65 / 73
最終章 過去・現在・未来
65 勲章と爵位
しおりを挟む
アーサーさんと食事をしてから半年。
来る日も来る日も論文作成に潰やし、たまにハリス先生の診療所を手伝った。
動物実験をしていないという問題点は、ハリス先生の伝手でハールズデン医大の研究室の一角を貸してもらい、そこで改めて行うことができた。
これで当初の問題はクリアされた。
アーサーさんとはあの日以来会えることはなかった。
そしてついに論文が完成。
医学雑誌で発表されると新聞で連日報道され、私のところにも多くの記者が毎日訪れるようになった。
日常は一変し、日用品の買い出しもままならなくなり、ハリス先生の診療所も手伝えなくなった。
困った私はハリス先生に相談した。
「どうしたものでしょうか?」
「ナオを追いかけてこの家の外にも記者が張りついていますね。しかしこの状況は想定済みです」
さすが先生! じゃあ早く助けてくれませんか?
「記者会見をします。場所も押さえました。ハールズデン医大です」
医大ではたまに記者会見をするから丁度いい場所があるのだ、と先生は言う。
そこでは先生の教え子のような人が医学部長をしていて、以前研究室を借りられたのもその人のおかげだった。
「記者会見をすれば少しはこの騒ぎも収まりますよね……。それでいつなんですか?」
「明日です」
「…………あした?」
「明日です。準備しておいてください」
「ちょっ、え? もっと早く言っといてくれません!? 何喋ればっ、カンペ! カンペ作らないと!」
「記者が張ってるからってあなたがここに来ないからですよ」
「私のせい!?」
◇
記者会見も無事に終わり、1週間も経てば周辺から記者の姿も消えていた。
まぁそうだろう。
会見では研究成果の発表の他にも、私が過去の記憶がないことも公表した。
今はその私も知らない過去を掘り当てようと記者達は躍起になっていることだろう。
それに私に張りついたところで、ハリス先生の診療所と自宅の往復しかしないのだから面白いネタが取れるはずもない。
正直、どんな過去が明るみになるのか。私が以前見た夢は実際にあったことなのか。だとしたら晒された後に世間がどう反応するのか。
どうなってしまうのか怖い。
けれども、後悔はしていない。
これでこれから多くのがん患者が救われるのだから。
今は全てのがんに適応した魔法ではないが、別のもっと優秀な研究者が私の魔法を発展させ、未来には全てのがんが治療可能になると信じている。
(この国にいられなくなったらまた大森林に戻ればいい。いや、あそこでも後ろ暗い過去はついてまわる。けど治療魔法師だから居場所は作れる。……グエンさんみたいに)
私の過去が暴かれる日はそう遠くないだろう予感がしている。
だだその時まで私は診療所で治療をするだけだ。
◇
記者会見から3ヶ月後。またしても私は世間を騒がせることになった。
「ナオ先生! おめでとうございます! 新聞見ましたよ!!」
と、患者さんに言われたのは今日で何度目だろう。
「ありがとうございます。それで今日はどうしたんですか?」
「いやぁ、膝が痛くってね。って先生! 勲章貰うんですよね!? 爵位も! 爵位ですよ!? 先生お貴族様になるんじゃないですか!」
「勲章も爵位もハリス先生はすでにお持ちですよ。行使:検査。……うーん、この膝の痛みは痛めたとかではなく軟骨がすり減っていることによる慢性的なものですね。紙に日常の注意と運動療法の仕方を書いておくので実践してみてください」
紙に書きながら患者さんには簡単に説明し、運動の方は少し一緒にやってみる。
「なんだか淡々としてるなぁ。嬉しくないんですか?」
「光栄なことだと思ってますよ。ではお大事にしてください」
午前診最後の患者さんを見送ってふぅと一息。
今日は診察した患者さんほとんど全員にお祝いの言葉をもらった。
新聞はすごい。
今日の朝刊の今年の勲章受章者の記事に私の名前と顔が載っただけでこの騒ぎだ。
(ちょっと疲れたわね……。これ受章後はどうなっちゃうんだろう……?)
私は受章を今日知ったわけではなく、すでに1カ月ほど前に封書で知らされている。
綺麗な飾りの入った見るからに格式高い封筒に、これまた物々しい封蝋。
開けなくても察した。
王家からの封書だった。
中には受章が正式に決まったこと、それから授章式とパーティがあることが記されていた。
そう、式とパーティがあるのだ。
(……気が重い……)
ドレス都合はなんとかつけた。
招待状を持って真っ先にハリス先生に助けを求めに行った。
しかし「紳士服の仕立て屋なら分かりますが、女性のものは知りませんよ」と言われてしまい途方に暮れていたところ、受付のテイラーさんが患者さんに話を通してくれて、その患者さんが贔屓にしている仕立て屋さんに頼むことができた。
でも問題は他にもある。
(この世界のマナーなんて全く知らないのよね)
このまま行ってしまったらきっと恥をかくに違いない。
(これもハリス先生に……って自分が出来てることでも人に教えるのは難しいよね。こういうことはプロに教わるのが一番良さそうだけど……。この世界に鬼のマナー講師の方いらっしゃいますかー!?)
