38 / 72
38『国務省前のドラマ』
しおりを挟む
真夏ダイアリー
38『国務省前のドラマ』
「いやあ、真夏君のお陰で、時間通りに渡すことができたよ」
野村大使は、国務省玄関の階段を降りながら、横顔のまま言った。
「ハル長官の慌てた顔ったら、なかったね」
来栖特別大使も後ろ手を組ながら、愉快そうに応じた。
「前を向いたまま聞いて下さい」
「……?」
怪訝な顔をしていたが、二人の大使は、話を聞く体勢になってくれた。
「あと、三十分で、真珠湾への攻撃が始まります」
「そんなに際どいタイムテーブルだったのかね!?」
「足を止めないでください、来栖大使」
「真夏君は知っていたんだね」
「はい、訓電をアメリカに渡すまでは、話せませんでした。アメリカは事前に知っていましたから、真珠湾への攻撃を、どうしても、日本のスネークアタック(だまし討ち)にしたかったんです」
三人は、国務省の前で、大使館の公用車が来るのを待った。
「それで、あの記念写真を撮ったんだね」
野村大使が、含み笑いをしながら言った。
「野村さん、周りにご注意を……」
来栖大使が、笑顔のまま注意した。
わたしたちの周囲は、不自然に立ち止まったままの男たちが、三十メートルほどの距離を置いて立っている。
やがて、公用車がやってきた。
「すみません、運転代わってもらえません。あなたには、わたしたちが乗ってきた車を運転していただきたいの」
「君……なんのために?」
「お国のために」
わたしは、なかば引きずり出すようにして、運転手を降ろして交代した。
「大使、衝撃に備えてください」
そう言うと、わたしはアクセルを一杯に踏み込み、少しハンドルを右に切った。
「真夏君、なにを……!?」
ドン!
次の瞬間、公用車は歩道の消火栓にぶつかり、壊れた消火栓から派手に水が吹き上がった。
プシューーーーーーーーー!
「大丈夫ですか?」
「ああ、しかし、なぜ、こんな事を……」
予想通り、交差点の角にいたお巡りさんがとんできた。
「なんだ、君か?」
そのお巡りさんが、シュワちゃん似のジョージ・ルインスキであったのは想定外だった。ジョージのことは、このダイアリーの№35に書いてあるわ。
「ごめんなさい、ジョージ。こんなことで、あなたと再会するなんて」
「外交官特権があるから、強制はできないけど、署まで来てもらえるかな?」
「ああ、かまわんよ。過失とは言え、アメリカの公共物を壊したんだ、大使として責任はとらせてもらうよ」
野村大使が困ったような、それでいて目は笑いながら言った。
「あ、大使閣下ですか。本官の立場をご理解いただき恐縮です。まず、事故状況の書類を簡単に書きますので、サインを……」
そのとき、不自然に立ち止まっていた男の一人がやってきた。
「大使は、重要なお仕事で来られたんだ。お引き留めしてはいけない」
「いや、しかし……」
「さ、早くお行きになってください」
「でも……」
「これは、国務省の要請です。あと三十分もすれば、大使館も賑やかになる。そうじゃありませんか?」
その男は、にこやかに、しかし断固とした意思で言った。
「じゃあ、ジョ-ジ・ルインスキ巡査。またいずれ」
「ああ、マナツ。言っとくけど、オレは巡査じゃなくて二等巡査部長だ。覚えとけ」
「ジョージも、この事件覚えといてね。1941年12月7日午後1時12分!」
「ああ、いずれ消火栓の修理代もらいにいくからな!」
「オーケー!」
「早く行け!」
国務省のオッサンの一言で、わたしは車を出した。
「これだけ、印象づけておけば、問題ないでしょう」
「あれが、言ってたお巡りさんかい?」
「ええ、素敵なポリスマンでしょう」
「なかなかの、国際親善だったね」
「いいえ、来栖大使には負けます。奥さんアメリカ人なんですものね」
「いいや、アメリカ系日本人だよ」
「真夏君は、一人娘だね」
「はい」
「どうだね、ああいうのを婿にして、アメリカ系日本人を増やすというのは?」
真夏は、あてつけに、車を急加速させた……背景にはワシントンの冴え渡った冬の青空が広がっていた。
38『国務省前のドラマ』
「いやあ、真夏君のお陰で、時間通りに渡すことができたよ」
野村大使は、国務省玄関の階段を降りながら、横顔のまま言った。
「ハル長官の慌てた顔ったら、なかったね」
来栖特別大使も後ろ手を組ながら、愉快そうに応じた。
「前を向いたまま聞いて下さい」
「……?」
怪訝な顔をしていたが、二人の大使は、話を聞く体勢になってくれた。
「あと、三十分で、真珠湾への攻撃が始まります」
「そんなに際どいタイムテーブルだったのかね!?」
「足を止めないでください、来栖大使」
「真夏君は知っていたんだね」
「はい、訓電をアメリカに渡すまでは、話せませんでした。アメリカは事前に知っていましたから、真珠湾への攻撃を、どうしても、日本のスネークアタック(だまし討ち)にしたかったんです」
三人は、国務省の前で、大使館の公用車が来るのを待った。
「それで、あの記念写真を撮ったんだね」
野村大使が、含み笑いをしながら言った。
「野村さん、周りにご注意を……」
来栖大使が、笑顔のまま注意した。
わたしたちの周囲は、不自然に立ち止まったままの男たちが、三十メートルほどの距離を置いて立っている。
やがて、公用車がやってきた。
「すみません、運転代わってもらえません。あなたには、わたしたちが乗ってきた車を運転していただきたいの」
「君……なんのために?」
「お国のために」
わたしは、なかば引きずり出すようにして、運転手を降ろして交代した。
「大使、衝撃に備えてください」
そう言うと、わたしはアクセルを一杯に踏み込み、少しハンドルを右に切った。
「真夏君、なにを……!?」
ドン!
