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最終章 過去・現在・未来
72 会見
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ストライド城の一室。
ずらりと並べられた椅子に数十人の記者たちが手帳とペン、もしくはカメラを手に座っている。
私はそれを隣の部屋の控え室から覗き見た。
(見なきゃよかった。余計に緊張してきた)
会見の想定問答が書かれた紙束を手で弄んで気を紛らす。
「緊張した時はミルクティーを飲むといいですよ」
「それって手のひらに『人』って書いて飲み込むみたいな自己暗示?」
「ニホンではそうするのですか?」
「実際にやる人は少ないと思うけど。実際に効くのはやっぱりヨガの呼吸法ですね。目を閉じて、ゆっくり息を吸って…………少し止めて、ゆっくり吐く…………」
言いながらやってみる。
アーサーさんも一緒にやってくれた。
二人してスーハースーハー繰り返す。
「殿下、ナオさん。そろそろお時間です」
アーサーさんの侍従さんに声をかけられて瞑想の世界から戻ってきた。
「行きましょう」
「はい」
立ち上がりアーサーさんの後ろに続く。
カンペは持たない。自分の言葉で伝えることが重要だから。
私が控え室から出た瞬間、記者たちが一斉にカメラのシャッターを押し、カチカチ、パチパチと音が響く。
会場正面には椅子が2脚。机やマイクはない。
アーサーさんは上座に私は下座の椅子の隣に立ち一礼してから座った。
たくさんの目が自分に向く。
悪意、好奇心、無感情……。
今一度、一呼吸。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。この度の報道に関して私から説明させていただきます。まず、私の過去に関することですが、私には3年前、何者かに暴行され瀕死の重体に陥った際に記憶を失いました。ですので今回報道に関しては否定も肯定もできません。ただ、過去のことを記憶がないからとそのままにしていていいとは思っておりません。被害を受けたと仰る人やご家族には誠実に対応したいと考えております。それから私の今後に関しましては、治療魔法師として人々の命や生活を守り社会に貢献することで償いとしたいと思っております。過去は変えられません。ですが、未来を良い人間として生きていくことはできます。どうかそれを許してください」
私は手を膝の上で置いたまま頭を下げた。
ジルタニアでは腕を胸の前で交差させるのが正式な礼だが、しなかった。
今はジルタニア人に擬態するのはやめる。
菊池奈緒として話しているから。
「人を殺しておきながら今までのように医療者を続けるのは問題だと思わないんですか!?」
記者からの質問が飛んできた。
「命を奪ってしまったのなら償いはしなければならないと思います。けれど刑罰を受けるだけが罪を償うことだとは思いません。生きて誰かのために働くことも償いだと考えています」
そもそも刑罰は何のためにあるのだろう。誰のためにあるのだろう。
死刑でない限り大抵の受刑者は刑務所を出ていく。
更生は社会で行われる。
更生はその社会で生きる人が受益するもので、また被害者やその家族の救いにもなり得る。
私はそう考えて、これからも治療魔法師を続けると決めた。
本当の過去は分からない。
けれど菊池奈緒はテネラさんの死の要因で、やはりテネラさんの死を背負い生きていかねばならない。
「そもそも記憶がないというのは本当ですか?」
「罪を償うと言うのであれば自首すべきではないですか?」
「被害者遺族のA氏や国民がそれで納得すると思っているんですか?」
「被害者やA氏に謝罪の言葉はないのですか?」
他にも記者からの質問はひっきりなしに飛んできた。
それらも最初の説明を補足するかたちで一つ一つ丁寧に答えた。
「次に、フィリップ殿下との交際報道ですが、現在は交際しておりませんが、前向きに検討しています。ご不安に思われる国民もいらっしゃると思うのであらかじめ申し上げます。もし交際が結婚へと発展しても王室へは入りません。子供が産まれたとしても王位継承権は放棄させます」
