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60『あいつのいない世界』
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真夏ダイアリー
60『あいつのいない世界』
ショックだった。
学校に行ったら、省吾がいなかった。早く来ていた玉男に聞いてみた。
「省吾は?」
「え……だれ、それ?」
わたしは、あわてて省吾の席をチェックした。机の中にオキッパにしている教科書を見て、息が止まった。
井上孝之助という名前が書いてあった……。
教卓の上の座席表もチェック……省吾の席は「井上」になっており、座席表のどこを見ても省吾の苗字である「春夏秋冬(ひととせ)」は無かった。
「どうかした?」
玉男が、ドギマギしながら声を掛けてきた。
「ううん、なんでも」
友だち同士でも、これは聞いちゃいけないような気がしてきた。
「な、なにかお手伝いできることがあったら言ってね」
「うん、その時は。友だちだもんね」
そう返事して、下足室に行ってみた。
やはり、そこは「井上」に変わっていた。諦めきれずに、学年全部の下足ロッカーを見て回ったが、あの一目で分かる「春夏秋冬」の四文字はなかった。
そのうち視線を感じた。
必死な顔で、下足のロッカーを見て回っているわたしが異様に見えるようで、チラホラ登校し始めた生徒達が変な目で見ている。
――真夏、なにかあったのかな――
――アイドルだから、いろいろあるんじゃない――
そんな声が、ヒソヒソと聞こえた。
そうだ、わたしはアイドルグループのAKRの一員なんだ……そう思って、平静を装って教室に戻った。
玉男からも、変な視線を感じた。友だちなんだから、言いたいことがあれば直接言えばいいのに。そう思っていると、後ろの穂波がコソっと言った。
「真夏、玉男に『友だち』だって言ったの?」
「え……うん」
「どうして、あんな変わり者に……本気にしちゃってるわよ」
――まさか!?
悪い予感がして、C組に行ってみた。
「うららちゃん、誰かと付き合ってる?」
由香(中学からの友だち)は妙な顔をした。
「真夏、うららのこと知ってんの?」
「え……なんでもない。人違い」
「気をつけなさいよ。下足でも、あんた変だったって。アイドルなんだから、なに書かれるか分からないわよ」
「う、うん、ありがとう。ちょっと寝不足でボケてんの」
その日は、自分から人に声をかけることは、ひかえた。どうも省吾は、この乃木坂高校には進学していないことになっているようだった。そして、もう一つ悪い予感がしたけど、怖くて、共通の友だちである由香にも聞けなかった。
放課後、省吾の家に行ってみた。用心してニット帽にマフラーを口のあたりまで上げておいた。
で、もう一つの悪い予感が当たった。
省吾の家があった場所には似ても似つかぬ家があった。むろん表札も違う。
省吾は、この世界では、存在していない……。
気がつくと、公園のベンチに座って泣いていた。わたしは、自分の中で、省吾の存在がどんなに大きかったか、初めて気づいた。
中学からいっしょだったけど、こんな気持ちになったのは初めてだ。どこか心の底で分かっていたのかもしれない。あいつは未来人で、どうにもならない距離があることを。でも、でも……。
「好いていてくれたんだね、省吾のことを」
後ろのベンチから声がした。
「……(省吾の)お父さん!?」
「振り向かないで……今朝の下足室のことを動画サイトに投稿しようとした奴がいるけど、アップロ-ドする前にデータごと消去しときました。省吾は、もう高校生で通用するような年齢ではなくなってしまったので、この世界には存在しないことにしました」
「もう会えないんですか……」
「高校生の省吾にはね……でも、いつか、あいつの力になってもらわなきゃならなければならない時が来る。その時は、また力になってやってください。今度は、あんな無茶はしないはずです。それまで、真夏さんは、ここで、アイドルとして夢を紡いでいてください」
「お父さん……」
「じゃ、わたしは、これで」
立ち上がる気配がしたので、わたしは振り返った……そこには九十歳ほどの、白髪になり、腰の曲がった老人の後ろ姿があった。
「わたしも、省吾のタイムリープのジャンプ台になっているんで影響がね……じゃあ」
