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 「マップしていない場所があるだと?」

 あり得ない。絶句した後、ヴィディーレは険しい顔でマップを取り出す。

 「最初に潜った時、ギルドで貰ったこのマップを手掛かりに動いた。一部しか探索はしていないが、信用に足るマップだと俺は判断した」
 「ふむ。では、お前のいう事が真実であると仮定する」

 マップを奪い取りつつリートが頷く。不本意だ、と顔に書いて抗議してくる青年にチッチッチと指を振る。

 「物事の全ての可能性を考慮するのが俺のやり方だ。その為の過程は必須で、そういう意味で仮定だのなんだのと言っているんだ。いちいち突っかかってくるな面倒くさい」

渋々追求を止めた様子のヴィディーレにため息をつくと、話を続けるぞと強引に話を戻す。

 「マップは完全である。にも関わらず、ガキ共は忽然と姿を現し、存在しないはずの魔獣が存在した。矛盾する二点成立させる答えは一つ」

 そしてリートはあっけらかんと言い放つ。

 「ダンジョンは今尚その姿を変えている。もっと正確に言うとすれば、生きているという事になる。意志を持ち、ダンジョンの姿を変える能力があるということだ」






 ヴィディーレは目を瞬かせる。

 「なんだ、思ったより反応が薄いな」

 面白くないとそっぽを向くリートを見て、漸くその言葉がヴィディーレの頭に入ってい来る。

 「生きてる、だと?しかし、そんな話聞いたこともないぞ⁈そんな事あり得る訳がっ!」

 徐々に声を荒げるヴィディーレを見て愉し気な顔をするリート。ひょいと肩を竦めて笑う。

 「では、悪魔の証明という言葉を聞いたことあるか?」
 「ある事実・現象が『全くない(なかった)』というような、それを証明することが非常に困難な命題を証明すること、だったか?ダンジョンもまた、それに当てはまると?」
 「オーケー。どっかの脳筋と違って話がし易くて何よりだ」
 「……口を開けば毒が飛び出す悪癖を治すことを全力でお勧めする。いまいち何の話をしているのか分からんがな」

 沈黙を貫く相方をこき下ろす事を忘れないその姿勢にいっそ天晴だと思いつつ、それまでの話を咀嚼する。確かに、今までの疑問は全て解決する。信じてきた常識を覆す事を受け入れればの話だが。目元に険がある面持ちを見上げ、リートがその背を思い切り殴る。

 「思い込みを捨てろ。考えうる全ての可能性を考慮しろ。それがあり得ないと思う事であってもだ。考えるだけでは何も損しない」

 これだから頭の固い人間は、と悪態をつきつつ歩みを進める。未だ文句を呟き続ける脳筋の事も忘れその背に続くヴィディーレ。

 「実際、とある魔導士がこれに関して論文を書いたことがある。ダンジョンに住む魔獣の発する魔力がダンジョンそのものに沁み込み、やがて一定量を超えたソレ自体が意志を持つ可能性があるとな」
 「マジかよ」

 何でそんな事をしているんだ、と問い詰めたくなるがとりあえず脇に置く。優先順位を常に確認して行動するのは、一歩間違えれば死に至る冒険者必須の心構えである。まずは言いたいことを全て言え、と促す。

 「このダンジョンが、その意志でもって姿形を―なんとなく変な言い方だが―変えるとする。論文によると、ダンジョンはまず血を求めるのだと」
 「物騒だな。何となく理解できるような気もするが」

 嫌そうな顔をするヴィディーレに、同感だ、とリートが呟く。

 「まぁ、もっと正確に言うならば、ダンジョンは魔力を求めているのではないかという事らしい。血には少なからず魔力が宿るからな。その魔力を抽出し、更に力を増すことで知力もまた増す、というのが彼の理論だ」
 「徐々に知力が上がる?となると、最初の知力はどうなる?どこまで上がるんだ?」
 「いい質問だ。それに関しては、彼もまた調査していた。結果に関しては把握していないがな」

 矢継ぎ早な質問に嬉しそうな顔をするリート。人と議論をするのが好きなのであろう。しかし、ヴィディーレはそんな事に興味はない。今はダンジョンの知力についてが気になっていたのだが、知らないと堂々と言われ、絶句する。ややあって、使えねぇと零すと、この情報を手に入れるまでにどれだけかかったか、などと一挙に喚きたてられる。

