上 下
56 / 301

056『味噌煮込みのレシピ』

しおりを挟む
魔法少女マヂカ

056『味噌煮込みのレシピ』語り手:安倍清美  

 

 
 ロビーに入ると、さすがにたじろぐ調理研のメンバー。

 
 間接照明だけの空間は紫色に統一され、壁面の三十余りのパネルには意匠を凝らした個室の写真がベッドを中心に照らし出されている。

 個室は『家光』『家綱』『家茂』など、歴代の徳川将軍の名前や『田安』『一橋』とかの徳川の分家や所縁のある名前が付けられている。三人は、名前の由来よりも、酷暑のランニングの末に飛び込んだところが、こういうホテルであることに頬を染めている。

「だれか来る」

 ひとり息も乱さずに泰然としている真智香が廊下の隅を指さした。作務衣姿のオバサンが手招きしている。

「ご宗家さまからうかがっております、こちらへ」

「お世話になります」

 引率責任者なので挨拶を返す、オバサンは伏し目がちに微笑んで、ちょうど着いたばかりのエレベーターのドアをキープしてくれる。

 六人が乗るとギューギューのエレベータ。みんな息を潜めているのが面白い。

 三階で降りて奥の部屋を目指す。真智香が「フェイント」と呟くが、気づいたのはわたしだけのようだ。なにがフェイントなんだ?

「こちらです」

 通されたのは『家斉』という部屋だ。

 家斉……十一代だったかな。

――そう、家康、慶喜と並ぶ長命で、五十三人も子どもを作った絶倫公方様――真智香が想念で教えてくれる。

――それに、ここは地下一階。三階の表記はフェイントよ――

「家斉さまにあやかって、ひところは人気の部屋でしたが、近頃では、かえって敬遠されまして、今は、もっぱら祖父の道楽部屋になって……あ、もう出来あがっているようです」

「みんな汗みずくなんで、シャワーとか使えるとありがたいんですけど」

「でしたら、こちらに。五名様なら、なんとか一度に使っていただけます」

 えと……ガラス張りのお風呂なんですけど。

「だいじょうぶです、こうすれば……」

 オバサンの操作で、一面のガラスは市松模様に変わった。

「じゃ、みんな一風呂いただこう」

「「「「はーーい」」」」

 シャワーを終えると、部屋の奥からお味噌系の美味しそうな匂いが漂ってきた。

「ちょうど、出来あがったところです。いま、お席を用意させますから」

 同じ作務衣の爺さんが、奥の部屋から半身を覗かせてオバサンに指示する。オバサンがパッドを操作するとダブルベッドが畳まれて、テーブルと八人分の腰掛がリフトアップされてきた。

「うちのご先祖は、公方様の賄い方をやっておりましたが、五代様の密命で不老不死や強壮薬の工夫をすることになりました。代々工夫を重ねて、ご維新で扶持を離れましてからは、五代様ご墓所近くの鶯谷で、このような宿を生業にいたしております。レシピは、後ほど先生にお伝えいたしますが、まずは、おいしいうちにお上がりください」

 おいしそう!

 配膳されたのは、味噌煮込みのつみれ鍋のようなものだ。またしても真智香がほくそ笑んでいる。魔法少女には味噌煮込みの正体が分かっているのだろう。あとで聞いてみよう。

 熱いのをものともせずにいただく。口に含んだところで赤だし味噌系だと思ったが、あまりのおいしさに、聞くのはあとまわし。

「権現様以来の三州の八丁味噌を使っております……」

 なるほど、色の割には味噌のくどさが無い。八丁味噌は家康公以来の徳川の定番だ。

「つみれの種は……」

 爺さんが語ろうとすると、オバサンがやんわりと静止。

「いまは、味わうことに専念なさってください(^▽^)/」

 お代わりしているうちに、聞くことも忘れてしまった。

 
 帰りは、一駅だけど鶯谷から山手線に乗る。

 
 車内で、もらったレシピを広げてみる。

 八丁味噌以外に、練馬大根と人参とネギが分かったが、肝心のつみれの材料は龍とか虎とかの字が混じっていて素人には分からない。

「真智香、これは、なんの肉なんだろうね?」

「あ、いろんなものの肉。必要なら揃えるけど、みんなには内緒にしておいた方がいいかも」

「え、そなの……?」

「ほら、先生、夕日がきれいよ」

 ビル群の向こう、上野動物園と皇居のあたりに夕日が沈んでくところだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

処理中です...