これには記者たちもざわめいた。
そもそも一般人と王族が結婚した試しがないのだ。
それに加えて、結婚した女性が王族にならない前例も子供の王位継承権を放棄した前例もない。
これらは全てかつてない話だった。
話し終えてアーサーさんの方に顔を向ける。
彼は小さく頷いてくれた。
「私からも説明します。結婚を申し込んだのは私からです。彼女の過去に関してですが、以前の彼女はきちんとした裁きを受け罪を償わなければなりませんでした。しかし今のナオさんは別人です。この方に償わねばならない罪はないと考えます。将来についてですが、結婚の運びとなった時には私が王室を出ることも考えています」
私は驚いて再びアーサーさんを見た。
事前の打ち合わせでは彼が話す内容までは聞いていなかった。
まさかそこまで考えてくれているとは__
「王子として果たすべき役割は全うしつつ、一番にナオさんを支えていきたいと思っています」
私はその言葉にぎゅっと胸を掴まれた。
(あぁ、ロミとジュエにもこんな未来があればよかったのに……)
ふと、いつか見た劇を思い出した。
あの時、アーサーさんは「自分の家族や責務は捨てられない」と言った。
しかし彼は今、王族としての自分とひとりの人としての自分、どちらかを捨てるんじゃなく、両方を守ることにしたのだ。
でもきっと、その選択は登場人物が全員悲しまないエンディングに続いている。
私も彼のように運命に立ち向かおう。
もう逃げない。逃げられない。
今の私は罪人じゃない。
彼のためにもそれを証明し続けなくては。
翌日、手に入る新聞には全て目を通した。
論調は様々だったが、やはり罪を償っていない人間がのうのうと生きていていいのか、というものが多かった。
一方で、もはや別人として生きている私に償いや反省を求めるのは間違っているのではないか、という主張もあった。
アーサーさんの王室離脱発言も大きな波紋を呼んだ。
彼の選んだ生き方はきっと多くの人に影響を与えるだろう。
責任と自由の間で生まれる葛藤は身分も国も時代さえも超えて誰にでも起こりうるから。
ずらりと並べられた椅子に数十人の記者たちが手帳とペン、もしくはカメラを手に座っている。
私はそれを隣の部屋の控え室から覗き見た。
(見なきゃよかった。余計に緊張してきた)
会見の想定問答が書かれた紙束を手で弄んで気を紛らす。
「緊張した時はミルクティーを飲むといいですよ」
「それって手のひらに『人』って書いて飲み込むみたいな自己暗示?」
「ニホンではそうするのですか?」
「実際にやる人は少ないと思うけど。実際に効くのはやっぱりヨガの呼吸法ですね。目を閉じて、ゆっくり息を吸って…………少し止めて、ゆっくり吐く…………」
言いながらやってみる。
アーサーさんも一緒にやってくれた。
二人してスーハースーハー繰り返す。
「殿下、ナオさん。そろそろお時間です」
アーサーさんの侍従さんに声をかけられて瞑想の世界から戻ってきた。
「行きましょう」
「はい」
立ち上がりアーサーさんの後ろに続く。
カンペは持たない。自分の言葉で伝えることが重要だから。
私が控え室から出た瞬間、記者たちが一斉にカメラのシャッターを押し、カチカチ、パチパチと音が響く。
会場正面には椅子が2脚。机やマイクはない。
アーサーさんは上座に私は下座の椅子の隣に立ち一礼してから座った。
たくさんの目が自分に向く。
悪意、好奇心、無感情……。
今一度、一呼吸。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。この度の報道に関して私から説明させていただきます。まず、私の過去に関することですが、私には3年前、何者かに暴行され瀕死の重体に陥った際に記憶を失いました。ですので今回報道に関しては否定も肯定もできません。ただ、過去のことを記憶がないからとそのままにしていていいとは思っておりません。被害を受けたと仰る人やご家族には誠実に対応したいと考えております。それから私の今後に関しましては、治療魔法師として人々の命や生活を守り社会に貢献することで償いとしたいと思っております。過去は変えられません。ですが、未来を良い人間として生きていくことはできます。どうかそれを許してください」
私は手を膝の上で置いたまま頭を下げた。
ジルタニアでは腕を胸の前で交差させるのが正式な礼だが、しなかった。
今はジルタニア人に擬態するのはやめる。
菊池奈緒として話しているから。
「人を殺しておきながら今までのように医療者を続けるのは問題だと思わないんですか!?」
記者からの質問が飛んできた。
「命を奪ってしまったのなら償いはしなければならないと思います。けれど刑罰を受けるだけが罪を償うことだとは思いません。生きて誰かのために働くことも償いだと考えています」
そもそも刑罰は何のためにあるのだろう。誰のためにあるのだろう。
死刑でない限り大抵の受刑者は刑務所を出ていく。
更生は社会で行われる。
更生はその社会で生きる人が受益するもので、また被害者やその家族の救いにもなり得る。
私はそう考えて、これからも治療魔法師を続けると決めた。
本当の過去は分からない。
けれど菊池奈緒はテネラさんの死の要因で、やはりテネラさんの死を背負い生きていかねばならない。
「そもそも記憶がないというのは本当ですか?」
「罪を償うと言うのであれば自首すべきではないですか?」
「被害者遺族のA氏や国民がそれで納得すると思っているんですか?」
「被害者やA氏に謝罪の言葉はないのですか?」
他にも記者からの質問はひっきりなしに飛んできた。
それらも最初の説明を補足するかたちで一つ一つ丁寧に答えた。
「次に、フィリップ殿下との交際報道ですが、現在は交際しておりませんが、前向きに検討しています。ご不安に思われる国民もいらっしゃると思うのであらかじめ申し上げます。もし交際が結婚へと発展しても王室へは入りません。子供が産まれたとしても王位継承権は放棄させます」
これには記者たちもざわめいた。
そもそも一般人と王族が結婚した試しがないのだ。
それに加えて、結婚した女性が王族にならない前例も子供の王位継承権を放棄した前例もない。
これらは全てかつてない話だった。
話し終えてアーサーさんの方に顔を向ける。
彼は小さく頷いてくれた。
「私からも説明します。結婚を申し込んだのは私からです。彼女の過去に関してですが、以前の彼女はきちんとした裁きを受け罪を償わなければなりませんでした。しかし今のナオさんは別人です。この方に償わねばならない罪はないと考えます。将来についてですが、結婚の運びとなった時には私が王室を出ることも考えています」
私は驚いて再びアーサーさんを見た。
事前の打ち合わせでは彼が話す内容までは聞いていなかった。
まさかそこまで考えてくれているとは__
「王子として果たすべき役割は全うしつつ、一番にナオさんを支えていきたいと思っています」
私はその言葉にぎゅっと胸を掴まれた。
(あぁ、ロミとジュエにもこんな未来があればよかったのに……)
ふと、いつか見た劇を思い出した。
あの時、アーサーさんは「自分の家族や責務は捨てられない」と言った。
しかし彼は今、王族としての自分とひとりの人としての自分、どちらかを捨てるんじゃなく、両方を守ることにしたのだ。
でもきっと、その選択は登場人物が全員悲しまないエンディングに続いている。
私も彼のように運命に立ち向かおう。
もう逃げない。逃げられない。
今の私は罪人じゃない。
彼のためにもそれを証明し続けなくては。
翌日、手に入る新聞には全て目を通した。
論調は様々だったが、やはり罪を償っていない人間がのうのうと生きていていいのか、というものが多かった。
一方で、もはや別人として生きている私に償いや反省を求めるのは間違っているのではないか、という主張もあった。
アーサーさんの王室離脱発言も大きな波紋を呼んだ。
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