常識人=苦労人 ~戦闘音痴な脳筋剣士と軟弱超インドア派な毒舌参謀の珍道中~

神凪凛薇

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 ザッザッザッという音を立てて暗い通路を全力で走りぬける。チラリと後ろを振り返るとぬめぬめした巨体が凄まじい勢いで追ってくる。醜悪なその姿にパッと視線を前に戻し、即刻記憶から追い出す。同時に、隣を駆ける痩身に対し鬱憤をぶつける。

 「おいコレいつまでやるつもりだ⁈」
 「決まってるだろ。力尽きるかガキの所に案内されるのどちらかが選択されるまでだ」
 「いやーいい運動だな!」

 更にその奥から投げやりな声が届き、全力で同意する。ふと前を見ると分かれ道になっている。ヴィディーレはラフェと目くばせし合い、ラフェがリートの体を掬い上げるのを確認して、一歩大きく前に飛び出る。体を捻じることで勢いを利用し180度方向転換すると、そのまま短く声を発しつつ、剣を振るう。切っ先に込めた魔力をそのまま打ち出し、群れの戦闘に居た魔獣にクリーンヒットさせる。その魔獣がもんどりを打ち、群れがその余波で動けなくなったのを確認すること無く再び踵を返し、これ以上ないスピードでラフェを追いかける。

 「左だっ」

 鋭く、なおかつ控えめな声で方向を教えられ、そのまま左の通路へと飛び込む。通路の入り口にはラフェが小瓶を手に立っており、視線で奥を指示される。パリンという細やかな音を背後に奥へと突き進む。そこにはクッタリとした青年が横たわっていた。

 「頼むからソコで倒れんな。死体かと思った」
 「万年インドア派を舐めるなよ……」

 自虐なのか何なのか分からないが、悪態をつくだけの元気は有りそうだと判断し、その横に腰を下ろす。すぐにラフェが現れ通路の反対側の壁に体を預ける。その眼が恨みがましそうにリートを眺める。

 「この方法しかないのかよ」
 「それ以外があったら既に提案しているわ阿呆。そうでなくてはこんな面倒くさい回りくどいやり方するか。それともこれ以外に何か方法があると?」

 絶対零度の返答に凍り付くラフェをやれやれと見やり、ヴィディーレは自分のカバンから水を取り出し口に含む。生温い水なのが玉に瑕だが、それでも乾いた喉にしみわたるのが心地よい。

 「魔獣に遭遇しては、ガード中心の戦闘を展開。折を見て逃走を繰り返す、と」
 「何か文句でも?」

 ギロリとしたから睨まれて、半眼になる。

 「それで自称軍師がその度にぶっ倒れていては世話ないだろうに」
 「仕方ないだろう。戦闘の際に魔力を凝縮した液体をばら撒きつつ、逃走を続け、我々の魔力を少しずつ封じる事でダンジョンに勘違いさせることしか思い浮かばなかったのだから」

 リートが提案したのは、その策だった。相手は意志を持つダンジョン。こちらが弱るのを待っていると仮定すると、逆に弱るまでは目的地に導いてはくれないだろうと考えたのである。しかし、本当に弱体化すれば、目的地に辿り着いた所で最後の戦闘に耐えきれない。ダンジョンの思うつぼである。

 と言うわけで、ダンジョンに勘違いさせようと言い出したのである。具体的には、魔獣に遭遇するたびに戦闘を行う。しかし、そこでは傷を負う事を最小限にするために防御を中心とする。代わりに、リート特製の魔力凝縮液体(それぞれの魔力を使用)を全力で投下。血液では無いが、魔力を纏った液体なのだ判別付かないだろう目なんてないんだし、と言うのがリートの言である。

 なんと雑な策、とラフェと抗議したのだが、結局拒否するなら代案を出せ、と言う言葉に負けその策に乗ったのである。どうにでもなれ、が彼らの正直な心境である。

 そして、適当な所で戦闘を切り上げ、全力ダッシュ。兎に角逃げる。上手く敵を撒いたところで、これまたリート特製、魔力封じの呪符が出てくる。弱い封印を重ね掛けすることで徐々に魔力が減って弱っていくことを演出しているとの事。そこまでする必要が?と聞いてみた所。

