その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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最終章 過去・現在・未来

70 もう一つのゴシップ

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 長い原稿を読み終え私はほとんど放心状態だったが、一つ確かめなければならないことがある。

 「私の右肩、確認してもらえますか?」
 「……分かりました」

 ベッドのふちを背にして寝巻きの前ボタンを2つ外し首元を緩める。

 「失礼します」

 アーサーさんが遠慮がちに寝巻きに触り、襟を後ろに少し引いた。

 「どうですか?」

 アーサーさんは何も言わない。
 それが答えだ。

 「……あぁ……やっぱり私が……。まさか殺人まで……!」

 私はそのままベッドに突っ伏した。
 あの悪夢が本当にあったことなら碌な人間じゃないと思っていたが、殺人まで!! どうして!?

 「落ち着いてください! この記事はあくまでこの方達の主張であって、事実とは限りません」
 「え……?」

 私は顔を上げてアーサーさんの方を振り返った。

 「記事には『池に突き落とされた』と書いてありますが、そう見えただけで事故だったかも。他の件だって誇張されたものかも知れないですよ」
 「……そうなんでしょうか……? だとしても大半の人はこの記事を見て真実だと思うでしょうね……」

 私にはこの記事がデタラメだと反論できる証拠は何一つない。
 あぁ、本当にこれからどうしよう。
 やっぱりこの国を出てしまおうか。

 「それと、ナオさんに見てもらわねばならないものがもう一つありまして」
 「まだ何か!?」
 「すみません。これは私が迂闊でした」

 と言ってクラッチバッグから出てきたのは別の新聞。
 広げるとそれはまた別のゴシップ紙で、1面には『フィリップ殿下熱愛!? お相手は栄冠大勲章のナオ・キクチか!?』の見出しとデカデカと写ったアーサーさんと私の写真。少し前に一緒にレストランで食事をした時の場面が店の外から撮られていた。

 「熱愛!? えっと、このフィリップ殿下ってアーサーさんのことでいいんですよね?」

 疑問点が多すぎるので、まずは一つずつ確認だ。

 「えぇ。大抵の人は私をフィリップ殿下と呼びます。アーサーはファーストネームで、そちらは家族か親しい友人が呼びます」

 あれ? ならば私がアーサーさんと呼ぶのはおかしいのでは?

 「じゃああの時、なんでアーサーと名乗ったんですか?」

 あの時というのは列車事故で初めて会った時だ。

 「ナオさんが『フィリップ殿下』だと気づかれていないようだったので、わざわざ名乗って気を遣われたくなかったのです。……本当のところはナオさんは私を知らなかっただけだったのですが」

 アーサーさんは自意識過剰を恥じるように苦笑した。
 でもこの国の王子様なんだから、国民は顔を知っていて当然だと思う。別に自意識過剰だとは思わない。

 「私が王子だと知ってもなお、アーサーと呼んでいただけるのは嬉しいです」
 「あー、呼び方を変える発想がなくて……あはは」

 自らの至らなさを笑って誤魔化した。

 「でもどうして熱愛なんて話に? もしかしてこの国では男女が2人で出歩いたら恋人ってことに!?」
 「いえ、そんなことはありません」
 「じゃあ私が『アーサーさん』なんて親しげに呼んでいたから?」
 「顔の知らない人間はそこまで接近させません」

 そうか。王族だから暗殺とか襲撃とかにも備えないといけないんだ。

 「じゃあどうしてだろう……?」
 「……すみません。今までプライベートで女性と出かけることがなかったせいだと思います。なので浮いた話一つない自分に記者が張りついていたとは思わなかったのです」

 アーサーさんは相当気まずそうだ。目線も逸らしっぱなしである。

 (今までなんの収穫もないのに張りついてたってこと? それはご苦労様なことで……)

 「でも、なんでこんな大きな話が一気に出てきたんでしょうか?」
 「どちらかの社が相手のスクープを察知して自社の特ダネをぶつけたんでしょう。いわゆるスクープ合戦に巻き込まれたかたちです」

 なんということか。

 (いや、そんなことある!?)

 もうどうにでもなれ、の心境だ。

 「……やっぱりウィルド・ダムに戻ろうかな……」

 ここにいては日常生活さえままならないだろう。

 「寂しいな……ナオさんとまた会えなくなるのは……」
 「はぇ……?」

 聞こえるか聞こえないかの呟きだったけど、寂しいって言われた……?

 「あっ、すみません。こんなこと言ったって困らせるだけなのに。スクープでこんな事態にしておいて本当にすみません」

 しばし無言で見つめ合った。
 そして気づいた。

 「あぁっ! ごめんなさい、ずっと立たせっぱなしで! どうぞ隣にでも座ってください!」

 自分だけベッドに腰掛けていたことにようやく気づいた。
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