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適材適所

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 獣人。獣の耳と尻尾を持った人ならざるもの。この二つの特徴を隠してしまえば、人とは見わけがつかないが、その実態は違う。生活様式も、各獣人の元となった獣のソレに近い。そして、もう一つ上げられる特徴は、何と言ってもその美貌にある。一目見れば忘れる事のないだろう美貌。獣人たちは、例外なく美しい顔立ちをしていた。

 不幸にも、それが彼らの境遇を悪い方向へと追いやってしまっているのだが。




 「見るな!」

 大きな三角耳を持った少年が、ぱっとフードを被って威嚇する様に叫ぶ。ようやく気が付いた少女の方も、ぼんやりと辺りを見回していたが、状況が読み込めたのか慌ててフードを引っ張り必死に耳を隠そうとしている。しかし、丈の短いフード付きの外套を羽織っている為、フードを引っ張った分だけ裾が上がってしまい、頼りなげな尻尾があらわになっていた。

 「犬、か?」
 「おそらくそれよりも厄介だと思うぞ」
 「は?」

 注意深く様子を見つつヴィディーレが呟くと、冷静な声が降ってくる。振り返えろうとするものの、少年が手足をばたつかせて抵抗してくるため、諦める。宥めるのが先決だと判断して、ゆっくり声を掛ける。

 「落ち着け、何もしない。手を離すから少し大人しくしろ」
 「嘘だ!人間のいう事なんて信じられるか!」

 話が聞きたいだけだ、と大人しくさせようとするがうまくいかない。一方の少女は、泣きじゃくって半狂乱にフードを引っ張るのみ。どうしたものか、と呆然としていたヴィディーレ。すると、凄い勢いでラフェがリートの方を振り返った。じぃっと見つめられ、嫌そうな顔でリートが睨み返す。その様子を見て、ヴィディーレもはっと思いつく。

 「リート!」
 「……凄く丁度いい道具扱いなのが腹立つのだが」

 ぼやいてそっぽを向くリートだったが、二人の無言の圧力に渋々振り返る。一つため息をつくと、何事かを呟いた。ふわりと柔らかな風が吹いて、すぐにやむ。日差し避けだ、と嘯いて被っていたフードを取り去ったその頭には。

 「え!」

 二人の子供が驚きに動きを止めた。信じられないものを見る目で凝視され、居心地悪そうに身じろぎする彼の頭には、彼らによく似た三角の耳。獣人の特徴。目線だけでお見事、と褒め称えると、後で覚えて居ろと圧を掛けられる。

 リートは獣人ではない。だが、人間を信用していない様子の子供たちを安心させる一番手っ取り早い方法は、仲間の獣人に合わせる事。そして、運動も出来ず、体力もなく、魔法を一切使っている様子の無いリートが唯一使う力が、幻影の魔法。無系統に分類されるその力は、生まれ持っての素質に左右されるレアな能力だ。その力を使って、彼らの仲間に擬態したのだ。

 途端に泣き止んだ子供たちに、ほっと息をつく。そして、おもむろにリートの方を見た二人は、にっこり笑った。

 「じゃ、よろしくな。獣人のリートさんや?」
 「……後で覚えて居ろ貴様ら」

 暫くそのままで居てくれ。その意を込めつつ、いつもの仕返しにとばかりに絡むが、既に後悔しそうな二人だった。






 二人は兄妹だった。だから必死に守ろうとしていたのか、とヴィディーレとラフェが納得したように頷く。ひとまず落ち着いたものの、今だ警戒したようにピルピル動く耳に釘付けになったままだが。

 「獣人か。初めて見たな」
 「見た感じ犬に見えるが……。さっきそれより厄介だとか何だとか言ってたが、アレは?」
 「……犬じゃない。俺たちは狼だ」
 「へ?」

 ひとまず人目を避けて戻った宿の部屋の中。そこはかとなく不機嫌なリートに説明を求めてラフェが視線を向けるが、その前に訂正が入った。むすっとした様子で訂正を入れてきた少年。狼と犬の違いが判らん、とガン見する二人の脳筋に容赦なく本での制裁を加えつつ、リートがため息をつく。

 「狼獣人はプライドが高い。犬と間違えると面倒だぞ」
 「それを先に言ってくれ」

 遠慮なく本の角で頭を殴られたヴィディーレが呻きながら突っ伏す。痛みに支配された二人は、苦虫を嚙み潰したような顔で子供たちを見つめているリートには気付かなかった。文字通り頭を抱えたままのラフェが涙目でリートを見上げた。

 「最近じゃ、めっきりその姿を見る事が無くなったって聞いたが?」
 「ああ。なにせ、奴隷狩りにあう事が殆どだ」

 奴隷。その単語を聞いた瞬間に、兄妹の肩が跳ねる。怯える妹を抱き寄せた兄が、威嚇する様に睨みつけてくる。ひらひらと手をふって落ち着け、と宥めつつリートは再びため息をついた。

 「やはり、お前たち奴隷商から逃げてきたという事か」

 今では数少なくなった獣人など人ならざる者たち。それらは人よりも古くから地に根付く、古代血統として畏怖されてきた。その分、信憑性に欠ける都市伝説も多く、奴隷狩りの対象になったせいで今ではめっきり数少ない。歌うように告げたリート。その説明に、ラフェとヴィディーレの顔が、徐々に険しくなっていく。

 「だが、最近じゃ奴隷に対する反発が強くなっているはずだ。今時、奴隷商なんてやってるのか?」
 「愚か者。ここをどこだと思っている」

 ラフェが反論の声を上げるも、冷やかな視線をいただく事になり、黙り込む。蟀谷を揉みつつ、リートは吐き捨てるように呟いた。

 「ここは、何でも手に入る街。金さえ積めば、それが何であろうと手に入る。食い物も、女・男も、高価な物も……それこそ、人——奴隷ですらな」

 こういう場所にこそ、裏マーケットは蔓延っているものだ。そう告げたリートの声は苦く、重かった。
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