 「我々の場所把握には魔力探知を使っているだろう目なんてないんだし。となると探知と同時に魔力量を測れる可能性を考えるべきだ。これまで行方不明になった者が猛者だった場合、それで獲物を判別していたとしてもおかしくはない」

 という事を、大量の毒を混ぜつつ懇切丁寧に説明された時点で、リートに逆らう事を辞めた戦闘職二人である。餌として機能しなければ意味が無いから子供は生かされているだろう、今は忘れろとの有難い助言を謹んで受け取り全力ダッシュの最中である。

 「んで、あれからどんくらい経ったよ……」
 「知るか。そろそろ二人死んでお前一人ソロに戻ったんだから道を教えてくれるんじゃないか?」

 疲労困憊のリートに首を傾げて見せると、そんな事も分からないのかと侮蔑の目で見られる。既に耐性ができ、さらっと流せるようになったヴィディーレはニッコリ笑う。

 「封印する魔力量と落としまくった液体状の魔力量を計算して、俺とラフェは既に魔力を完全に封印して死んだように見せかけている」
 「魔獣に姿見られてるが?」
 「ダンジョンと魔獣にそんな濃密な関係があってたまるか。ダンジョンが魔獣を生み出すなら兎も角、魔獣は魔獣から生まれ出る。常識だろうが」

 いや、常識を疑えと言ったのはお前だろう。

 そうは思いつつ、言ったところで何倍にもなった毒が返ってくるだけだろうと胸にしまう。ふと、ラフェが通路の先に視線を向けたまま動かないのに気付き声を掛ける。

 「ラフェ?どうした」
 「声が聞こえた」
 「は?」

 ヴィディーレは耳を澄ます。特になにも聞こえない。疲労による幻聴ではないかと口を開こうとした瞬間。

 「!あの少年の声だ!」

 一声叫び猛然と走り出す。呆気にとられ一瞬固まるヴィディーレ。慌てて立ち上がり、その背を追う。

 「おいおい嘘だろ何も聞こえなかったぞ⁈」
 「彼奴の野生の勘、侮るべからず。最早獣レベルだ。人のそれではない」
 「相変わらず褒めてるのか貶してるのか分からないなその評価!」

 責めてどっちかにしてくれ毎度毎度、と喚くと、白黒では面白くないグレーこそ至上の楽しみ、などとよく分からない返答が返ってくる。

 「疲れで一気に耄碌したか?」
 「よく分かったな。体力ゼロのモヤシにこの強行軍は自殺行為だ。一気に歳をとって寿命が縮んでもおかしくない」

 散々振り回され、やけになったヴィディーレの仕返しだが、シレっと躱され、後で一矢報いると心に誓う。いきなりガクンとスピードの落ちたリートを肩に担ぎ上げ疾走する。酷く不本意そうな雰囲気がつたわってくるが、この計画を立てたのは自分であると理解しているからか特に何も言わずに大人しくしている。

 「うぉぉぉぉ!」

 ラフェの雄たけびが聞こえ、舌打ちした所でヴィディーレの耳が子供の悲鳴を聞きつける。

 「マジで獣かアイツっ!」
 「だから言っただろう」

 呆れを通り越して感嘆するヴィディーレ。同意するリートはと言うと、どこか頭を抱えている風情である。そんなこんなな内に通路の先に光が差し込む。ヴィディーレはデジャヴ感を感じつつ、その精悍な顔を引き締める。勢いを殺すことなく光の中へ飛び込む。その瞬間、眩しい光に目が一瞬眩み踏鞴を踏む。





 ヴィディーレの目を指したのは、洞窟に煌々と灯る灯を反射した湖の光だった。驚くほどに澄んだ水がこんな場所であるにも関わらず、幻想的な雰囲気を醸し出している。その周囲を囲むように白い小さな花が群生している。まるで1枚の絵画の様で、完成された美しさに息をのむ。だが。

 「キシャァァァァァ!!!」

 その手前の陸地に禍々しい姿があった。不気味な色をした蝙蝠の様な翼。光を鈍く弾くその鱗は遠目でもかなりの強度を誇るのが見て取れる。一見細いその四肢は振り下ろされるたびに大きなクレーターと深い爪痕を残す。対称的に太いその尾が風を切り、そして爆風を齎す。ギーヴルの竜とは言えない図体とはまるっきり異なり、畏怖すら感じるそのドラゴンは。

 「クエレブレ。これまたAランクか。よかったなSランクでなくて」
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