 ぎゃおぎゃおと騒ぎ続けるリートを、ドウドウと宥め話を再開する。

 「一応の結論として、知力を得たばかりのダンジョンは唯々巨大化することのみ考えるのではないかとしている。巨大化するにつれて隠す、繋げる、誘導する、現れるなどの小賢しい真似をするようになる、と」
 「本当に生き物みたいだな」
 「だから"生きている"と言っただろうが。生きとし生けるモノは学習し、成長する。その流れに従順なのさ。新しいダンジョンが見つかる事を"ダンジョンが生まれた"などと言うヤツがいるが、なかなか言い得て妙だな」

 リートの皮肉に、ヴィディーレも苦く笑う。しかし、笑っている場合ではない。リートの仮説通りだとすれば。

 「かなり時間が経ってるか?」
 「ああ。玄関以外の入り口を"隠し"つつ、全体像を"隠す"ことで冒険者やギルドを欺いた。ダンジョン内を"繋ぐ"事でガキ共が本来ならば到達できない奥地へと"誘導され"た。そして」
 「その奥地にギーヴルが"現れ"た」
 「玄関以外の一方通行な入り口もまた"現れた"と言えるしな。そんでもって、最終的には獲物を捕らえ、喰らうと」
 「行方不明の冒険者たちも?」
 「だろうな」

 軽く返され目眩がした気がする。事の重大さは彼の想像を遥かに超えていた。

 「一人だったら死んでた気がする……」
 「だから言ったろ?俺たちを連れてくるべきだって」
 「役に立っていない脳筋は黙っていればいいモノを」

 ぼやくヴィディーレに得意げに告げたラフェだったが、すぐに撃沈させられる。俺は喋っちゃいけないのか、と啜り泣く声は気にも留められない。痛みを訴える頭を気のせいだと思いつつ、ふと足を止めるヴィディーレ。

 「どうした?」

 「いや……」

 歩きつつ話していたのでかなり奥まで来た。この通路は真っすぐ行けば行き止まりだとマップにはある。ダンジョンに意志があり、その意志によって道が決まるならば。

 「先にどうやって進むんだ?」

 リートに投げかける。ここまでくれば最早自分が考えるよりもリートの指示に従った方が早い。自分で考えたらどうだ、と言われる前に、そっちの方が早いと言い訳をしておく。

 「全く。人任せにしやがって」

 ブツブツ呟きながらカバンを漁るリートを待つ。目的のモノを引っ張り出したリートはピンと片手人差し指を伸ばし可愛らしく笑う。その瞬間戦闘職二人の背を冷たいモノが滑り落ちる。

 「ここまで来たが、魔物共は殆ど現れなかった。不思議に思わなかったか?」

 それはヴィディーレも感じたいたことだった。警戒は怠らなかったが、それでも不気味な何かは感じぜずに居られない。引きつる頬をどうにか動かし、微笑する。うんうん、とにこやかに頷いたリートが、場違いな程ウキウキした声で喋り出す。

 「ここで、ある仮説を立ててみよう。ダンジョンが血に秘められた魔力を区別できるとしたら。保有量の多寡で喰らうモノを分けているとしたら。先日のヴィディーレの……ああもう言いにくい、ディーレの魔力を感知し喰らおうと考えたら」
 「言いにくい……」
 「まぁまぁ」

 ヒートアップするリートを他所に、勝手に愛称を、しかも理不尽な理由でつけられたヴィディーレが肩を落とす。同情の声に慰められつつ後で文句を言うと決める。

 「つまり、だ。こうすれば、もっと分かりやすくなって"誘導して"くれるんじゃないかってね」

一瞬目を離したすきに、リートはそう言うと、背に隠していた物を振り上げて、その細腕に振り下ろす。

 「つぅ」
 「リート⁈」

 ボタボタと音がして、一拍後にリートが呻く。呆然と眺めていた二人が慌ててリートににじり寄る。スパッと切れた傷口から血が流れ落ちている。

 「何を⁈」
 「だから言ったろ煩いな。俺はこんなに魔力を持ってます、どうぞ喰らってくださいって言ってるのさ」

 ケロっとした顔で嘯くリートに言葉を失う二人保護者。揃って天を仰ぐ。仰いだ所で薄暗い天井しか見えないが。

 「……餌になる程の魔力持ってんのか?」
 「この状況でソレを聞くか?因みに俺は魔法は不得手だが魔力はある方だ」

 現実逃避を始めたヴィディーレに対し懇切丁寧にツッコミを入れつつ口をとがらせる。

 「戦闘職二人の戦闘力低下は死活問題だからな。それくらいはするさ」

 とは言っても餌は多い方が良いからな、とワクワクした顔でナイフを掲げて見せるリート。

 「……もうどうにでもしてくれ」

 キャパオーバーだ、と二人の声が重なった。

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