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25『なにかが違う・2』
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秋物語り
25『なにかが違う・2』
主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)
※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名
教室に入っても江角は授業をしなかった。
入学以来初めてのことだ
江角というのは、デモシカだけど、妙にカタチにこだわるところがある。
たとえクラス全員が寝ていても淡々と授業はやる。少々内職していても叱るようなことはしない。
ただ、授業妨害にはうるさい。授業に遅刻し、全然関係ない話で盛り上がっていた男子数人に向かってチョークを投げ、真っ青な顔で近寄り、有無を言わせず張り倒したことがある。
「わたしの授業を潰すんじゃない!」
「いきなり、シバいといて、叱るこたあねーだろ……」
「小城ママみたいな寝言じゃ無い。叱ってんじゃない……怒ってんのよ、あたしは! あんたらみたいなバカがどうなろうと知ったこっちゃない。授業邪魔する、あんたらが憎ったらしいのよ。あああっ!!」
そう言うと、遅刻した男子の机を持ち上げ、廊下に放り出した。
あの時、江角は切れていた。それ以来、陰でこそこそはやるけれども、あからさまに授業妨害する者はいなくなった。
わたしは、ただのヒステリーだと思った。最低のオンナだと思った。
でも、今日の江角はちがった。
「昨日ね、バカが一人死んだ。高校からいっしょでね、生徒手帳丸暗記して、よく先生にも生徒にも突っかかってた。大学でも同期……在学中に司法試験受かってしまうほどのバカだった。裁判官になってね、バカな判決ばかり出して、先週最後の裁判で判決出して夕べ死んじゃった……ただ物覚えがいいだけのバカ、歩く六法全書……最後の判決? まるでバカよ。今時自衛隊は憲法違反だって判決。笑っちゃうよ。スカすんじゃないっつーのよ! そんな憲法とか法律ばっか大事にして『自衛隊は憲法の精神及び第九条に照らし合わせ、明らかに憲法に違反したものである』 アッパレ護憲裁判官の死……そう書き立てるA新聞、マスコミ。あいつの心には平和主義なんてかけらもないのよ……じゃ、なんでそんな判決? バカだからよ。死んで正解だったかもね……あいつ、憲法が改正されたら真逆の判決出してるわよ。日本の軍隊は合憲であり、集団的自衛権は個別的自衛権と並んで、車の両輪である……あいつのところに、日の丸やら君が代の訴訟がこなくてよかった……だって、法律で決まってるんだから、自衛隊とは真逆の判決出すわ……あいつにとって裁判は言葉遊び。中学生が証明問題に熱をあげるのといっしょ……答を出す情熱しかなくって、本当の正義なんて、あんたらの百分の一もない……そう、わたしはイラツイてんの! あいつの、そういうところ……学生のころから分かってた……だから、そこ直してほしくて……裁判官はね、一度人間になって、その人間を心の底に沈めて、そいで裁判官にならなきゃいけないのよ……そう、男の裁判官よ。それがなにか……!?」
「先生、好きだったの、その人?」
わたしが一人、一回だけ質問した。
「どうだろ……どうなんだろ。ただ、人間には成って欲しかった。大人の人間には……裁判は、中学生の証明問題なんかじゃないんだから。で、あの才能と情熱を……わたしは好きだった……そうよHクン。そう言う関係にもなったわ……その時、少しだけ人間的になった。でも朝になったら判例集読みふけっていた。わたしは嫌になった……辛抱が足りなかったのかもね、一度は変わりかけたんだからね……」
わたしは、江角のことを教師としては認めていない。でも、人間……オンナであるとは思った。
江角は、問わず語りに、自分にも、変わり目の時期があったことを認めた。わたしは、そう受け止めた。
江角は、死んだ裁判官をバカだと何度も言った。でも、あれは自分への呪詛のように感じられた。
なんか違う……そう感じたとき、江角というオンナは飛びきれなかったんだ。わたしは思う。去年の大阪での一夏。わたしも麗も美花も飛んだんだ。今思えば「なんか違う」と感じていたんだ。
