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旅は道連れ

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 その炎は煌々と燃え盛り、夜を遠ざけていた。一人の老人の慟哭が、天を裂く。

 「どうしてっ、どうして、何もしてくれなかった!お前たち冒険者ギルドが動いてくれていればこんな事にならなかったのに!」

 涙ながらに声を枯らして絶叫するのは、セネクス。幼い子供を抱え、足元を親族の血で染めた老人は、思いつく限りの罵声を冒険者達に浴びせかけた。冒険者達も、すでに言葉も無く目を伏せるだけ。

 「どうして……どうしてっ!」

 魔獣の群れに村を焼かれ、全てを食らいつくされた男の悲しみは、深かった。





――――――――



 事の起こりは、夜更け。場所はウヌスから少し離れた小さな農村だった。その農村は、昼間ヴィディーレ達が救出したセネクスの住まう村だった。

 ギルドの緊急報である金が鳴らされ飛び起きたヴィディーレ達。這う這うの体で逃げ出してきた勇敢な若い衆によってもたらされた情報の元に、幾人もの実力者を連れて、夜の森を駆けたのだが。

 「…んだよ、これっ!」

 辿り着いた先で、ヴィディーレは呻き声をあげた。冒険者たちも、余りの状況に絶句している。

 村民たちが寝静まった頃、数多の魔獣たちが足音を潜めて忍び寄り、一気になだれ込んだという。魔獣の操る魔法によって、冷気が吹きすさび、火が燃え盛り、風は切り裂かんばかりに逆巻き、平らだった土地は凸凹と原型を止めない程に荒らされた。逃げ惑う女子供を喰らい、男衆は喉笛を引き裂かれた。

 まさに、地獄絵図。

 「ラフェ」
 「あ、ああ。分ってる」
 「リート!ラフェ!」

 そんな中、動じる事なく動き出したものがいた。リートとラフェである。緊急事態という事で、ギルドから貸し出された馬を駆ってきたのだが、体力がない彼でもどうにかついてこれたらしい。

 そのまま馬から滑り降りたかと思うと、村に向かって走り出す。呼びかけられた経った一言で、役割を理解したラフェがその後に続く。しかし、その表情は硬く青ざめている。リートの呼びかけでどうにか意識を保っているようだ。

 「彼奴ら!」
 「おい、周辺を警戒!気を抜くな!」

 その行動に金縛りが解けたのか、一斉に怒号が行きかう。一瞬で何をすべきかを整理したヴィディーレが更に指示を出す。

 「そっちのお前らは俺と一緒に来い!救助に向かう!そっからそっちのパーティーは周辺警戒!また襲ってきたら迎撃しつつ、知らせろ!」
 「先に言った馬鹿どもを負わないとな」
 「いや、アイツらは放っておいていい。簡単に死にやしない、どころか俺たちの中で一番図太いだろうさ」

 安全確認もしていないのに、と苦虫を噛み潰したような顔でぼやく熟練の冒険者。あはは、と遠い目をしながら告げると、もの言いたげな顔をしながらも引き下がった。言い争いをしている場合では無いと理解しているのだろう。助かる。

 「村に入ったら、救助を開始。手当が必要な奴を集めろ!手当に関しては、先に行った奴らの一方、華奢な方が薬師として腕が立つからアイツの指示に従え!」

 それだけ叫ぶと、村に突入した。いろんなものが焼け焦げた匂いと、熱気で息がし辛い。袖を口元に当てて呼吸を確保しつつ、周辺を見渡した。すぐに村の広場であろう場所が見つかり、そこでは既にラフェが場所を作りつつ、リートが治療を始めていた。

 「リート!」
 「動かせない重傷者以外はここに集めろ。危篤者がいたら呼べ。ついでに、水系統の魔法が使える奴らには上手く消火をさせろ」
 「ああ」

 チラリ、とラフェを一瞥すると作業をしつつ頷かれた。今だ顔色が悪いが、その瞳には光がある。リートの護衛は大丈夫だろう。それを確認し、ヴィディーレは指揮を執る事に専念した。

 それから間もなく。怪我人の救助や消火によって混乱が徐々に落ち着いた。結果だけを言えば、生存者は5人だけだった。最初にギルドへと知らせた青年、セネクス、セネクスの幼い孫、重症を負った少女に、酷いやけどを負った中年の女。それ以外は、全て灰になった。

 生き残ったセネクスは、とても手が付けられなかった。半狂乱になって冒険者たちを責め、孫を抱きしめて動かなかった。その様を冒険者たちは言葉なく見つめ、リートは静かに近づいてきたかと思うと、すっとその前にたった。

 そして。

 パンっと音を立ててその頬を張った。

 「なっ」
 「喚くのは構わん。気持ちはわかる。だが、その前にその子供をよこせ。生きてるならその傷が原因で死なせるような真似をするな」

 慌てて割って入ろうとしたヴィディーレ達だったが、静かなその声に、黙り込んだ。セネクスもあっけに取られた顔をしていたが、その言葉に胸の中に閉じ込めた孫を思い出し、慌てて様子を窺う。

 「お、おい」
 「診せろ」

 子供を揺さぶる老人から奪取し、さっと様子を見る。セネクスの怪我から比べてかなり軽傷だ。かなり無理して庇ったのだろう。手早く幾つかのやけどと擦り傷に手当を施し、布の引かれた仮設の寝床に寝かせる。セネクスがその傍に張り付き、項垂れた。

 「アンタのおかげでこの子供が助かった。今はなくなった命の事より、助けられたその子供の命を見据えろ」

 そう言い残したリートは、傷薬とやけどの薬をセネクスの傍において立ち上がった。去っていくその細い背は、何故か妙に痛みを孕んでいた。









 「リート。ラフェ」
 「ディーレか」

 交代で周辺を警戒している冒険者たちと言葉を交わした後、ヴィディーレはリートとラフェを見つけ、声をかけた。

 険しい顔で森を見つめていたリートが振り返った。大分顔色も落ち着いたラフェが黙って視線で挨拶してくるのに視線で返し、リートの隣に並んで森を見つめた。不気味な程に静まり返る森を見て、ヴィディーレは拳を握りしめた。

 「……魔素溜りを、見つけねぇと」

 決意を新たに声を絞り出す。視線を向けてきたリートに向き直り、表情を改める。

 「明日から、本格的にこの辺を中心に調査する事になった。手を貸せ」

 すると、一瞬もの言いたげに口を動かしたリートが、しかしそのまま頭を振って静かに、ああ、と告げて村の中心部に戻っていった。首を傾げたヴィディーレだったが、その肩を叩いたのはラフェだった。

 「アイツなりに、今頭回してんだ。その内色々教えてくれるさ」

 あっさりそう告げると、リートを追って姿を消した。いまいちすっきりしないが、明日は忙しい。そう頭を切り替えたヴィディーレも、もう一度森の方を一瞥すると体を休める為に歩き出した。肩を叩いたラフェの手が震えていた事には、気付かなかった。
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