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212『仏蘭西波止場・2』
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魔法少女マヂカ
212『仏蘭西波止場・2』語り手:マヂカ
震災で半壊してしまったビルの中は真っ暗で、侵入者の正体はすぐには分からない。
ブリンダも同じで、デスクの陰から窺っている横顔は微動だにしない。
わたしと同様に小さく呼吸はしている。
その呼吸は、侵入者のそれと同調させている。数回同調させると、自然に拍動までシンクロしてくる。
単に身を潜めるだけなら、体表面の体温を身を隠している壁やデスクと同じにする。そこまでシンクロさせると、相手が悪魔でも、短時間なら見破られない。
見破られはしないが、とっさに攻撃を掛けることになると体温を下げていては瞬発力が下がって、打撃にしろ魔法攻撃にしろ威力が七掛けほどに落ちてしまう。
まして、今は敵の上陸を間近に控えている。ここで戦闘になっては、上陸してくる敵に気付かれてしまう。
ここは、波止場に面したビルの最上階だ。居場所を知られてしまったら、敵の集中攻撃を受けてしまう。
ジリ ジリ ジリ……
そいつが近づいて来て、とうとう曙光が差し始めた窓際にまで迫ってきた。
新畑!?
そいつは、霧子を震災直後の世界に連れ出して惑わせている正体不明の新畑青年だ。
最初はインバネスの釣鐘マント、二度目は漆黒の兵科章を付けた憲兵大尉、そして、今度は……白の上着に黄色い袖章、これは船長? と、思いきや、杉綾格子の探偵のようなスーツ、着流しに兵児帯、素足には雪駄という任侠の男。手に白鞘のドスが現れたと思ったら、ヨレヨレハンチングに口髭の革命家。ルパシカにブーツ、亡命ロシア貴族?
とにかく、目まぐるしく外見が変わっていく。
ブリンダが窓を見ろと目だけで示してくる。
あ?
曙光に紛れて分かりにくいが、窓の外がイルミネーションのようにチラチラと色を変えていく。
新畑が窓外に気を取られているのを確かめ、少しだけ身を起こして波止場の様子を窺ってみる。
これは!?
危うく、呼吸の同期を忘れるところだ。
新畑の扮装の変化と同期して、波止場の沖合に、次々と艦船が現れる。
その艦船は、まだ実体化しきれておらず、輝きを増してきた朝日を透き通らせている。
伝馬船やタグボートが、その存在に気付かずに突き抜けて進んで行く。
—— こいつが呼び寄せている! ——
確信を持つと同時に、新畑はゲームのキャラクリがバグったように姿を変えながら窓から飛び出していった。
「やつを停めるぞ!」
ブリンダが叫んだ時には、わたしも窓から飛び出した。
「新畑!」
「そいつらを呼ぶのを止めろ!」
新畑は、海軍陸戦隊の姿で変態を止めて振り返った。
「やあ、君たちでしたか」
「こいつらを呼んでいるのは、あなただろう」
「それは違う」
「革命の波は世界的なムーブメントなんだよ。それは、わたしごとき若輩の潮招きで寄せられるようなものではない」
「現に、おまえの変態に合わせて、船の数が増えているではないか」
「革命をスペイン風邪のように言わないでくれたまえ。僕は、狭い意味で革命と言っているんじゃない。欧州大戦が終わった今日、世界は真の大革命を成し遂げようとしているんだよ。今次の震災によって形而下の文物の中枢が破壊された。形而下の諸々は震災を機として破却されればいい。これからは、政治、経済、文学、化学、軍事などの形而上の革命が起こるんだよ。ロシアに起こった浅薄な革命の云いではない。僕は、真なる革命を世界の同志とともに成し遂げる。そのために、この横浜に革命の風穴を開けるんだよ。その、蟻の一穴のごとき風穴を穿つことが僕の役目だ。もう、沖には世界革命の大船隊が迫ってきている」
「妄想だ」
「よく見なさいよ、船に乗っているのは、そんな上等なものじゃないわ」
「世界中から集まった妖どもだぞ」
「なにごとも、原初のそれは雑多で猥雑な妖のようなものだよ。時の流れの中で淘汰され洗練されて、やがて本物になる。どうだろう、日本に招くには、僕の力だけでは及ばないところがある。手伝ってもらえないだろうか?」
「手伝えだと?」
「ああ、自分の事はよく分かっている。風穴を開けることは僕にもできるが、それを日本中に根付かせるには力不足でね。いわば、エンジン出力の足りない飛行機のようなものだ、高く、速く飛ぶにはエンジンの出力を上げなければならない。オクタン価の高いガソリンも必要だ。この女のようにね……」
新畑は、自分の胸に手を突っ込むと光の球のようなものを取り出した。
「それは!?」
「貴様!」
魔法少女の目には明らかだ。
それは、高坂霧子のソウルだ。目を凝らせば、まだ取り込まれきってはいない霧子の顔(かんばせ)が偲ばれる。
「霧子を返せ!」
「返さなければ、おまえを殺すぞ!」
「僕を殺す? そんなことを言っていいのかなあ」
「なんだって……」
「僕は、西郷さんに張り紙をしたんだよ……うしろを見てごらん」
「!?」
「しまった!」
振り返った波止場には、帝都全域の妖どもが集合を終えようとしていた……。
※ 主な登場人物
渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
春日 高坂家のメイド長
田中 高坂家の執事長
虎沢クマ 霧子お付きのメイド
松本 高坂家の運転手
新畑 インバネスの男
212『仏蘭西波止場・2』語り手:マヂカ
震災で半壊してしまったビルの中は真っ暗で、侵入者の正体はすぐには分からない。
ブリンダも同じで、デスクの陰から窺っている横顔は微動だにしない。
わたしと同様に小さく呼吸はしている。
その呼吸は、侵入者のそれと同調させている。数回同調させると、自然に拍動までシンクロしてくる。
単に身を潜めるだけなら、体表面の体温を身を隠している壁やデスクと同じにする。そこまでシンクロさせると、相手が悪魔でも、短時間なら見破られない。
見破られはしないが、とっさに攻撃を掛けることになると体温を下げていては瞬発力が下がって、打撃にしろ魔法攻撃にしろ威力が七掛けほどに落ちてしまう。
まして、今は敵の上陸を間近に控えている。ここで戦闘になっては、上陸してくる敵に気付かれてしまう。
ここは、波止場に面したビルの最上階だ。居場所を知られてしまったら、敵の集中攻撃を受けてしまう。
ジリ ジリ ジリ……
そいつが近づいて来て、とうとう曙光が差し始めた窓際にまで迫ってきた。
新畑!?
