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063『舞鶴沖』

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魔法少女マヂカ

063『舞鶴沖』語り手:マヂカ  

 

 
 空港からバスと電車を乗り継いで、舞鶴まで二駅と言うところで気配が濃厚になってきた。

 手負いの魔法少女、石見礼子だ。

 
 罠かもしれない。

 
 思ったが口にはしなかった。ブリンダも同様で、むっつり黙ったまま港を目指して歩いている。

 横須賀では亜世界とでも言うべき時空の狭間で戦った。戦場になったS女学院は亜世界に顕現した幻影だったが、この舞鶴においても亜世界で行われるとは限らない。現に、リアル世界の護衛艦と空母は被害を受けているのだ。

――リアルで戦いになったら、海に誘い出そう――

 舞鶴は北に向かって海が広がっている、左右から追い立てるようにすれば海に逃げざるを得ない。問題はウジャウジャと数だけ多い眷属どもだが、今のところ礼子以外の気配は無い。

 角を曲がると交差点、それを渡れば赤レンガ倉庫街……。

 居た。

 礼子は、横断歩道の向こう側で、まるで――待っていたわよ――というような微笑みを浮かべて立っていた。

「クソ」

 逸ったブリンダが歩みを進めようとすると――赤信号よ――口の形で言って、頭上の信号を指さした。

 横須賀の時と違って、ロシア娘という姿だ。

 ナリこそは、ジーパンに白のカットソーというありきたりなのだが、露出している肌は抜けるように白く、サラサラのプラチナブロンドに見え隠れする瞳は青みを帯びた灰色、それが濃密にロシアのオーラを放ってるのだ。

 舞鶴はロシア人も珍しくない、擬態としてもおかしくは無い。

 いや、擬態ではあるのだろう、奴の両腕はブリンダといっしょに切り落としてやったものね。

 
 信号が青に変わった。

 
 え?

 青信号が、礼子の瞳と重なった。いや、はっきりと礼子の瞳だ。

 呑み込まれる……横断歩道に足を踏み入れた途端に、礼子の世界に引きずり込まれそうになる。

 足元にパルス地雷でも仕込まれていたら無事では済まない!


 ズドドドドーーーン! ズガガガン! ズドドドン! ズッキューーーン!


 両翼から弾が飛んできた! 

 山ほどの水柱が巨大なキノコのように何十本も立ち上がり、数万本の光るアイスキャンディーが交錯する。

 くそ、フェイクだったか!!

 互いを蹴飛ばすようにして散開、並んで立っていては格好の的になるだけだ。

 魔法少女達は、手に手に得物を持って追随してくる。速度的にわたしたちを凌駕する者はいないが、数が多い上に先手を取られている。一人から逃れると三人が待ち受けているという具合で、めちゃくちゃ不利だ!

 死中に活を求める! 肉を切らせて骨を切る! 陳腐な慣用句が浮かんでくる。司令が言ったのなら鼻で笑ってやるが、この状況では笑えない。

 トリャーーーーーーーー!!

 差し違える覚悟で目前の魔法少女に突っ込む。

 敵の放ったパルス弾が数百の単位で身を掠める、数十発は身を削っていくだろう。

 怪我は仕方ないかも、しかし、先週買ったばかりのワンピがダメになるのが悔しい。手負いの礼子を見届けるだけ、罠かもしれないという思いはあったが、どこかでタカをくくっていた。

 セイ!

 眷属の魔法少女を蹴飛ばして、その勢いで礼子にアタック!

 ビュン!

 礼子は、両手で構えたパルスブレイドを振りかぶった。からくも直撃はかわしたが、その風圧で数十メートル波の上を吹き飛ばされた! しまった、機雷原に誘導された!

 ドガドガドガドガガガガガガガーーーーーーーーン!

 立て続けの弾着と炸裂! 一歩踏み出して避けるが、無事では済まない……。


 しかし、踏み出した足は横断歩道の白いゼブラを踏むことも、機雷を炸裂させることもなかった。

 
 そこは、穏やかな海の上だ。

 
 後ろに見えるのは舞鶴の山並みだぞ。ブリンダが状況を把握する。

「せめて幻でも勝てたらとね……」

 優しいまなざしで礼子が手を広げる。お互いに、波の上三十センチくらいの高さに居るようだ。

 まるでVRの世界のようだが、波のうねりに合わせて体が上下している。亜世界か? 異世界か? 次元の狭間か?

「リアルの舞鶴沖よ。でも、もうリアルに戦う力は、わたしには無い」

「……なにをしようと言うの?」

「114年前、オリヨールが、ここまで来た時にユーンク艦長は事切れて水葬にされたの」

「そうか、海戦の後、拿捕されて舞鶴に回航されたのよね」

「戦艦石見は横須賀でおしまい、オリヨールとしても、ここでおしまいにする。幻影でもあなたたちにトドメをさせなかったしね……ロシア艦隊の船霊(ふなだま)は安息を求めているの……むろん、魔法少女に変化(へんげ)して、最後まで戦いを挑む者も多いと思うけど、それを忘れずにいて欲しいから……立ち会ってもらったの……わざわざ、ありがとう」

 礼子……いや、オリヨールが微笑むと、彼女の背後に白い夏の軍服を着た艦長が現れ、やさしくオリヨールの肩に手を添えたかと思うと、二人そろって海に沈んでいった。

 気が付くと、横断歩道を渡り切ったところに立っていた。

 舞鶴の街は、穏やかに暮れなずもうとしていた。

 
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