そして、今、わたしは次の「なんか違う」にぶつかっていた。
江角のように簡単に逃げたりはしない。
その試練は、秋の実りをとりいれるように、忙しくやってくることになる……。
25『なにかが違う・2』
主な人物:水沢亜紀(サトコ:縮めてトコ=わたし) 杉井麗(シホ) 高階美花=呉美花(サキ)
※( )内は、大阪のガールズバーのころの源氏名
教室に入っても江角は授業をしなかった。
入学以来初めてのことだ
江角というのは、デモシカだけど、妙にカタチにこだわるところがある。
たとえクラス全員が寝ていても淡々と授業はやる。少々内職していても叱るようなことはしない。
ただ、授業妨害にはうるさい。授業に遅刻し、全然関係ない話で盛り上がっていた男子数人に向かってチョークを投げ、真っ青な顔で近寄り、有無を言わせず張り倒したことがある。
「わたしの授業を潰すんじゃない!」
「いきなり、シバいといて、叱るこたあねーだろ……」
「小城ママみたいな寝言じゃ無い。叱ってんじゃない……怒ってんのよ、あたしは! あんたらみたいなバカがどうなろうと知ったこっちゃない。授業邪魔する、あんたらが憎ったらしいのよ。あああっ!!」
そう言うと、遅刻した男子の机を持ち上げ、廊下に放り出した。
あの時、江角は切れていた。それ以来、陰でこそこそはやるけれども、あからさまに授業妨害する者はいなくなった。
わたしは、ただのヒステリーだと思った。最低のオンナだと思った。
でも、今日の江角はちがった。
「昨日ね、バカが一人死んだ。高校からいっしょでね、生徒手帳丸暗記して、よく先生にも生徒にも突っかかってた。大学でも同期……在学中に司法試験受かってしまうほどのバカだった。裁判官になってね、バカな判決ばかり出して、先週最後の裁判で判決出して夕べ死んじゃった……ただ物覚えがいいだけのバカ、歩く六法全書……最後の判決? まるでバカよ。今時自衛隊は憲法違反だって判決。笑っちゃうよ。スカすんじゃないっつーのよ! そんな憲法とか法律ばっか大事にして『自衛隊は憲法の精神及び第九条に照らし合わせ、明らかに憲法に違反したものである』 アッパレ護憲裁判官の死……そう書き立てるA新聞、マスコミ。あいつの心には平和主義なんてかけらもないのよ……じゃ、なんでそんな判決? バカだからよ。死んで正解だったかもね……あいつ、憲法が改正されたら真逆の判決出してるわよ。日本の軍隊は合憲であり、集団的自衛権は個別的自衛権と並んで、車の両輪である……あいつのところに、日の丸やら君が代の訴訟がこなくてよかった……だって、法律で決まってるんだから、自衛隊とは真逆の判決出すわ……あいつにとって裁判は言葉遊び。中学生が証明問題に熱をあげるのといっしょ……答を出す情熱しかなくって、本当の正義なんて、あんたらの百分の一もない……そう、わたしはイラツイてんの! あいつの、そういうところ……学生のころから分かってた……だから、そこ直してほしくて……裁判官はね、一度人間になって、その人間を心の底に沈めて、そいで裁判官にならなきゃいけないのよ……そう、男の裁判官よ。それがなにか……!?」
「先生、好きだったの、その人?」
わたしが一人、一回だけ質問した。
「どうだろ……どうなんだろ。ただ、人間には成って欲しかった。大人の人間には……裁判は、中学生の証明問題なんかじゃないんだから。で、あの才能と情熱を……わたしは好きだった……そうよHクン。そう言う関係にもなったわ……その時、少しだけ人間的になった。でも朝になったら判例集読みふけっていた。わたしは嫌になった……辛抱が足りなかったのかもね、一度は変わりかけたんだからね……」
わたしは、江角のことを教師としては認めていない。でも、人間……オンナであるとは思った。
江角は、問わず語りに、自分にも、変わり目の時期があったことを認めた。わたしは、そう受け止めた。
江角は、死んだ裁判官をバカだと何度も言った。でも、あれは自分への呪詛のように感じられた。
なんか違う……そう感じたとき、江角というオンナは飛びきれなかったんだ。わたしは思う。去年の大阪での一夏。わたしも麗も美花も飛んだんだ。今思えば「なんか違う」と感じていたんだ。
そして、今、わたしは次の「なんか違う」にぶつかっていた。
江角のように簡単に逃げたりはしない。
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