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64『映画化決定 二本の桜』

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真夏ダイアリー

64『映画化決定 二本の桜』    



 わたしは、タイムリープによる事件解決のむつかしさを痛感した……。

 スポミチの記者には気の毒だったけど、あんなスクープをやるほうもやるほう。もうほったらかすことにした。
 
 でも、一抹の不安が頭をよぎった。

 あの戦争のことは、どうなるんだろう。いままで、いろんなことが試された。わたしも、リープして、日本の最後通牒が間に合うようにして、そのための証拠をいくつも残してきた。でも、やっぱり、真珠湾攻撃は日本のスネークアッタック(だまし討ち)ということにされ、証人のジョージは口封じに消されてしまった。

 省吾が、死を決して、ニューヨークに原爆を落とすというフライングゲットをやろうとしたが、これは、ジェシカが時空の狭間に行方不明になるという結果を生み出しただけ……おかげで、省吾は一気に老けてしまい(彼のタイムリープの能力は、2022年に遡ることが限界で、それ以上過去にリープすると、ひずみで老化が進行する)もう、高校生として、この2022年には戻れなくなってしまった……残ったのは、未来人である省吾への気持ちが、友情というレベルではなかったという、愛しく、悲しい自覚だけ。


 リアルな現実では、嬉しい展開があった。


《二本の桜》が発表以来、ヒットチャートを駆け上り、三週連続のオリコン一位。卒業式に、この歌を歌うことに決めましたという学校が続出。山畑洋二監督が、このプロモーションビデオを観て「映画化させて欲しい」という申し出まで。詳しく言うと、それまで、山畑監督の中にあった「東京大空襲」にまつわるストーリーが、この曲にぴったり。山畑監督は、光会長の古い友だちでもあり、会長は苦笑いしながらOKを出した。

「山畑、どうして、あの曲からインスピレーションなんか受けたんだよ」
「あのプロモには、お前の思いを超えたメッセージがあるよ。仁和さんの監修も見事だった」
「あれって、ただの感傷なんだけどなあ……」
「これからは、映画のイメージで歌ってもらえるとありがたいんだけどな」
「乗りかかった舟だ。オーイ、黒羽、ちょっと山畑と相談ぶってくれよ」

 黒羽ディレクターが呼ばれ、歌の振りと演出に手が加えられることになった。

「そのかわり、うちの子達も出してやってくれよ。むろん、ちゃんとオーディションやった上でいいから」

 その日のうちに、簡単な振りの変更が行われた。衣装も、それまでの、桜のイメージのものから、ひざ丈のセーラー服に替わった。

「いやあ、懐かしいわ。それって、あたしたちが女学生だったころの制服じゃない!」

 そう言って、そのオバアチャンは、光会長の肩を叩いた。

「別に、オフクロ喜ばせるためにやったんじゃねえんだから」
「素直じゃないね光は、死んだお父さんに似てきたね」
「よせやい!」

 光会長のお母さんは、メンバー全員の制服の着こなし、お下げや、オカッパというショートヘアの形まで口を出し、メイクやスタイリストさんを困らせた。

「まあ、好きなようにやらせてやって。後先短いバアサンだから」
「なんか言ったかい!?」
「いや、なんにも……」

 会長親子の会話にメンバーのみんなが笑った。気がついたら、楽屋の隅で仁和さんと会長のお母さんが、仲良くお茶をすすっていた。


《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう…… 
 
 
 イメチェンの《二本の桜》は、若い人には新鮮に、年輩の方達からは、懐かしさだけじゃなく「力をもらった」というようなコメントが寄せられ、イメチェンの二日後には売り上げを5万枚も増やした。

 それは、習慣歌謡曲の収録のときだった。

 仁和さんが、スタジオの隅に目をやって呟いた。

「あら、あの子たちが見に来てる」
「あの子たちって?」
「プロモ撮ったときに出てきた、乃木坂女学校の子たち」
「え……幽霊さん!?」
「これは、もうお供養だわね。しっかりお勤めしてらっしゃい!」

 仁和さんに背中を押され、程よい緊張感で歌うことができた……。
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