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54『二人のミリー』

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真夏ダイアリー

54『二人のミリー』    



「誰よ……!?」

 本物がスゴミのある笑顔で詰問した。瞬間の動揺、やつはテレポしてしまった……。

 わたしは一瞬、省吾のあとを追ってテレポートしようと思った。
 しかし、同時にジェシカが壁に掛けてあるライフルを持って銃口を向けてきた。

 選択肢は二つだ。ジェシカと本物のミリーの心臓を止めてしまうこと。これなら秘密を知る人間はいなくなる。でも、あまりにも残酷だ。

 もう一つは、本当のことを話して二人を味方にしてしまうこと。
 テレポ-トして、この場から逃げる手もあったけど、ジェシカの銃の腕から、無事にテレポートできる確率は1/4ほどでしかない。わたしは両手を挙げて、第二の選択肢を選んだ。

「分かった、わけを話すから、銃を降ろしてくれない」
「だめ、わけが分かるまでは、油断できない……」 

 そう言いながら、ジェシカは、わたしの背後に回った。

「あなた、いったい誰? わたしには双子の姉妹なんかいないわよ」
「わたしは、未来から来たの。この戦争を終わらせるために」
「ウソよ、そんなオーソン・ウェルズの『宇宙戦争』じゃあるまいし」
「じゃ、どうして、わたしはミリーにソックリなのかしら?」
「変装に決まってるじゃない。ハリウッドのテクニックなら、それぐらいのことはやるわよ」
「側まで来てよく見て」

 ミリーの足が半歩近づいた。

「だめよミリー、側に寄ったら何をするか分からないわよ!」

 少し考えてミリーは、サイドテーブルの上の双眼鏡を手にとって、わたしを眺めた。そして壁の鏡に写る自分の姿と見比べた。

「……信じられない。ソバカスの位置と数までいっしょ……ワンピースのギンガムチェックの柄の縫い合わせも同じ」
「よかったら、わたしの手のひらも見て。指紋もいっしょだから」
「……うそ……信じられない」

 ジェシカは、銃口でわたしの髪をすくい上げた。

「……小学校の時の傷も同じ」
「そう、トニーとミリーが、あんまり仲良くしてるもんだから、ジェシカ、石ころ投げたのよね」
「当てるつもりは無かった……それって、わたしとミリーだけの秘密。トニーだって知らないわよ!?」

 銃を持つミリーの手に力が入った。

「あ、興奮して引き金ひかないでね……で、分かってもらえた?」
「ミリーとそっくりだってことはね。ミリー、ハンカチを自分の手首に巻いて。区別がつかなくなる」

 ミリーが急いでハンカチを巻いた。ジェシカは、わたしのポケットから同じハンカチを取り上げた。

 ブロロロロロ

 窓の外でレシプロ飛行機の爆音がした。

 ジェット機の音に慣れたわたしには、ひどくノドカな音に聞こえたが、ガラス越しに見える小さな三機編隊はグラマンF4F。いまが、戦時なのだということが、改めて思い起こされた。

「この戦争で、アメリカは160万の兵隊を出して、40万人の戦死者を出すわ」
「四人に一人が……」
「ジェシカ、あなたのお兄さん……この夏にアナポリスを卒業するのよね」

 わたしは、ジェシカの兄の映像を映してやった。突然暖炉の上に現れたリアルタイムの兄の姿を見て、ジェシカもミリーもビックリしていた。この程度のことは体を動かさずにやれる。これをチャンスにテレポすることもできたが、わたしは二人の信頼を勝ち得ようと思った。

「ショーン……!」
「そして、これが三年後のショーン。海兵隊の中尉になってる。で……」

 わたしは、硫黄島の戦いの映像を出した。気持ちが入りすぎて、映像は3Dになってしまったが、その変化は、ジェシカもミリーも気づかない。


 ショ-ンは、中隊を率いて岩場を前進していた。突然、数発の銃声。スイッチが切れたように倒れ込むショーン。部下達がショーンを岩陰に運ぶ。ショ-ンは頭を打ち抜かれ即死していた。


「ショーン!」

「……どう、こんなバカげた戦争、止めようとは思わない?」
「これ……ほんとうに起こるの?」
「あなたたちには未来だけど、わたしには過去。なにもしなければ、40万人のアメリカの若者が死ぬ。ショーンも、その中の一人になる」
「トニーは。いったいなにを……?」
「いっしょよ。戦争を終わらせようとしている。ただ、やり方が乱暴なの。で、わたしは、それを止めさせるために来たの。急場のことで、ミリーのコピーをアバターにせざるを得なかったけど」

 わたしは、この時、まだ、わたしの本来の任務を理解していなかった。

 ただ戦争を止めさせ、未来を変えることだけだと思っていた。

 未来は、そんなに甘いものじゃなかった。
 むろん、前回のワシントンDCの件で分かっていたはずなんだけどね。

 それに気づくのには、まだ時間が必要だった……。
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