後ろ姿はモザイクになり、数秒で消えてしまった……。
60『あいつのいない世界』
ショックだった。
学校に行ったら、省吾がいなかった。早く来ていた玉男に聞いてみた。
「省吾は?」
「え……だれ、それ?」
わたしは、あわてて省吾の席をチェックした。机の中にオキッパにしている教科書を見て、息が止まった。
井上孝之助という名前が書いてあった……。
教卓の上の座席表もチェック……省吾の席は「井上」になっており、座席表のどこを見ても省吾の苗字である「春夏秋冬(ひととせ)」は無かった。
「どうかした?」
玉男が、ドギマギしながら声を掛けてきた。
「ううん、なんでも」
友だち同士でも、これは聞いちゃいけないような気がしてきた。
「な、なにかお手伝いできることがあったら言ってね」
「うん、その時は。友だちだもんね」
そう返事して、下足室に行ってみた。
やはり、そこは「井上」に変わっていた。諦めきれずに、学年全部の下足ロッカーを見て回ったが、あの一目で分かる「春夏秋冬」の四文字はなかった。
そのうち視線を感じた。
必死な顔で、下足のロッカーを見て回っているわたしが異様に見えるようで、チラホラ登校し始めた生徒達が変な目で見ている。
――真夏、なにかあったのかな――
――アイドルだから、いろいろあるんじゃない――
そんな声が、ヒソヒソと聞こえた。
そうだ、わたしはアイドルグループのAKRの一員なんだ……そう思って、平静を装って教室に戻った。
玉男からも、変な視線を感じた。友だちなんだから、言いたいことがあれば直接言えばいいのに。そう思っていると、後ろの穂波がコソっと言った。
「真夏、玉男に『友だち』だって言ったの?」
「え……うん」
「どうして、あんな変わり者に……本気にしちゃってるわよ」
――まさか!?
悪い予感がして、C組に行ってみた。
「うららちゃん、誰かと付き合ってる?」
由香(中学からの友だち)は妙な顔をした。
「真夏、うららのこと知ってんの?」
「え……なんでもない。人違い」
「気をつけなさいよ。下足でも、あんた変だったって。アイドルなんだから、なに書かれるか分からないわよ」
「う、うん、ありがとう。ちょっと寝不足でボケてんの」
その日は、自分から人に声をかけることは、ひかえた。どうも省吾は、この乃木坂高校には進学していないことになっているようだった。そして、もう一つ悪い予感がしたけど、怖くて、共通の友だちである由香にも聞けなかった。
放課後、省吾の家に行ってみた。用心してニット帽にマフラーを口のあたりまで上げておいた。
で、もう一つの悪い予感が当たった。
省吾の家があった場所には似ても似つかぬ家があった。むろん表札も違う。
省吾は、この世界では、存在していない……。
気がつくと、公園のベンチに座って泣いていた。わたしは、自分の中で、省吾の存在がどんなに大きかったか、初めて気づいた。
中学からいっしょだったけど、こんな気持ちになったのは初めてだ。どこか心の底で分かっていたのかもしれない。あいつは未来人で、どうにもならない距離があることを。でも、でも……。
「好いていてくれたんだね、省吾のことを」
後ろのベンチから声がした。
「……(省吾の)お父さん!?」
「振り向かないで……今朝の下足室のことを動画サイトに投稿しようとした奴がいるけど、アップロ-ドする前にデータごと消去しときました。省吾は、もう高校生で通用するような年齢ではなくなってしまったので、この世界には存在しないことにしました」
「もう会えないんですか……」
「高校生の省吾にはね……でも、いつか、あいつの力になってもらわなきゃならなければならない時が来る。その時は、また力になってやってください。今度は、あんな無茶はしないはずです。それまで、真夏さんは、ここで、アイドルとして夢を紡いでいてください」
「お父さん……」
「じゃ、わたしは、これで」
立ち上がる気配がしたので、わたしは振り返った……そこには九十歳ほどの、白髪になり、腰の曲がった老人の後ろ姿があった。
「わたしも、省吾のタイムリープのジャンプ台になっているんで影響がね……じゃあ」
後ろ姿はモザイクになり、数秒で消えてしまった……。
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