そいつは、霧子を震災直後の世界に連れ出して惑わせている正体不明の新畑青年だ。
最初はインバネスの釣鐘マント、二度目は漆黒の兵科章を付けた憲兵大尉、そして、今度は……白の上着に黄色い袖章、これは船長? と、思いきや、杉綾格子の探偵のようなスーツ、着流しに兵児帯、素足には雪駄という任侠の男。手に白鞘のドスが現れたと思ったら、ヨレヨレハンチングに口髭の革命家。ルパシカにブーツ、亡命ロシア貴族?
とにかく、目まぐるしく外見が変わっていく。
ブリンダが窓を見ろと目だけで示してくる。
あ?
曙光に紛れて分かりにくいが、窓の外がイルミネーションのようにチラチラと色を変えていく。
新畑が窓外に気を取られているのを確かめ、少しだけ身を起こして波止場の様子を窺ってみる。
これは!?
危うく、呼吸の同期を忘れるところだ。
新畑の扮装の変化と同期して、波止場の沖合に、次々と艦船が現れる。
その艦船は、まだ実体化しきれておらず、輝きを増してきた朝日を透き通らせている。
伝馬船やタグボートが、その存在に気付かずに突き抜けて進んで行く。
—— こいつが呼び寄せている! ——
確信を持つと同時に、新畑はゲームのキャラクリがバグったように姿を変えながら窓から飛び出していった。
「やつを停めるぞ!」
ブリンダが叫んだ時には、わたしも窓から飛び出した。
「新畑!」
「そいつらを呼ぶのを止めろ!」
新畑は、海軍陸戦隊の姿で変態を止めて振り返った。
「やあ、君たちでしたか」
「こいつらを呼んでいるのは、あなただろう」
「それは違う」
「革命の波は世界的なムーブメントなんだよ。それは、わたしごとき若輩の潮招きで寄せられるようなものではない」
「現に、おまえの変態に合わせて、船の数が増えているではないか」
「革命をスペイン風邪のように言わないでくれたまえ。僕は、狭い意味で革命と言っているんじゃない。欧州大戦が終わった今日、世界は真の大革命を成し遂げようとしているんだよ。今次の震災によって形而下の文物の中枢が破壊された。形而下の諸々は震災を機として破却されればいい。これからは、政治、経済、文学、化学、軍事などの形而上の革命が起こるんだよ。ロシアに起こった浅薄な革命の云いではない。僕は、真なる革命を世界の同志とともに成し遂げる。そのために、この横浜に革命の風穴を開けるんだよ。その、蟻の一穴のごとき風穴を穿つことが僕の役目だ。もう、沖には世界革命の大船隊が迫ってきている」
「妄想だ」
「よく見なさいよ、船に乗っているのは、そんな上等なものじゃないわ」
「世界中から集まった妖どもだぞ」
「なにごとも、原初のそれは雑多で猥雑な妖のようなものだよ。時の流れの中で淘汰され洗練されて、やがて本物になる。どうだろう、日本に招くには、僕の力だけでは及ばないところがある。手伝ってもらえないだろうか?」
「手伝えだと?」
「ああ、自分の事はよく分かっている。風穴を開けることは僕にもできるが、それを日本中に根付かせるには力不足でね。いわば、エンジン出力の足りない飛行機のようなものだ、高く、速く飛ぶにはエンジンの出力を上げなければならない。オクタン価の高いガソリンも必要だ。この女のようにね……」
新畑は、自分の胸に手を突っ込むと光の球のようなものを取り出した。
「それは!?」
「貴様!」
魔法少女の目には明らかだ。
それは、高坂霧子のソウルだ。目を凝らせば、まだ取り込まれきってはいない霧子の顔(かんばせ)が偲ばれる。
「霧子を返せ!」
「返さなければ、おまえを殺すぞ!」
「僕を殺す? そんなことを言っていいのかなあ」
「なんだって……」
「僕は、西郷さんに張り紙をしたんだよ……うしろを見てごらん」
「!?」
「しまった!」
振り返った波止場には、帝都全域の妖どもが集合を終えようとしていた……。
※ 主な登場人物
渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
春日 高坂家のメイド長
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