鬼でも悪魔でもいい。人前に出られるようにしてください!
来る日も来る日も論文作成に潰やし、たまにハリス先生の診療所を手伝った。
動物実験をしていないという問題点は、ハリス先生の伝手でハールズデン医大の研究室の一角を貸してもらい、そこで改めて行うことができた。
これで当初の問題はクリアされた。
アーサーさんとはあの日以来会えることはなかった。
そしてついに論文が完成。
医学雑誌で発表されると新聞で連日報道され、私のところにも多くの記者が毎日訪れるようになった。
日常は一変し、日用品の買い出しもままならなくなり、ハリス先生の診療所も手伝えなくなった。
困った私はハリス先生に相談した。
「どうしたものでしょうか?」
「ナオを追いかけてこの家の外にも記者が張りついていますね。しかしこの状況は想定済みです」
さすが先生! じゃあ早く助けてくれませんか?
「記者会見をします。場所も押さえました。ハールズデン医大です」
医大ではたまに記者会見をするから丁度いい場所があるのだ、と先生は言う。
そこでは先生の教え子のような人が医学部長をしていて、以前研究室を借りられたのもその人のおかげだった。
「記者会見をすれば少しはこの騒ぎも収まりますよね……。それでいつなんですか?」
「明日です」
「…………あした?」
「明日です。準備しておいてください」
「ちょっ、え? もっと早く言っといてくれません!? 何喋ればっ、カンペ! カンペ作らないと!」
「記者が張ってるからってあなたがここに来ないからですよ」
「私のせい!?」
◇
記者会見も無事に終わり、1週間も経てば周辺から記者の姿も消えていた。
まぁそうだろう。
会見では研究成果の発表の他にも、私が過去の記憶がないことも公表した。
今はその私も知らない過去を掘り当てようと記者達は躍起になっていることだろう。
それに私に張りついたところで、ハリス先生の診療所と自宅の往復しかしないのだから面白いネタが取れるはずもない。
正直、どんな過去が明るみになるのか。私が以前見た夢は実際にあったことなのか。だとしたら晒された後に世間がどう反応するのか。
どうなってしまうのか怖い。
けれども、後悔はしていない。
これでこれから多くのがん患者が救われるのだから。
今は全てのがんに適応した魔法ではないが、別のもっと優秀な研究者が私の魔法を発展させ、未来には全てのがんが治療可能になると信じている。
(この国にいられなくなったらまた大森林に戻ればいい。いや、あそこでも後ろ暗い過去はついてまわる。けど治療魔法師だから居場所は作れる。……グエンさんみたいに)
私の過去が暴かれる日はそう遠くないだろう予感がしている。
だだその時まで私は診療所で治療をするだけだ。
◇
記者会見から3ヶ月後。またしても私は世間を騒がせることになった。
「ナオ先生! おめでとうございます! 新聞見ましたよ!!」
と、患者さんに言われたのは今日で何度目だろう。
「ありがとうございます。それで今日はどうしたんですか?」
「いやぁ、膝が痛くってね。って先生! 勲章貰うんですよね!? 爵位も! 爵位ですよ!? 先生お貴族様になるんじゃないですか!」
「勲章も爵位もハリス先生はすでにお持ちですよ。行使:検査。……うーん、この膝の痛みは痛めたとかではなく軟骨がすり減っていることによる慢性的なものですね。紙に日常の注意と運動療法の仕方を書いておくので実践してみてください」
紙に書きながら患者さんには簡単に説明し、運動の方は少し一緒にやってみる。
「なんだか淡々としてるなぁ。嬉しくないんですか?」
「光栄なことだと思ってますよ。ではお大事にしてください」
午前診最後の患者さんを見送ってふぅと一息。
今日は診察した患者さんほとんど全員にお祝いの言葉をもらった。
新聞はすごい。
今日の朝刊の今年の勲章受章者の記事に私の名前と顔が載っただけでこの騒ぎだ。
(ちょっと疲れたわね……。これ受章後はどうなっちゃうんだろう……?)
私は受章を今日知ったわけではなく、すでに1カ月ほど前に封書で知らされている。
綺麗な飾りの入った見るからに格式高い封筒に、これまた物々しい封蝋。
開けなくても察した。
王家からの封書だった。
中には受章が正式に決まったこと、それから授章式とパーティがあることが記されていた。
そう、式とパーティがあるのだ。
(……気が重い……)
ドレス都合はなんとかつけた。
招待状を持って真っ先にハリス先生に助けを求めに行った。
しかし「紳士服の仕立て屋なら分かりますが、女性のものは知りませんよ」と言われてしまい途方に暮れていたところ、受付のテイラーさんが患者さんに話を通してくれて、その患者さんが贔屓にしている仕立て屋さんに頼むことができた。
でも問題は他にもある。
(この世界のマナーなんて全く知らないのよね)
このまま行ってしまったらきっと恥をかくに違いない。
(これもハリス先生に……って自分が出来てることでも人に教えるのは難しいよね。こういうことはプロに教わるのが一番良さそうだけど……。この世界に鬼のマナー講師の方いらっしゃいますかー!?)
鬼でも悪魔でもいい。人前に出られるようにしてください!
1
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる