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50『指令第2号』

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真夏ダイアリー

50『指令第2号』    



 わたしには分かった。

 窓辺に寄った瞬間、省吾はタイムリープしたんだ。
 そして一年近く、向こうにいて、今帰ってきたところ。むろん本人に自覚はないけれど……。

 その夜、潤と二人でテレビの収録があった。

「ねえ、真夏。たまにはうちに遊びにおいでよ。お父さんも会いたがってるみたいだし」

 収録を終えた楽屋で、潤が気楽に言った。

「うん……でも、お母さんがね」
「いいじゃん、仕事で遅くなったって言えば。大丈夫、泊まっていけなんて言わないから」

 どうやら潤は、準備万端整えているようだった。お母さんに電話したら「あ、事務所の人からも電話あったから」と言っていた。

「うわー、ほんとにそっくりなんだ!」

 玄関を入るなり、潤のお母さんが叫んだ。おかげで、お父さんに再会する緊張感はふっとんでしまった。

「女の子は、父親に似るっていうけど、ここまでソックリだと、母親のわたしでも区別つかないわよ。ほんと真夏さん。よく来てくれたわね!」
「やだ、わたし潤だよ」
「あ、そかそか、アハハ、とにかく楽しいわよ。ま、手を洗って。食事にしましょう」

 わたしはパーカーを脱いで分かった、潤からもらったパーカーだった。

「そんなパーカー見てやしないわよ。お母さんのボケは天然だから」

 うちのお母さんも暗い方じゃないけど、ときどき言うジョークなんかシニカルだったりする。潤のお母さんは、ちょっとした面影はお母さんに似ていたけど、ラテン系の明るさだった。キッチンへお料理を取りに行く間にも、お父さんのハゲかかった頭を冷やかしながら、先日の大雪についてウンチク。足にまとわりつくトイプードルに「あんたにユキって名前付けたの間違いだったわね」とカマシ、壁の額縁の傾きを直しながら、ガラスに映った自分に「ナイス!」

 キッチンにお料理を取りに行くだけで、うちのお母さんの五倍くらいのカロリーは消費しているように思えた。

 お話を聞くと、学生のころイタリアに留学していて、そのときにイタリアのラテン的な騒がしさが身に付いた……と、本人はおっしゃっていた。

「あれは、留学から帰ってきてから撮った写真ですか?」

 向かいの壁にかかった、ご陽気なサンバのコスで、顔の下半分を口にして太陽のように笑っている写真に目を向けた。

「ああ、あれは、日本で地味だった頃のわたし」
「え……!?」

 あきれたわたしのマヌケ顔に、テーブルは大爆笑になった。

「ブログは、ちゃんと更新してる?」

 潤は、自分の部屋に入るなり、スリープのパソコンをたたき起こして言った。

「ううん、あんまし……ウワー、潤のブログって可愛いじゃん!」
「ベースは事務所の人に作ってもらったの。あとは、その日その日あったことテキトーに書いとくだけ」
「わたしも作ってもらおうかな……」
「そうしなよ、わたしなんか季節ごとに替えてもらってんの。あ、スクロールしたら、前のバージョンなんか分かるわよ」
「ふーん……なるほど」

 感心しながらスクロールしていると、急に潤がバグったように動かなくなった。

「潤……?」

 潤だけじゃなかった、エアコンの風にそよいでいたカーテンもモビールも止まっている。半開きのドアのところではトイプードルのユキが固まって……覗いたリビングでは、潤のお母さんも、お父さんもフリ-ズしていた。

 わたしは、予感がして、潤のパソコンに目を向けた。

――指令第2号――

 あの時といっしょだ。そこで意識が跳んだ……。

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