その悪役令嬢はなぜ死んだのか

キシバマユ

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最終章 過去・現在・未来

69 暴かれる過去

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 先日、本社に一人の男性が訪れた。彼の名はA氏としておく。A氏は「ナオ・キクチはジョーンズ伯爵家のレイチェルに間違いない」と言った。
 10月1日付で栄冠大勲章を受章したナオ・キクチ氏は今から3年以上前の記憶がないことを公表している。
 筆者も含め各社キクチ氏の過去を探ろうと躍起になったが、結局以前はどこで何をしていた人物なのか、全く掴むことができなかった。
 「キクチ氏がレイチェル・ジョーンズ伯爵令嬢によく似ている」という話は社交界に出入りする者や貴族の屋敷で働く者から得ていたのだが、まさか同一人物だとは誰も思っていなかっただろう。確たる証拠も出てこなかった。
 調べたところに寄ると、レイチェル嬢は大陸歴1901年に死亡届が出されている。キクチ氏が記憶を失ったのは1900年。
 この2つは関係があるというのか?
 今回、レイチェル嬢をよく知る冒頭のA氏から話を聞くことができた。



 「ナオ・キクチはレイチェル・ジョーンズに間違いない。あの家とは付き合いがあるからレイチェルのことは昔から知っている。顔を見間違えるはずはない。私の娘はあの女に殺されたのだ」

 __殺されたとは?

 「ジョーンズ家の庭で遊んでいた時に池へ落とされたのです。その現場を息子が見ていました。息子が言うにはレイチェルの被っていた帽子が風で飛ばされて池に落ちたのです。それを娘が拾ってあげようとして水面に手を伸ばしたところで、ドンと娘の背中を突き飛ばした。そして落下した娘を助けることも、助けを呼ぶこともなく立ち去ったのです。息子がすぐに池に飛び込み娘を引き上げようとしましたが、ドレスが水を含み重くなっていて、まだ年若い彼には引き上げる力が足りなかった……」

 __それで亡くなったと。お悔やみ申し上げます。警察には行ったんですか?

 「……行けませんでした。目撃者は当時13歳の息子しかいませんでしたし、状況証拠は池に落ちた娘とレイチェルの帽子、それとあの女が助けを呼ばなかったということだけ。それでは警察は捕まえてくれない。ただ私もそれでは収まりがつくはずがない。ジョーンズ伯爵には息子が現場を見ていたと訴えました。レイチェルは最悪の評判の女で、使用人を虐待していたこともあったのです。伯爵は金でそれを揉み消していました。私はそれをネタに伯爵を強請りました。始末するように、と」

 __始末とは?

 「殺すのでも、一生監禁しておくのでも、私が納得する『始末』であればよかった。しかし伯爵は娘をイシリスの修道院に送って手打ちにしようとした。建前では修道院送りといっても他国に送ってしまえば後はレイチェルを自由にさせるつもりだったのでしょう。つくづく娘に甘い男だ。そうだから娘が手のつけられない犯罪者になったんだろうが!」

 彼の怒りと悲しみには同情を禁じ得ない。

 __レイチェル嬢は2年前に死亡届が出されていますが、それは北の厳しい環境に耐えられなかったからですか?

 「……隠してもしようがないから白状するが、私は反社会的な人間を雇いイシリスに向かうレイチェルの乗った車を襲わせた。殺せとは言っていない。ただ、死ぬよりも辛い目に合わせやれとは命じた」

 __それは犯罪ですよ? 分かっていますよね?

 「もちろんだ。だが証拠は出てこないだろう。それでは逮捕はできない。娘の事件と同じようにな。それなのに何故かレイチェルはナオ・キクチと名前を変え治療魔法師をしている」

 筆者はA氏にレイチェル嬢の写真を見せてもらったが、氏の言うとおり他人とはとても思えなかった。

 彼の証言を元に、とある情報筋から過去にレイチェル嬢の侍女をやっていたという女性との接触に成功し証言が得られた。

 「あの女は悪女なんて表現は生ぬるい。最悪の人間、犯罪者ですよ。その日の気分で気に入らない使用人をクビにするのなんかはマシな方で、髪をとかす時にクシが引っかかってちょっと引っ張られただけで殴る蹴る。冷めた紅茶をすぐ取り替えないと浴びせかける。使用人の中で美人だと評判になった女の子の顔を切り付けるなんてこともありました。本当に酷い、手のつけられない人間です」

 __そんな傍若無人な振る舞いが許されていいはずがない。

 「でも警察に捕まることはありませんでした。ジョーンズ家は経済界、警察にも顔がききますし、被害を受けた使用人たちは皆、多額の慰謝料と口止め料を受け取らされていましたから」

 __あなたもレイチェル嬢とナオ・キクチ氏は同一人物だと思いますか?

 「私、以前病院に行った時にお嬢様を見たんです。でも白衣を着ていて医者をやっていました。思えばあれがナオ・キクチだったんです。見た目は絶対にお嬢様でした。でも……雰囲気は全然違いました。同じなのに同じじゃない感じで……。でもあの見た目で別人の可能性はあるんでしょうか……? 実は双子の姉妹がいたとか?」

 __なるほど。瓜二つだが違う人間に思える、と。何かレイチェル嬢だけにある特徴は知りませんか?

 「特徴……。あっ、ホクロなら! お嬢様には右肩の下あたりにホクロがあるんです。もし双子だったとしてもホクロまで同じにはならないでしょう?」

 筆者は勲章授与式でのキクチ氏の写真を確認した。
 本紙でも様々な角度からキクチ氏を撮っており、右肩を確認することができた。

 ホクロがあった。
 キクチ氏がレイチェル嬢であることは間違いないだろう。

 貴族だから、各界に影響力があるからといって傍若無人な振る舞いが許されていいはずがない。

 ただ筆者はここで一つ疑問を呈したい。
 キクチ氏がレイチェル嬢だったとして、キクチ氏には本当に記憶がなく、レイチェル・ジョーンズとは全く別の人間として生きているなら過去の罪を背負うべきなのか。
 それは過去に犯罪を犯してしまった人間も同様ではないのか。
 無論、なんの反省もせずに生きている者もいるだろうが、反省し心を入れ替えた人間までいつまで世間から責められるのか。
 さらに言えば、A氏のような犯罪被害者やその家族は、その行き場のない怒りや悲しみをどうしたらいいのだろう。
 金銭的補償は必要だがそれだけでは足りない。
 加害者が裁かれどんな判決を受けても、被害者の救いとはならない。場合によっては裁判にまで至らないことさえある。
 その無限に続く絶望の中の一筋の光となるには、やはり加害者が真っ当な人間に生まれ変わることではないのか。

 とここまで書いてデスク(原稿をチェックする人)に提出したら「こんな評論はゴシップの色じゃねぇ!」と言われたが何とか掲載を押し通した。
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