない。
サワサワサワ……サワサワサ……サワサワサ……
また楠が戦ぐ。
どうも、無用の事ばかり思い出してしまう。
明日からは……どうしようかぁ。
非常勤講師という最後の肩書も取れて、社会的には70歳の無職老人。
独立した息子は、この正月にも帰ってこななかった。
まあ、所帯を持ったら自分たちのことで精いっぱい。頼りの無いのは元気な証拠。人生の先達としては喜んでやるべきだろうなぁ。
ザワザワザワ
楠が戦ぐ、今までよりも強く。
真上の楠だけでなく、公園全ての木々が嵐の前触れのように戦ぎだした。
春一番か?
それにしては、学校の銀杏木や楡は手抜きアニメの停め絵のようだ。
局所的春一番?
ビル風か?
風の谷のナウいシカ。
授業でカマしたら、ジト目で笑われそうなダジャレが浮かぶ。
そして異変が起こった。
お婆さんが立ち上がったかと思うと、ぐっと背筋が伸び始め、白髪がグレーに、そして、息をのむうちに緑の黒髪に……身の丈、体つきも変じ、頬にも唇にも朱がさして、身に着けたものは、額田王(ぬかだのおおきみ)か卑弥呼かというような古代衣装に変じた。
「ようやく……ようやく……通じる者に巡り合えました……」
古代衣装が口をきいた。
☆彡 主な登場人物
中村一郎 71歳の老教師
原田光子 中村の教え子で、定年前の校長
末吉大輔 二代目学食のオヤジ
003『頭上で楠の葉が戦ぐ』
サワサワサワ……サワサワサ……サワサワサ……
頭上で楠の葉が戦ぐ。
戦ぐと書いて「そよぐ」と読む。
演劇部の顧問をしていたころ『これでソヨグと読むんですか!?』と台本の字の読みを教えてやって驚かれたことがある。その生徒は『たたかぐ』と読んでいた。『戦い』と書いて『タタカイ』なのだから、『タタカグ』と発音してしまったんだ。
そうなんだ、戦ぐとは、一枚一枚の木の葉が、隣り合う木の葉に当って音を立てる様子を現す言葉なんだ。
それが、何千、何万、何十万、何百万と重なるとサワサワサワになり、林や森ぐるみ山ぐるみになると、ザワザワ、時にゴウゴウと猛々しい音に成ったりする。
校舎の屋上で日の丸がはためいている。
学校で国旗を掲揚するようになったのは今世紀に入ってからだったかなぁ。
本来は、正門を入った玄関の前あたりにポールを立てて掲揚するものだ。人の目に付かなくては掲揚の意味がない。
しかし、長年、組合が反対したことで屋上という妥協策になった。
屋上ならば、校内に居る限り目につくことは無い。外からは、こうして見えるし、災害時には広域避難場所のいい目印になる。
そうそう、学園紛争の嵐が吹きまくった70年ごろ、屋上とポンプ室のあたりは反戦生徒のたまり場だった。
割れたヘルメットや立て看板やらペンキの缶やら、壁には「造反有理!」とか「安保反対!」とか「米帝粉砕!」書きたくってあった。
お茶を一口あおると、人の気配。
離れたベンチに自分より一回り半は年上、ひょっとしたら百に近いのかもしれないお爺さん。歩くのもやっとなんだろう、老婆が使うような手押し車のアームに顎を載せて眠ったように目を閉じている。
全然気配がしなかった……まあ、こっちもポンコツだし、お互いの静謐を尊重しよう。
上半分が覗いている体育館は二代目で、その前は平屋の体育館。記憶と重ねて見ると、ここからなら屋根が見える程度か。
入学式、卒業式、文化祭や新入生歓迎会、生徒会選挙の立会演説会……校長をつるし上げた大衆団交も、あそこでやったんだ。芸術鑑賞で劇団を呼んだ時、体育館の舞台は張り出しが付けられて倍ほどに広くなり、持ち込まれた照明や音響の機材で劇場のようになった。
体育館の前には銀杏木が佇立していて、銀杏の実を拾い集め、みんなで食ったこともあった。臭いがすごくて、困っていると、家庭科のF先生が助けてくれた。日ごろは国防婦人会と揶揄されていたF先生だったけど、頼りになるオバサンだと見直したっけ。
グラウンドの端の当たりに覗いているのは、創立以来の楡の木だ。
あの木の下で告白すると、将来結ばれるという伝説があった。
告白した相手には三日後のは袖にされたがなあ……まあ、おかげで、亡くなったカミさんと出会うことができたんだが。
苦笑して、お茶の残りを飲み干す。
すると、また、お爺さんが視界に入って……いや、お婆さんだった(^_^;)
歳をとると性別なんかほとんど意味がない。
サワサワサワ……サワサワサ……サワサワサ……
また楠が戦ぐ。
どうも、無用の事ばかり思い出してしまう。
明日からは……どうしようかぁ。
非常勤講師という最後の肩書も取れて、社会的には70歳の無職老人。
独立した息子は、この正月にも帰ってこななかった。
まあ、所帯を持ったら自分たちのことで精いっぱい。頼りの無いのは元気な証拠。人生の先達としては喜んでやるべきだろうなぁ。
ザワザワザワ
楠が戦ぐ、今までよりも強く。
真上の楠だけでなく、公園全ての木々が嵐の前触れのように戦ぎだした。
春一番か?
それにしては、学校の銀杏木や楡は手抜きアニメの停め絵のようだ。
局所的春一番?
ビル風か?
風の谷のナウいシカ。
授業でカマしたら、ジト目で笑われそうなダジャレが浮かぶ。
そして異変が起こった。
お婆さんが立ち上がったかと思うと、ぐっと背筋が伸び始め、白髪がグレーに、そして、息をのむうちに緑の黒髪に……身の丈、体つきも変じ、頬にも唇にも朱がさして、身に着けたものは、額田王(ぬかだのおおきみ)か卑弥呼かというような古代衣装に変じた。
「ようやく……ようやく……通じる者に巡り合えました……」
古代衣装が口をきいた。
☆彡 主な登場人物
中村一郎 71歳の老教師
原田光子 中村の教え子で、定年前の校長
末吉大輔 二代目学食のオヤジ
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説


もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

回帰した貴公子はやり直し人生で勇者に覚醒する
真義あさひ
ファンタジー
名門貴族家に生まれながらも、妾の子として虐げられ、優秀な兄の下僕扱いだった貴公子ケイは正妻の陰謀によりすべてを奪われ追放されて、貴族からスラム街の最下層まで落ちぶれてしまう。
絶望と貧しさの中で母と共に海に捨てられた彼は、死の寸前、海の底で出会った謎のサラマンダーの魔法により過去へと回帰する。
回帰の目的は二つ。
一つ、母を二度と惨めに死なせない。
二つ、海の底で発現させた勇者の力を覚醒させ、サラマンダーの望む海底神殿の浄化を行うこと。
回帰魔法を使って時を巻き戻したサラマンダー・ピアディを相棒として、今度こそ、不幸の連鎖を断ち切るために──
そして母を救い、今度こそ自分自身の人生を生きるために、ケイは人生をやり直す。
第一部、完結まで予約投稿済み
76000万字ぐらい
꒰( ˙𐃷˙ )꒱ ワレダイカツヤクナノダ~♪
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる