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ノブ 2
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コンビ二から帰ってきた君は、時計を見て午後の一時であることを確認した。季節は確か冬だったね。閉め切ったカーテンの隙間から陽光が洩れていて、カーペットのちぢれた毛玉を照らしていた。君は毛玉をむしってゴミ箱に捨てたあと、カーテンを引っ張って、ちゃんと陽光を遮断した。それから予定の時刻までたった今購入してきた漫画を読もうと思った。
約一時間後、漫画を読み終えたヒサシ君は鋏を用意した。印をつけておいたページを開いて、ある場面を切り取った。違うページも開いて、同じようにした。
それから鍵を用意して、机の引き出しを開いた。中にはいろんな漫画から切り取った場面の山が保管されていた。たった今抜粋した場面を引き出しにしまって、鍵を閉めた。
ヒサシ君には幼い頃から続けている秘密があった。自作の漫画だ。といっても自分で描くことはしなかった。ある漫画を読んで、使えそうな場面を切り取って、また別の漫画で同じことを行う。そうして切り取った場面をひとつにつないで、自分だけのストーリーを組み立てていく。誰にも話していない趣味だった。
馬鹿みたいに登場人物が多いけれど、会話は成立するように工夫してあったし、主人公だってちゃんといた。でもその主人公に表情はなかった。それはいつも真っ黒な人型の影だった。
この漫画において、主人公だけはヒサシ君が描いていたんだ。主人公は物語には参加せずに、いつも目の前で繰り広げられる光景を傍観していた。一言も喋らずに、心の声だけで漫画の中に生きていた。その声もヒサシ君がペンで書き込んでいた。
君に関してはとても詳しいつもりだったのに、このときはまだ、漫画をつくっているなんて知らなかったんだよ。ずるいよね、自分だけ。ずっと見てたのに。ずっと同じだと思っていたのに。
一人暮らしを始めたとき、ヒサシ君は金庫を買った。中には約四十冊のファイルが入っていた。それまでつくってきた漫画だ。
未来の殺人者を総理大臣が指名するというのが主な内容だった。月に一度、十三歳以上の国民の中から無作為にプレイヤーが選ばれる。プレイヤーは一ヶ月以内に殺人を行わなければ、罰として体の一部を失う。誰が選ばれたのか国民は知らされないけれど、プレイヤーの住まいが何県の何市かだけは知らされる。殺人したら、プレイヤーは警察に連絡してプレイヤーとしての証拠を返す。逮捕はされない。
プレイヤーの素性は一切公表されないけれど、どこの誰がどんなふうに殺されたかについては事細かく公表される。公表はテレビ番組という形態で行われる。被害者の背景を伝え、殺されるまでの経緯から、まさに絶命する瞬間までを再現したVTRが放送される。
殺人は視聴者によって評価される。残忍性、意外性、トリックや、殺人に至るまでの段取り、華やかさ、ユーモア性など、評価の仕方は人それぞれだ。とにかく心を揺さぶられたら、視聴者は指定の機関にハガキを送るか、インターネットの専用サイトで投票を行う。
後日、票数は発表される。集まった数と内容によって、それに見合った特典が総理大臣からプレイヤーに贈られる。そしてまた別のプレイヤーが選ばれる。
こんな漫画を、ヒサシ君は九歳の頃からつくっていたんだ。手放すには勇気がいるはずの宝物だったはずなのに、決断するまでほとんど時間はかからなかったね。漫画の主人公である黒い人型の影は、ヒサシ君の心そのものだった。あらゆる場面に遭遇して、その都度考えたことのすべてが文字になって表れている。
僕にヒサシ君の仕組みを教えるのに、これほど適したものは他になかったんだ。
時計を見ると午後二時だった。ヒサシ君は靴下をはいて、家を出た。
約一時間後、漫画を読み終えたヒサシ君は鋏を用意した。印をつけておいたページを開いて、ある場面を切り取った。違うページも開いて、同じようにした。
それから鍵を用意して、机の引き出しを開いた。中にはいろんな漫画から切り取った場面の山が保管されていた。たった今抜粋した場面を引き出しにしまって、鍵を閉めた。
ヒサシ君には幼い頃から続けている秘密があった。自作の漫画だ。といっても自分で描くことはしなかった。ある漫画を読んで、使えそうな場面を切り取って、また別の漫画で同じことを行う。そうして切り取った場面をひとつにつないで、自分だけのストーリーを組み立てていく。誰にも話していない趣味だった。
馬鹿みたいに登場人物が多いけれど、会話は成立するように工夫してあったし、主人公だってちゃんといた。でもその主人公に表情はなかった。それはいつも真っ黒な人型の影だった。
この漫画において、主人公だけはヒサシ君が描いていたんだ。主人公は物語には参加せずに、いつも目の前で繰り広げられる光景を傍観していた。一言も喋らずに、心の声だけで漫画の中に生きていた。その声もヒサシ君がペンで書き込んでいた。
君に関してはとても詳しいつもりだったのに、このときはまだ、漫画をつくっているなんて知らなかったんだよ。ずるいよね、自分だけ。ずっと見てたのに。ずっと同じだと思っていたのに。
一人暮らしを始めたとき、ヒサシ君は金庫を買った。中には約四十冊のファイルが入っていた。それまでつくってきた漫画だ。
未来の殺人者を総理大臣が指名するというのが主な内容だった。月に一度、十三歳以上の国民の中から無作為にプレイヤーが選ばれる。プレイヤーは一ヶ月以内に殺人を行わなければ、罰として体の一部を失う。誰が選ばれたのか国民は知らされないけれど、プレイヤーの住まいが何県の何市かだけは知らされる。殺人したら、プレイヤーは警察に連絡してプレイヤーとしての証拠を返す。逮捕はされない。
プレイヤーの素性は一切公表されないけれど、どこの誰がどんなふうに殺されたかについては事細かく公表される。公表はテレビ番組という形態で行われる。被害者の背景を伝え、殺されるまでの経緯から、まさに絶命する瞬間までを再現したVTRが放送される。
殺人は視聴者によって評価される。残忍性、意外性、トリックや、殺人に至るまでの段取り、華やかさ、ユーモア性など、評価の仕方は人それぞれだ。とにかく心を揺さぶられたら、視聴者は指定の機関にハガキを送るか、インターネットの専用サイトで投票を行う。
後日、票数は発表される。集まった数と内容によって、それに見合った特典が総理大臣からプレイヤーに贈られる。そしてまた別のプレイヤーが選ばれる。
こんな漫画を、ヒサシ君は九歳の頃からつくっていたんだ。手放すには勇気がいるはずの宝物だったはずなのに、決断するまでほとんど時間はかからなかったね。漫画の主人公である黒い人型の影は、ヒサシ君の心そのものだった。あらゆる場面に遭遇して、その都度考えたことのすべてが文字になって表れている。
僕にヒサシ君の仕組みを教えるのに、これほど適したものは他になかったんだ。
時計を見ると午後二時だった。ヒサシ君は靴下をはいて、家を出た。
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