次の瞬間、公用車は歩道の消火栓にぶつかり、壊れた消火栓から派手に水が吹き上がった。
プシューーーーーーーーー!
「大丈夫ですか?」
「ああ、しかし、なぜ、こんな事を……」
予想通り、交差点の角にいたお巡りさんがとんできた。
「なんだ、君か?」
そのお巡りさんが、シュワちゃん似のジョージ・ルインスキであったのは想定外だった。ジョージのことは、このダイアリーの№35に書いてあるわ。
「ごめんなさい、ジョージ。こんなことで、あなたと再会するなんて」
「外交官特権があるから、強制はできないけど、署まで来てもらえるかな?」
「ああ、かまわんよ。過失とは言え、アメリカの公共物を壊したんだ、大使として責任はとらせてもらうよ」
野村大使が困ったような、それでいて目は笑いながら言った。
「あ、大使閣下ですか。本官の立場をご理解いただき恐縮です。まず、事故状況の書類を簡単に書きますので、サインを……」
そのとき、不自然に立ち止まっていた男の一人がやってきた。
「大使は、重要なお仕事で来られたんだ。お引き留めしてはいけない」
「いや、しかし……」
「さ、早くお行きになってください」
「でも……」
「これは、国務省の要請です。あと三十分もすれば、大使館も賑やかになる。そうじゃありませんか?」
その男は、にこやかに、しかし断固とした意思で言った。
「じゃあ、ジョ-ジ・ルインスキ巡査。またいずれ」
「ああ、マナツ。言っとくけど、オレは巡査じゃなくて二等巡査部長だ。覚えとけ」
「ジョージも、この事件覚えといてね。1941年12月7日午後1時12分!」
「ああ、いずれ消火栓の修理代もらいにいくからな!」
「オーケー!」
「早く行け!」
国務省のオッサンの一言で、わたしは車を出した。
「これだけ、印象づけておけば、問題ないでしょう」
「あれが、言ってたお巡りさんかい?」
「ええ、素敵なポリスマンでしょう」
「なかなかの、国際親善だったね」
「いいえ、来栖大使には負けます。奥さんアメリカ人なんですものね」
「いいや、アメリカ系日本人だよ」
「真夏君は、一人娘だね」
「はい」
「どうだね、ああいうのを婿にして、アメリカ系日本人を増やすというのは?」
真夏は、あてつけに、車を急加速させた……背景にはワシントンの冴え渡った冬の青空が広がっていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
高校球児、公爵令嬢になる。
つづれ しういち
恋愛
目が覚めたら、おデブでブサイクな公爵令嬢だった──。
いや、嘘だろ? 俺は甲子園を目指しているふつうの高校球児だったのに!
でもこの醜い令嬢の身分と財産を目当てに言い寄ってくる男爵の男やら、変ないじりをしてくる妹が気にいらないので、俺はこのさい、好き勝手にさせていただきます!
ってか俺の甲子園かえせー!
と思っていたら、運動して痩せてきた俺にイケメンが寄ってくるんですけど?
いや待って。俺、そっちの趣味だけはねえから! 助けてえ!
※R15は保険です。
※基本、ハッピーエンドを目指します。
※ボーイズラブっぽい表現が各所にあります。
※基本、なんでも許せる方向け。
※基本的にアホなコメディだと思ってください。でも愛はある、きっとある!
※小説家になろう、カクヨムにても同時更新。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
喫茶店オルクスには鬼が潜む
奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。
そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。
そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。
なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。
おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~
月白ヤトヒコ
ファンタジー
教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。
前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。
元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。
しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。
教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。
また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。
その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。
短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。
拝啓神様。転生場所間違えたでしょ。転生したら木にめり込んで…てか半身が木になってるんですけど!?あでも意外とスペック高くて何とかなりそうです
熊ごろう
ファンタジー
俺はどうやら事故で死んで、神様の計らいで異世界へと転生したらしい。
そこまではわりと良くある?お話だと思う。
ただ俺が皆と違ったのは……森の中、木にめり込んだ状態で転生していたことだろうか。
しかも必死こいて引っこ抜いて見ればめり込んでいた部分が木の体となっていた。次、神様に出会うことがあったならば髪の毛むしってやろうと思う。
ずっとその場に居るわけにもいかず、森の中をあてもなく彷徨う俺であったが、やがて空腹と渇き、それにたまった疲労で意識を失ってしまい……と、そこでこの木の体が思わぬ力を発揮する。なんと地面から水分や養分を取れる上に生命力すら吸い取る事が出来たのだ。
生命力を吸った体は凄まじい力を発揮した。木を殴れば幹をえぐり取り、走れば凄まじい速度な上に疲れもほとんどない。
これはチートきたのでは!?と浮かれそうになる俺であったが……そこはぐっと押さえ気を引き締める。何せ比較対象が無いからね。
比較対象もそうだけど、とりあえず生活していくためには人里に出なければならないだろう。そう考えた俺はひとまず森を抜け出そうと再び歩を進めるが……。
P.S
最近、右半身にリンゴがなるようになりました。
やったね(´・ω・`)
火、木曜と土日更新でいきたいと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる